アザラシ

後輩 「せんぱ~い、暇ッスねぇ……」


先輩 「ん~、いいんじゃねーの?」


後輩 「いや、でも、もうちょっとなんかあってもよくないすか?」


先輩 「しゃーねーべ、今日日、水族館でアザラシ見にくる酔狂な人はいないよ」


後輩 「でも、あれじゃないっすか? アザラシは人気じゃないっすか?」


先輩 「あぁ……あれだろ? 川の……なんつったっけ、タモさん?」


後輩 「それはいいともでしょ。確かに人気だけど……」


先輩 「あぁ、そうか。なんだっけ? オマン……なんとか? そんなのだよな?」


後輩 「タマちゃんですよ! なんですか、そのギリギリの名前は」


先輩 「あ、それだ。なんか下品な名前ってのは覚えてたんだけど」


後輩 「タマちゃんは、すごい人気じゃないですか? 同じアザラシなのに」


先輩 「なー。すごいよなぁ……。でも、アレだぜ、屋外とか寒いぜきっと」


後輩 「いやいや、我々はもともと寒いところ出身じゃないっすか!」


先輩 「えー! だって、エサとか頑張ってとらないとダメなんだぜー!」


後輩 「でも、新鮮っすよ。ここの水族館、冷凍モンじゃないすか」


先輩 「なにグルメぶってるんだよ。なんだお前は、マダムか?」


後輩 「グルメ=マダムっていう図式は成り立ってるんですか?」


先輩 「そりゃ、マダムはグルメだよ。同じカタカナ3文字だし」


後輩 「じゃ、スルメの方が近いじゃないですか」


先輩 「お前は、一々細かいアザラシだなぁ……。そんなんじゃ出世できないぞ」


後輩 「出世って! どこに出世するんですか!」


先輩 「ホラ、常務とか……」


後輩 「常務!? なにするんですか?」


先輩 「そりゃ、常務だもん。鰯とか食べるんじゃねーの」


後輩 「今と変わりないじゃないですか! 常務って言いたかっただけなんじゃないですか?」


先輩 「お前は細かいなぁ……、そんなんじゃ常務になれないよ」


後輩 「そんな常務はなりたくないですよ」


先輩 「じゃ、俺がなるよ。今から常務ね」


後輩 「えー! そんな簡単になっちゃうんだ」


先輩 「オッホン! コピーとってきたまえ」


後輩 「急に偉ぶりはじめた。そもそもコピーって何をコピーするんですか」


先輩 「えーと……この……海藻を20部」


後輩 「海藻!? 意味ないじゃないですか! というか、言いながら自分で笑っちゃってるじゃないですか!」


先輩 「もういいよ。俺、常務降りた。つまんね」


後輩 「飽きるの早いッすねー」


先輩 「俺は常務よりアザラシの方がむいてるよ」


後輩 「最初から最後までずっとアザラシですよ。……というか、暇ですねー」


先輩 「何? お前、タマちゃんに感化されちゃってるの?」


後輩 「え……だって……あっちは人気者じゃないっすか。やっぱ人気欲しいッすよ」


先輩 「バカだなー。アザラシって言うのはいいポジションなんだぞ。芸しなくていいし。何もしなくてもそれなりに人気は安定してるし」


後輩 「安定してるって……さっきから一人も見に来てませんよ」


先輩 「いいか? プロはな、例え誰も見てなくても、見られてるという意識が必要なんだ」


後輩 「プロって……一応我々はプロなんですかね?」


先輩 「おまえは、その点まだアマチュアだな。2級ってところだ」


後輩 「2級! 何を根拠に2級なんすか! というか、先輩は?」


先輩 「俺はホラ……2つ合わせて5段だよ」


後輩 「2つ!? 何と何を合わせてるんですか!?」


先輩 「ホラ、アザラシと……オットセイ?」


後輩 「いや、バリバリのアザラシじゃないすか! どこをどうオットセイなんすか!」


先輩 「この辺の、かもし出す雰囲気がオットセイなんだよ。うるさいなー。いいだろ、そんなこと」


後輩 「すごいうやむやにされた……」


先輩 「お前さぁ……人がくると、結構、上に浮かんじゃってるだろ? アレじゃダメだ。あれは見にくいんだよ。もっと見やすいポジションで演技しないと」


後輩 「あぁ……そうっすか」


先輩 「あと、泡吐きすぎね。あれは泡で見にくくなるからダメ」


後輩 「はぁ……さすがっすね」


先輩 「あと、観客はアザラシののんびりしたところを見に来てるわけ、俺たち癒し系だから。だから、あんまり激しく動き回らないことね。わざとゆっくり目に泳ぐくらいでちょうどいいの」


後輩 「あぁ、そうかぁ。やっぱり違うなぁ……見てる人の視点に立ってるもの。そりゃ5段だわ」


先輩 「2つ合わせてだけどな」


後輩 「はぁ……2つで5段っすね」


先輩 「常に、見る人の気持ちになって頑張ってりゃ、お前もすぐにタマちゃんなんて抜けるよ」


後輩 「ウッス! がんばるっす!」


先輩 「あっちなんて、所詮、野生児だからな。温室育ちの俺たちにかなうはず無いんだ」


後輩 「その自信の根拠がいまいち理解できないんですが、まぁそうかもしれませんね」


先輩 「俺、多分、タイマンなら勝てるぜ! 超余裕」


後輩 「なんか、悪ぶった発言をし始めた!」


先輩 「ハングリー精神が違うもの。すごいペコペコだっての!」


後輩 「それは、ただ単に食事がまだだからじゃ…………あ! 人です! 人が来ました!」


先輩 「ブクブクブクブクーーッ」


後輩 「わぁ、先輩! すごい泡、そしてすごいスピードで上の方に!」


先輩 「……ブクブ」


後輩 「先輩、あがり症だったんすよね」



暗転

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