タクシー


吉川  「三軒茶屋まで急いでお願いします」


運転手 「はいわかりました。あ、お急ぎでしたら高速で……」


吉川  「はい、お願いします」


運転手 「喋りましょうか?」


吉川  「え?」


運転手 「生麦生米生卵!」


吉川  「いや、別に高速で喋らなくていいです」


運転手 「い~い~ん~で~す~かぁ~?」


吉川  「わざと遅く喋らなくてもいいですから。普通でいいです」


運転手 「そうですか、わかりました」


吉川  「だいたい高速でしゃべることでどれだけ時間が短縮されるんだ」


運転手 「タメシテミマスカ?」


吉川  「いや、結構です。それよりも急いでもらえませんか?」


運転手 「急いでるんだけどねぇ。この時間だと、ちょっとかかっちゃうね」


吉川  「参ったなぁ。なるべくお願いします」


運転手 「じゃ、仕方ない。本気を出しますか」


吉川  「あ、お願いします」


運転手 「こう見えてもね。昔は結構、ワルだったんですよ」


吉川  「へぇ。じゃ、もしかして……」


運転手 「えぇ。お恥ずかしい話」


吉川  「暴走族ですか?」


運転手 「いや、放火とかしてましたね」


吉川  「本物のワルじゃないですか。車とかは」


運転手 「車にも火をつけたことありましたねぇ」


吉川  「いや、そうじゃなくて。運転運転!」


運転手 「あぁ。運転はあんまり自信ないです」


吉川  「じゃぁ、なんですか今の話は! ただの若い頃の悪自慢?」


運転手 「ははは。武勇伝と言うか」


吉川  「聞いてませんよ! というか、できればそんな最悪な話聞きたくなかった」


運転手 「もっとエグい話もあるんですが」


吉川  「結構です。いったいどんな話が出てくることやら」


運転手 「あ、お客さん映画好きですか?」


吉川  「えぇ。結構好きなほうだと思いますが」


運転手 「……見ます?」


吉川  「あ、あるんですか? もしかしてこのモニターで?」


運転手 「いや、あそこの映画館で。今ドラえもんやってるみたいだから」


吉川  「映画館て! 急いでるって言ってるでしょ! なんで二人して映画館行かなきゃいけないの」


運転手 「あぁ、そうだった。急いでるんだった。じゃ、次の機会にしましょう」


吉川  「え? なんでなんで? なんで次の機会に二人で映画館行くの?」


運転手 「ほら、お客さん。映画好きだって言ったから」


吉川  「好きだけど、なんで運転手さんと二人で!?」


運転手 「私とお客さんの仲じゃないですか」


吉川  「いや、そうだよ。運転手と客の仲だよ。それ以上でもそれ以下でもない」


運転手 「強い絆ですね」


吉川  「ええー。弱いじゃん! 弱いって言うか、絆ですらない。その場限りだ。一期一会だ」


運転手 「……遊びってことですか?」


吉川  「いや、遊びじゃないよ! そうじゃないでしょ。なにしょげちゃってるの」


運転手 「いいの。こうなるのはわかってたから……」


吉川  「いいのって。気持ち悪いなぁ。そりゃそうですよ。わかってたでしょ」


運転手 「でも今夜は泣かせて」


吉川  「なに言っちゃってるんだ。何をどう盛りあがってるんだ」


運転手 「ハハ……。ふられちゃった! 負けるな私。がんばれがんばれ私」


吉川  「ふってない!」


運転手 「じゃ、OK?」


吉川  「いや、OKって! なにがOKなの!? 我々は他人です。他人ですよ!」


運転手 「そうか、わかった。一人でも強く生きなきゃね!」


吉川  「決意されても」


運転手 「あ、お客さんカラオケは?」


吉川  「行きません!」


運転手 「そんなに力強く否定しなくても」


吉川  「どうせそこのカラオケ屋みたんでしょ」


運転手 「私の気持ちはなんでもお見通しってことね」


吉川  「気持ち悪い事いわないで下さい。誰だってわかりますよ」


運転手 「じゃ、今何考えたか当ててみて!」


吉川  「なんでそんなことしなきゃいけないんだ」


運転手 「キャッ! やっぱりダメェ~♪」


吉川  「何を恥ずかしがってるんだ。本格的に気色悪い」


運転手 「かくして乙女の秘密は守られましたとさ」


吉川  「突然の独白か。だいたい乙女じゃないじゃん。おっさんじゃん!」


運転手 「身体はおっさん、心は乙女。その正体は……」


吉川  「正体はどうでもいいです。心底知りたくない。そんなことよりも、車間開いてますよ! もっと出してください」


運転手 「え~、結構出してますけど」


吉川  「まだ出せるじゃないですか! 急いでるんですから」


運転手 「これ以上出したらお客様が危険ですよ」


吉川  「多少の事なら平気ですから。それよりも急いでるんで」


運転手 「じゃ、目一杯出しますから気をつけてくださいね?」


吉川  「お願いします」


運転手 「ウッフ~~ン♪」


吉川  「え?」


運転手 「アッハ~ン☆」


吉川  「……ちょっ、運転手さん、どうしたんですか?」


運転手 「目一杯出します!」


吉川  「何を出してるんですかっ!?」


運転手 「フェロモンですよ?」


吉川  「そんなもん出すな! 違う! 全然違う!」


運転手 「いや、かなり出てるはずです」


吉川  「そうじゃない! スピードを出せ! フェロモンは出すな」


運転手 「あぁ、スピードですか。ふふふ、私ってホント馬鹿」


吉川  「本当にバカだよ。どうやったらフェロモンかと勘違いするんだ」


運転手 「いやぁ。結構、注文つけてくるお客様が多いんですよねぇ。フェロモン多目とか」


吉川  「嘘つけ」


運転手 「あ、そろそろ駅のあたりですが、どうします?」


吉川  「じゃぁ、信号の手前当たりでお願いします」


運転手 「はい、ありがとうございます。ウッフ~ン☆」


吉川  「またフェロモンか」


運転手 「今のはサービスです」


吉川  「絶望的なサービスだなぁ」


運転手 「じゃ、こちら領収書にタクシーの番号が書いてありますので、お忘れ物等ございましたら、この番号までお願いします」


吉川  「はい」


運転手 「あ、あと映画見に行く予定たったらこの番号まで……」


吉川  「行きません!」


運転手 「ウッフ~ン☆」


吉川  「………」


運転手 「アッハ~~ン♪」


吉川  「……一応もらうだけもらっておきます」


運転手 「ありがとうございました」



暗転



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