浅野の場合-2-

 普通の長さ黒髪に、普通の顔立ち、そして中肉中背……つまり、普通。唯一、特徴があるとすれば少し細めの瞳で、常に笑顔のような表情に見える顔ぐらいだろう。そんな男である浅野は、今ではウエイトレス姿に身を包み喫茶店を経営してはいるが、以前の職種は『詐欺師』であった。

 こんなにも普通で、顔は瞳が原因で優男にも見える彼ではあるが、裏のセカイでは周囲から『天才』と呼ばれ、彼の存在を知らぬ者はいない――そんな信じられない経歴を持っていた。

 とある事情から十五歳の若さで、裏社会というセカイに飛び込み数多くの仕事をこなしてきた。時には命が危険に晒されるようなことも……そんな、綱渡りのような生活が彼には当然だったのだ。

 そんなセカイで生き続け、様々な人間に出会い、そして……孤独を知った。だが、裏のセカイも、そこに関わる人間も、そして孤独も……彼にとっては対した問題では無かった。ところが、彼は一つの簡単な理由で詐欺師を辞めることになる。

『退屈』

 これが理由だった。浅野にとって詐欺師という仕事は簡単な事だったのだ。それは、彼が裏のセカイで『天才』と呼ばれる由縁である。つまり、

――自分に騙せない者はいなかった。

 最初はスリルがあって、それなりには楽しんではいた。しかし、仕事を順調に消化するに連れて、次第にそんな感情も薄れていく。気がつけば彼は、まるでロボットの様に淡々と仕事をこなす様になっていた。そして、そんな自分に嫌気が差して辿り着いた一つの考え、それは……

――退屈に感じる時間ならば、このセカイで過ごす必要性は無い。それならば表のセカイで、ゆっくり過ごそう。

 そのような考えに至ると同時に彼は行動に移した。年齢が二十一歳になった年、裏社会からは自分の存在を完全に消し、今までの報酬を使って喫茶店を建て、そして詐欺師を引退した。

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