降り出す雨にご注意


 希の予想は的中してしまった。2,3日も経たない内に、ザリガニ池にはたくさんの小学生が集まったのだ。そのため小寺くんは、万が一小学生が例のザリガニを釣ってしまってはいけない。とやはり思ったのか、補習の前と後、いつもザリガニ池の周りにしゃがみこんでいる。希と共に何度か寄り道して成果を聞いてみたもののなんの手ごたえもないようなので、3人とも青っぽいザリガニはあの一匹だけだったのだと信じ込んでいた。

 

 だが世の中そう甘くはない。


 明日で補習も終わり、やっと夏休みらしくなってきたぞと私は少し上機嫌で帰宅していた。希はハンド部の活動があったため、一人静かな帰宅となったものの、イヤホンから流れてくる5人組バンドの曲が私の空間を鮮やかに染めてくれる。

ちなみに雨はと言うと、最近は降ったりやんだり。いまは止んでいるが、この後また降ると予報では言われているらしい。

 降られる前に家に着こうと少し小走りになる。するとイヤホンの左耳が外れて周りの雑音があらわになった。音が聞こえるのも右耳だけで、遠くの方でひっそりと小さくなったバンドのメンバーが秘密のライブを開催している。私はそのライブに参加したいけれど、まだ蚊帳の外だ。もう片方のイヤホンをつけようとする。その時、現実世界に傾けている耳が、予想外の情報を聞き取った。


「ザリガニ池でさ、青色のザリガニが釣れたらしい。」


 お気に入りの宇宙旅行をイメージしたような曲はもう終わり、耳には甘いバラードが流れている。君に甘酸っぱいキウイフルーツのカクテルを飲ませる前に、私は耳からイヤホンを引っこ抜きぐるぐる巻きにしてポケットに突っ込んだ。

公園はもういつの間にか通り過ぎていたため、引き返そうとする。だが数歩進んだところで、ちょっと待てよと踏みとどまった。

予報によると、この後は結構な雨が降るらしい。それなのにいま行ったところで、何かメリットになることはあるのか? 

小寺くんがいるかどうかもわからないし、第一いたとしたらその場にいた小学生などからもうこの情報を耳にしているはずだ。

よって、自分が行ったところで何の意味もない。帰って明日の最後の補習に向けて予習でもしてやろうじゃないか。

そう思いまたもや方向転換。家に向かって歩き出す。


するとつい先日会ったコーギーとビーグルの雑種犬と、前回よりラフな出で立ちの例の綺麗なお姉さんにまた出会った。だがしかし、私は希がいない限り自分から他人に関わったりすることはないのだ。

考えてみれば小寺くんと関わるようになったのも希が話しかけたことがきっかけなのであって。

それがいいことなのか悪いことなのかは、自分の考え方次第だろう。そんな中お姉さんは横を通る私には目もくれず、今度は少し怒った様子で曇り空を見上げていた。




「あんた、この後コンビニ行ける?」


母が台所でスボンジを泡立てながら聞いてくる。


「別に行けなくはないけど、なんで?」


母はスポンジで食器の汚れを落としながら、


「え、ちょっと、なんて?」


と聞き返してくる。忘れていた。台所で作業をする母にはいつもよりボリュームを上げて話さなければならない。台所は音の巣窟なのだ。食器を洗っている時だけでなく、何かを炒めたりだとか焼いたりだとか、その時につける換気扇の音だとか。

私はさっきの言葉を大分端折って、母に伝える。


「今日中に荷物、送っちゃいたくて。」


母は割とコンパクトなサイズの段ボールを指差してそう言った。


「おばあちゃんにまたもらったのよ。今度はとうもろこし。そのお返しにね。」


私は食卓に山盛りにされたとうもろこしを見る。

今日の献立はなんだか統一感がない。山盛りのとうもろこしの他に、母が最近ハマっているバルサミコ酢のたっぷりかかったローストビーフ、中華風の春雨サラダ、そして十五穀米に味噌汁。だがそのいたるところに玉ねぎが参戦していて、その意味では統一感があると言えるのかもしれない。もちろん玉ねぎは言うまでもなく、祖母から送られてきたものだ。


「なに送るの。」


「ちょっとお高いコーヒー。インスタントのやつ。おじいちゃんもおばあちゃんも好きでしょ。」


そう言いながら母は食器を洗い終え、蛇口の周りの水滴を拭き取りながら呟く。


「たくさん送ってくれるのは嬉しいけど、家はお父さんが基本家にいないから食べるのが大変なのよねえ。」


単身赴任中の父は、1か月に1度家に帰ってくるか来ないか。たまに寂しくないのかと聞かれるが、女二人暮らしに慣れてしまっているため父が帰ってくると逆に不便だったりすることが結構ある。日頃の習慣というものはそう簡単に調節出来たりするものではないのだ。


 

 

 

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