花と夜

こむらさき

1:花

 少し強めの風に吹かれた金色の髪がふわりと舞う。

 毛先に向かって輪を連ねている柔らかな髪は、それが花招き月の日差しみたいに優しく輝いている。

 腰まではありそうな髪は、まとめられていないにも拘らず、汚らしさやだらしなさを感じさせない。

 太陽の光をそのまま紡ぎ出したような髪はつややかで、手入れを十分にされるような育ちをしているのだと感じた。

 

 髪と一緒に風に吹かれて靡くゆったりとした白い長上着。その上には、キラキラと輝く銀の羽衣を身に纏っている。

 金色の髪を靡かせた彼は、ゆっくりと野を歩く。彼が歩いた後には、花が次々と咲いていく。

 まるで、彼の後を花が追いかけているようだ。それは、花招き月が彼に恋をしたみたいに見える。

 もっと近くで見たい。一番近くで。煌めく髪が服に落ちて立てる微かな音も、あの綺麗な男が瞬きをする音も、にっこりと柔らかく微笑む表情の移り変わりも……。

 周りにいる街のやつらが、熱に浮かされたみたいに大きな声を上げたせいで我に返った。息を呑みながら、もう一度遠くに居る彼に目を凝らす。

 花招き月に恋をされた男の、涼しげなのに優しそうな目元も、薔薇色の唇もあの時のままだった。


 小川の前で、彼は一息つくように立ち止まった。風が止まり、靡いていた彼の髪が落ちて、やさしく背中の白い衣を叩く。

 長く整った指が、額に当てられて、顔に落ちた髪がかきあげられていく。露わになった顔の中心にある大きな目は、若葉のような色をしていた。その瞳は、陽の光を受けてきらきらと輝きを放つ。

 宝石をはめたようなその瞳が、スッと流れるように動く様を見て、周りにいた乙女たちが甲高い悲鳴を上げた。


「……は?」


 ここからその小川までは鷲獅子グリフォン十匹分はあるはずだ。でも、あいつは俺を見て笑った気がして、慌てて逃げ出した。

 少しだけ両端が持ち上がったバラ色の唇がわずかに動いたんだ。

 こんなに離れている上に、フィカスの木にしっかりと隠れていたっていうのに。

 でもそいつは、確かに俺のことを口にした。

 

 だって、こんな言われ方をする妖精は、俺以外美しい髪を持つ一族の国タルイス・グラッツにはいないのだから。

 煩く響く胸に手を当てながら俺は必死で家に戻る。納屋から抜け出していたことがバレたらどやされるに決まっている。

 人目を避けて走りながら、俺はさっきあの男が言ったであろう言葉を思い出していた。


――菫の瞳と夜色の髪、君を探していたんだ。

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