浅野の場合

浅野の場合-1-

 先程の大題的な発表から、時間は今からちょうど一ヶ月前に遡る――

「本日の営業も終了ですね」

 浅野は喫茶店の出入口の扉にぶら下がっている小さなプレートを、オープンからクローズにひっくり返した。それは、本日の業務の終了を告げる合図である。時刻は夕刻を過ぎたぐらいであった。最近では、この時間帯ぐらいからバーへと代わる店もあるらしいが、珈琲と軽食しか出さない店は後に客の入りも期待できないので終了である。

 彼が経営するのは、少し古めかしい今では珍しい個人経営の喫茶店。建物は木材中心で造られ、カウンター席が五つに四人掛けのテーブル席が二つ……落ち着いた雰囲気がセールスポイントである。

「今日も一日、お疲れ様です」

 誰もいない空間に自身への労いの言葉を呟くと、自慢の珈琲を一杯淹れカウンター席に座ってテレビをつける。客の要望があれば営業中も働くテレビも、本日は出番が無かった。店の壁に掛けられている薄型のテレビは、彼のリモコンに少々遅れて反応する。テレビはデジタル化となったというのに、アナログ時代の方が反応も早かったような気がする。この時代の変化を画質以外の利便性で気付いている者は、どれくらいいるのだろう……と、彼は考えてしまう。

 テレビには、まず番組のタイトルが表示された。どうやら、ニュース番組のようだ。この時間帯は、どの局も同じようなニュースを流しているので特にザッピングを行うことも無く、浅野はリモコンをカウンターに置いた。

「退屈ですね……」

 淡々と流れるニュースの中、彼は再び呟く。今度は溜息と同時に吐き出された。そして、その口から出された息の行方を追うように天井を見上げる。視線がぶつかった天井の木目を見つめていると、無意識の内に自分の過去を思い出していた。

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