第17話 夜
アグリカの家を後にし、狩りの準備を整えた後、リディ達はリトナの町の店を冷やかしたり、ケルベ達と遊んだりして夜を待った。
日が西に傾き空が赤くなり、青くなり、暗くなり、そして夜が訪れた。
リディとニケはアグリカに借りた荷車を引いて町の外に来ていた。街道沿いは平坦な道だがその両側には暗い闇夜に薄っすらと稜線が見えている。
「さあて、ヒジカ退治に出発だ!」
「おー」
リディに言われたとおりに、ニケが返事をする。これから頑張ろうというときにはこういうやり取りをするものだと、ニケはリディに教えられていた。
「それで、どうするの?」
「まぁ、待て。目が慣れてくればすぐに見える」
そう言ってリディは山沿いをずっと見つめていた。ニケもそれを真似て山沿いに目を向けてみる。明かりのある町から出たばかりなので、山はまだ暗くしか見えなかったが、月明かりの下に目が慣れてくると徐々に稜線と空の境界がはっきりと見えてくる。
「見えてきたな。いち、に、さん……話の通り10以上いるな」
リディのその声を聞いて、ニケも山にむかって目を凝らすと、ぽつぽつとまばらに橙色にぼんやりと光る点が目に入った。
「見えたか?あれが、ヒジカの角の火だ」
山を見ながらリディはニケに教えるようにそう言った。
ギルドで受付嬢が言っていたとおり、ヒジカの角は燃えている。詳しい原理はよくわかっていないが、魔獣が体内に保有していると考えられている魔素が、角から炎となって放出されているというのが一般的な説である。
山中に光るヒジカの分布をみて、大まかに3グループに分けられそうな分布になっていたので、リディは3回に分けてヒジカを狩ることにした。それぞれのグループに中に5,6頭のヒジカがいる。グループの距離は大きく離れているので、まずは1グループに狙いを定めて狩っていくのが良さそうだ。
手始めに一番近いグループの方へと向かう。
途中までは農道などが使えたが、山に近くなると道がなくなったため荷車は近くの少し開けたわかりやすいところに置いておいた。
ここからが狩りの本番だ。
人目もなくなったので、森に潜んでいたケルベ達とも合流し、リディは現場の状況から狩りの段取りを立てる。
(あの1頭は孤立しているな……)
リディはグループ分けした集団の中で、特に離れた1頭に目をつけた。
「大きい物音を立てると、ヒジカたちが一斉に逃げる恐れがある。今回の狩りは慎重に行くぞ。1頭ずつ確実に仕留めよう」
リトナ村に来るまでの道中でも狩りは何度か行ってきた。ニケを始め、ケルベたちとの意思疎通もそれなりにできている。
「ニケとケルベは左から、バジルは右から、グリフは静かに飛んであのヒジカの背後に回ってくれ」
「リディは?」
「私は正面からだ」
当然だがリディは何も考えずに正面から突っ込むわけではない。リディはヒジカの弱点を知っていた。そして、この中でその弱点をつけるのがリディしかいないのだ。
「まぁ、もし逃げられたらニケたちの出番だ。容赦なく仕留めてくれ」
ヒジカ狩りの段取りを付けると、リディ達はヒジカを囲うように配置へとついた。
話の通り、ニケとケルベがペアになり左から回り込み、バジルは右へ。グリフはそーっと静かに飛び上がり、闇夜に紛れヒジカを超えて奥へと回り込んだ。
リディはヒジカに気づかれないギリギリの距離を保ちつつヒジカを正面に捉えている。
ヒジカは今、草を食べるのに夢中でリディには気づいていないようだ。
(もう少し……)
ヒジカの様子を見ながらリディはなるべく音を立てないように近づいていく。
地面は夜露によるものか少し湿っていて、枝に気をつければ足音は出づらい。リディはヒジカに姿を見られぬよう茂みに隠れながら近づいていった。
(この距離なら……)
ヒジカは魔獣ということもあり、おそらくこの地域の食物連鎖の頂点にいる。そのせいか、警戒心が薄く今も草を食べるのに夢中だ。
その様子を見て、リディは集中し始めた。
ヒジカの燃える角のちょうど真上、ヒジカからは見えない位置で大気中の水分が徐々に集まり水球を作る。最初は石ころよりも小さく、リディが集中を高めるにつれ、こぶし大になり、人の頭ほどの大きさになり、更に一回り大きくなった。
(ニケの作る火球の大きさには遠く及ばないが……)
ヒジカの角にぶつけるには十分な大きさだった。
「いけっ」
リディが小声で合図を口にすると、水球は一気に落下し、水が蒸発するときの音と白い湯気を発して、ヒジカの角の火を消した。
水球の落下直後少し暴れたヒジカだったが、角の火が消えると急におとなしくなり、その場に座り込んでしまった。
「うまくいったな」
ヒジカがおとなしくなったのを確認して、リディはヒジカに近づいた。
リディが近づいてもヒジカは動かなかった。その様子はまるで眠っているようで、逆にリディを騙しているのではと疑うほどだ。
ともあれ、リディはこんどは指先に魔法で小さい光を作ると、何回か点滅させた。
これはここに来る道中、狩りをしていたときにニケ達と決めた集合の合図だった。
合図をきっかけにそれぞれの場所で待機していたニケたちも集まってくる。
「これ、死んでるの?」
「いや、まだ生きている。とどめはこれからだ」
「角の火を消したってことだよね? なんでおとなしくなるんだろ?」
「火を消すとおとなしくなるというのは、私も人に聞いた話だから詳しくはしらん」
ニワトリなどの鳥類は目を覆って暗くしてやるとおとなしくなるものもいる。目を覆って暗くしてやることで眠っている状態と勘違いしているらしい。
ヒジカも眠るときには角の火が消え、目をさますと再び角に火が灯るというから、角の火が消えることでヒジカ自身眠っている状態と勘違いしているのでは?というのがリディの推測だった。
おとなしくなったヒジカにとどめを刺し、荷車のところまで運ぶのだが、流石に重いのでニケとリディはペアとなり、ケルベ、バジル、グリフ達と交代しながら運んで荷台へとヒジカを載せた。
これで1頭目の狩りが終了である。
移動に結構時間を取られているので、一晩では2グループを仕留めるのも難しそうだった。そこで、今晩は1グループ、6頭を仕留めることを目標としそれ以降は翌日に持ち越すことを決めた。
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