第50話 魔法色
「そうだ!アイシス」
ケルベに噛まれたキドナの腕を治療し、キドナたち3人を並べて寝かせたところで、リディはアイシスのことを思い出した。離れたところへ行っておくよう伝えた時に、アイシスが向かった方向を見てみると、木の陰からこちらを伺っているアイシスが見えた。
リディが大きい声でアイシスを呼ぶと、トコトコという擬音がつきそうな足取りでアイシスがリディたちの下へと向かってくる。少し怖がっているように見えるのは、ケルベたちがリディたちの側にいるからだろう。
「ふたりとも、よかった無事で」
リディたちの下へとやってきたアイシスは、リディとニケの無事な様子を確認するとほっと胸をなでおろした。
「リディよくこの場所がわかったわね」
「あぁ、ニケが場所を教えてくれたからな」
「えっ? ニケ君は馬車の中でも、ここへ来てからも、それらしいことはしていなかったけど」
アイシスの言う通り、ニケは大声でリディを呼んだり、馬車からリディが辿れる目印を落としていったりということはしていない。
「見た目ではわからないだろうな」
「じゃあ、どうやって呼んだの?」
「ニケはケルベたち……この大きい友達らのことだが、彼らに魔法で簡単な言葉を伝えることができるんだ」
それはニケが街に入るときなどにケルベたちと別れ、再び集まる時によく使っている魔法だ。以前リディも見せてもらい、その時にケルベたちだけでなくリディにも声を伝えることができるかを試していた。
「前に試したときには私はなんにも感じなかったのだが……」
それは、リディがポリムと話していた時だった。突然ニケの声がリディの頭の中に響いた。その声を聞いたリディはすぐに憲兵の詰所を飛び出し、声のする方へと全力で向かった。
そして、声のする方へと向かって街を出て森に差し掛かった辺りで、グリフに見つかり緊急時だったので一緒に乗せてきてもらったという訳だった。
アイシスが馬車の中で感じた『ぞわっ』とする何かが通り過ぎる感覚は、ニケがリディたちに向けて魔力を飛ばした影響を受けたものだった。
「ニケは私に声が伝わるって知っていたのか?」
「ん、たぶん……だったけど、前に魔法の色を見せてもらったから……」
「魔法の色?」
魔法の色という言葉はリディも初めて聞く言葉だった。魔法は使う人によって、色あるいは、波紋と言うべきような個性がある。双子など特異な例を除き、完全に同じ色の魔法色を持つものは極稀だ。普通の人はこれを見ることは出来ないが、ニケは術者が魔法を使う時に放出される魔力を色として知覚することが出来た。
「ちなみに私は何色をしているんだ?」
「リディは白」
「アイシスは?」
「青」
「ニケは?」
「自分のは……わかんない」
火の魔法が得意なものは赤色、水の魔法が得意なものは青色といった具合に、魔法色にはその人が得意とする魔法の特色が表れる。色はその人自体が持つもので、発動する魔法の影響は受けない。例えばアイシスが火の魔法を使ったとしてもその時に表れる魔法の色は青のままだ。
リディの白は珍しい色だった。何色にも染まらないニュートラルな色、逆に何色にも染めることができる。リディが器用に様々な魔法を使うことができるのは、この魔法色であるが故だ。
ニケができるのは魔法色を視ることだけではない。ニケは自身のこの魔法色を変化させることで、他の人の魔法に干渉することもできる。リディにこの場所を伝えることが出来たのもその力によるものだ。ヒジカ退治のあとで観察させてもらったリディの魔法色を自身の魔力で再現し、その状態で魔法を飛ばす。すると飛ばした魔力がリディの魔力に干渉し、簡単な言葉を伝えることができるのだ。
そしてニケは同様にしてキドナの魔法にも干渉していた。キドナの火球がニケに当たらなかったのは、キドナの魔力にニケが干渉し、火球のコントロールを乱していたからだ。
「う、うぅ……」
3人が魔法色の話をしていると、そばに寝かせていたキドナがうめき声を上げた。
その声を聞いてリディは剣を構え、アイシスはリディの背後に隠れるように移動する。キドナの魔素は浄化されたはずだが、まだ油断は出来ない。
キドナの目がゆっくりと開く。寝転がり、目を細めたまま辺りを確認するようにキドナは首を動かした。
「ここ、は……アイシス……様?」
リディの背後にアイシスの姿を見つけると、キドナはアイシスの名前を呼んだ。先程までの荒々しい気性は影も形もなくなり、今のこの状況を理解できないでいるように見えた。
キドナはリディの剣を見て、怯えにも似た表情を見せる。先程までのキドナであれば絶対に見せなかった表情だ。
キドナが攻撃してこないことを確認すると、リディは剣を収めた。アイシスはリディの背後からキドナのもとへと歩み寄り、キドナの様子を確認する。
「キドナ……戻ったのね?」
「戻った……それは一体? ……うっ」
キドナは顔を顰めると、頭を押さえた。
「すみません。少し、頭痛が……」
頭痛を訴えるキドナの様子を伺いながら、アイシスはキドナに質問をしていく。しかし、キドナはアイシスの質問に困惑するばかりで、先程リディと戦ったことなども全く覚えていない様子だった。
もっと詳しく聞き出したい思いはあったが、先程からずっと頭を押さえているキドナの体調を優先し、キドナへの事情聴取は別の機会に行うことにした。
キドナの体調の回復だけではなく、アイシスにもキドナ自身にキドナが行った所業を伝える覚悟をする時間が必要だった。
「もうすぐポリムが憲兵たちを連れてやって来るはずだ。彼らの到着を待って一旦街へ戻ろう」
ポリム達が来る前にケルベたちには、また離れたところへ身を隠してもらう。ポリムには人を多めに連れてくるように伝えてある。彼らがケルベたちを見て騒ぎになってもいけない。
ニケがケルベたちにいつものように身を隠しておくように伝えると、ケルベたちはめいめいに好きな方向へと移動していった。
彼らの様子はいつも通りだった。
だから気づけなかった。ケルベの青い瞳の奥に赤い光が燻っていたことに――。
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