桃太郎

桃太郎 「も~もたろさん、ももたろさん、お腰につけた~きびだんご~、ひとつ~私にくださいな~♪」


吉川  「ひ、ひもじい……」


桃太郎 「大丈夫ですか?」


吉川  「きび団子を……下さい。ガクッ!」


桃太郎 「え? でもこれ、犬と猿と雉用で……」


吉川  「ワンワン、下さいワン!」


桃太郎 「いや、バリバリの人間じゃないですか!」


吉川  「わかりました。私が仲間になります。だから下さい」


桃太郎 「え、え~! そんな……話が違う」


吉川  「考えてごらんなさい、犬や猿と人間と、どちらが役に立つか」


桃太郎 「いや、しかしですね」


吉川  「私はトイレのしつけもバッチリですよ!」


桃太郎 「そりゃそうでしょ。バッチリじゃなかったら困りますよ」


吉川  「そうですか。これだけは明かしたくなかったんですが……私、魔法使えるんですよ」


桃太郎 「えっ!? 本当ですか?」


吉川  「どうです? 鬼退治には大変な戦力になると思いますけどねぇ……」


桃太郎 「確かに。犬や猿や雉じゃ、どうにも心細かったんですが」


吉川  「でしょ? それに、犬と猿は仲悪いですよ。チームワーク最悪。その点、私は長年、営業で培った切れ味するどい話術があります。どんな方とも仲良くなれますよ」


桃太郎 「いや、別に仲良くなるのが目的じゃないですから」


吉川  「あ、申し遅れました。私、吉川と申します。弱冠38歳のリストラされたてのホヤホヤでございます」


桃太郎 「悲しいセールストークだなぁ……」


吉川  「違うんですよ! 私ははめられたんです。同期のやつが自分の出世のために……くそぅ」


桃太郎 「桃太郎とは思えない、ドロドロした話になってきた」


吉川  「心機一転、がんばろうと。一大決心して、桃太郎さんのお供に」


桃太郎 「はじめから、それが目的だったのか」


吉川  「申し訳無い。つい、あなたを試すつもりで……。しかし合格です! お供になります」


桃太郎 「いや、勝手に決められても」


吉川  「あ、犬と猿と雉の方には、今回はご遠慮していただく様にあらかじめ電話しておきました」


桃太郎 「電話! ご遠慮って! どうするんですか!」


吉川  「だから、私がお供に」


桃太郎 「参ったなぁ。リストラ社員がお供かぁ」


吉川  「そう悲観することも無いですよ。きっといいことがあります。ポジティブシンキングで!」


桃太郎 「あんたのせいだろう!」


吉川  「これは一本とられましたなぁ。はっはっは」


桃太郎 「仕方ない。……ところで、魔法って本当に使えるんですか?」


吉川  「桃太郎さんともあろうお方が、お疑いになられるとは……残念です」


桃太郎 「いや、だって。魔法なんて、にわかには信じがたいじゃないですか」


吉川  「試しに見せてみろ、とそうおっしゃりたい?」


桃太郎 「まぁ、本当にできるんなら」


吉川  「しかしですねぇ、魔法を使うには多大なマジックパワーを消費するわけですよ」


桃太郎 「あ、そう言うシステムなんですか」


吉川  「そうです。だから、無駄にはできないんですが……仕方ありません。一回だけですよ」


桃太郎 「あぁ、ありがとうございます。是非見せてください」


吉川  「いきますよ!」


桃太郎 「ドキドキ……」


吉川  「あのね? この縦縞のハンカチがね?こう、指の中に入れると、横縞になって……」


桃太郎 「ちょっと待て。それはマギー司郎のお喋りマジックじゃないか!」


吉川  「あれ、うけない? これ、田端駅前のタバコ屋のおばあちゃんにはうけたんだけどね」


桃太郎 「魔法ってそれか! それがマジックなのか! それを鬼に披露するつもりだったのか!」


吉川  「どうです?」


桃太郎 「どうって、何でそんなやり遂げた顔してるんだ」


吉川  「うぅ……マジックパワーを使い果たした」


桃太郎 「それで使っちゃったのか!」


吉川  「回復のために、きび団子を……」


桃太郎 「うわぁ、うわぁ、なんてろくでなしだ。最初からはらぺこだっただけじゃないか」


吉川  「いいから、きびだんご! もしくはオヒネリの一つもくれるべきですよ。普通」


桃太郎 「なに逆ギレしてんの! すごい不愉快だ。なんなんだ、この空気は!」


吉川  「くれないの? なら、桃太郎はケチっていいふらすよ? いいの? おばあちゃん、それを聞いたら悲しむだろうなぁ……」


桃太郎 「脅迫か! しかも、ずいぶんとセコイ脅迫だ!」


吉川  「いーじゃん! きび団子くらい。くれーくれー」


桃太郎 「駄々こね始めた。すごいたち悪いなぁ。これなら、犬や猿や雉の方が全然良かった」


吉川  「仕方ないですね。ならば、本当の私の特技を見せましょう」


桃太郎 「お! やっぱりあるんだ。そうだよなぁ、おしゃべりマジックで鬼退治に行く人なんていないもんなー」


吉川  「シュッ!」


桃太郎 「その構えは……ピストル!」


吉川  「シュシュッ! バーン! バーン! クルクルクルクルクル……シュパッ! ……っと早撃ち0,6秒」


桃太郎 「早い!」


吉川  「……のパントマイムです」


桃太郎 「パントマイム! 銃は! 銃はどうしたの!」


吉川  「え? 持ってませんよ? 最初から持ってなかったじゃないですか」


桃太郎 「いや、なんとなく、そう言う場合は持ってなくても持ってるって事になってるんじゃないの?」


吉川  「やだなぁ。無いものは無いですよ。どうでした? パントマイム」


桃太郎 「無いって。いや、パントマイムはされてもちょっと困る……」


吉川  「じゃ、最後。とっておきのやつ」


桃太郎 「やっぱりあるんじゃな~い」


吉川  「これは自信あります。死んだ振り。松田優作バージョン!」


桃太郎 「死んだ振りて! しかもやり尽くされた松田優作!」


吉川  「なんじゃらほい~~! なんじゃらほい~~!」


桃太郎 「間違ってるし! どうせならちゃんとやれよ」


吉川  「はい、以上です。きび団子ください」


桃太郎 「結局それか! 芸を見せたかっただけなのか!」


吉川  「もう、イヤだっていってもダメ! これだけ見たんだから、ただでは帰らせない!」


桃太郎 「で、でもこのきび団子は……」


吉川  「うるさーい! このっ! よこせ! ア~バヨ~! とっつぁ~ん!」


桃太郎 「取られた。そして逃げられた……。しかも、最後のルパンのマネはとても似てなかった。あぁ、しょっぱなからこれじゃ、鬼退治の先行きは暗いなぁ……」



桃太郎 「よし、ようやく鬼が島に着いたぞ。お供はいないけど……」


鬼   「ガーハハハハ、お前が桃太郎かー!!」


桃太郎 「ややっ! 鬼め! どこだ、姿を現せ!」


鬼   「あのね? この縦縞のハンカチがね……」


桃太郎 「お前かーっ!」



暗転

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