第18話 夜明け


 夜の森は暗く、今宵の頼りは三日月の光だけだった。

 そんな中でリディ達は狩りを続けた。1頭目を仕留めたとき同じ手法を用いて目標としていた残りの5頭も仕留めた。


 ただ、1頭だけリディの魔法で角の火を消しきることができず逃げ出されてしまった。

 幸いそうなった場合に備えて、ヒジカの周りに配置されていたグリフにより確保はされたが、その際に暴れたヒジカをグリフが抑え込んだため、グリフの羽毛が少し焦げてしまった。


 ニケと火球で遊ぶときのように、短時間であれば炎に触れても平気だが、長時間触れ続けるとさすがに表面上は焦げてしまうようで、普段きれいに整っている羽毛に黒い焦げ跡がついてしまっている。

 グリフはきれい好きな性格で、嘴で羽毛の汚れを器用にとっているのはリディもよく見ていた。リディが申し訳無さそうに焦げ跡を撫でると『気にするな』という風にグリフは一声をあげた。


 ニケの話ではグリフの羽毛は年に何度か生え換わるので、そのときにまたキレイになるとのことだった。


 そんなことがありつつも、休憩を取りながらリディとニケ達は狩りを続け、無事本日の目標の6頭全てを仕留め終えた。


 「ねぇ、リディ。水を出す魔法ちょっと使ってみて」


 6頭目のヒジカを仕留めた後でニケが声をかけてきた。


 「別にいいが、何をするんだ?」

 「いいから、出してみて」

 「ちっちゃいのを出すだけでいいのか?」

 「うん、小さいので、大丈夫」


 ニケに言われたとおりにリディはヒジカを仕留める時のように、魔力を込めて水球を作る。

 ニケはその様子を横で見ていた。ただ、自分の手のひらをリディの方へ向けて何かを感じているように目を瞑っている。


 「うん、わかった」


 リディの水球がほとんど大きくならないうちに、ニケは目を開いた。もうやりたかったことは達成できたようだ。


 「何がわかったんだ?」

 「えっと、……ないしょ」


 そう言ってニケはリディの質問をはぐらかし、何が何だかわからなかったリディはちょっとモヤモヤとした気持ちを抱えた。


 6頭目のヒジカを運び荷車に戻ると夜明けを告げる虫の声が聞こえた。村の方からはニワトリの声も聞こえてくる。間もなく夜明けが近いと判断したリディは、予定通り狩りを切り上げ、荷車を引いてアグリカの家へと向かうことにした。


「ふん! ぬぬぬぬ……」


 リディが荷車の内側に入り持ち手を思い切り押すがヒジカ6頭はかなり重く、なかなか荷車が動き出さない。


「はー、はー……」


 リディは息を切らして一旦諦める。


「ニケ! お前も後ろから押してくれ」


 横でぼーっと見ていたニケにリディは後ろから押すよう声をかける。町に戻るのでケルベたちの力を借りるわけにはいかない。

 リディの声を受けてニケは荷車の後ろにまわり手を添える。


「いいか、行くぞ!」

「……」

「……ニケ、あれだ」

「……?」


 ニケの返事がなかったのでリディが声をかけたが、リディにあれと言われてもニケにはピンと来なかった。


「……!」


 少ししてニケがはっとしたので、改めて気合の入れ直しを行う。


「いいか、行くぞ!」

「おー」


 声を合図にリディとニケはぐっと力を込めると、荷車は徐々に動き出した。

 車というのは動き出せば負担が軽くなるもので、途中の斜面で苦戦したものの一度動いた荷車は止まることなく、アグリカの家までたどり着くことができた。


 リディたちがアグリカの家に到着したときには山の稜線が白み始めていた。


 アグリカ夫婦はまだ薄暗い中農作物の収穫を行っていた。

 昨日は見かけなかったが、従業員であろうアグリカ夫妻以外の人達も複数見受けられた。


 アグリカはリディたちに気がつくと、作業の手を止めて歩いてきてくれた。

 リディが引いている荷車を見て、驚いた表情をしているのがこの距離からでもわかる。


「あんたら、本当に狩ってきたのか」

「なんだ、本気にしていなかったのか?」

「あぁ、いや。そんなことはないんだが、まさか一晩でこんなに狩ってくるとは……」


 リディたちの荷車に積まれたヒジカをみて、アグリカが感嘆の声を漏らす。

 リディたちに対してアグリカが半信半疑だった。ヒジカ退治という依頼に対して、女子供の二人組では不安になるなというのは無理な話だった。


「こんなに、か。本当は言ったとおり10体以上狩るつもりだったのだが、荷車での移動を考えると流石に無理だったな」

「いやいや、十分さ。こっちは一頭でも難しいと思っていたぐらいだ。それが6頭、こっちとしては大助かりだよ」


 アグリカたち農民にとってヒジカの被害は喫緊の問題だった。被害は徐々に大きくなっており、藁をも掴む思いでギルドに依頼をだしたのだ。一頭だけでもいい、誰かが狩ってくれればヒジカの数は減る。複数受諾可にして複数人で対応してくれれば退治してくれる数も増える。そう思って出した依頼だった。


「もう収穫を始めているようだが、遅くなってしまっただろうか? すまない、もっと正確な時間を聞いておくべきだった」

「いやいや、荷車が必要になるのはもう少し先だ。問題ねぇよ。こっちが思ってた時間よりもずっと早いぐらいだ」

「そうか、ならよかった。さっそくだが、コレはどうしたらいいのだろうか? 簡単な血抜きぐらいしかしていないのだが」

「血抜きをしてくれただけでも十分さ、後はこっちで捌いておくから……そうさな、あの井戸の近くに荷車ごと置いてれるか?」


 リディとニケはアグリカに指定された井戸の近くまで荷車を押す。重そうにしている二人を見て、アグリカも押すのを手伝ってくれた。


 荷車からヒジカを下ろすと、その数をアグリカの前で改めて確認する。今晩狩ったヒジカは6体と確認し、互いのギルド帳にサイン入りで記入する。

 報酬はギルドで受け取ることになる。

 今回の場合、達成確認者がアグリカ本人のため、依頼者、受託者共にギルドへ出向き、ギルドがギルド帳の内容を確認し、記載内容に齟齬がなければ依頼達成となり、ギルドから報酬を受け取ることができる。


 なお、達成確認者がギルドになっている場合、その場で報酬を受け取ることが可能だ。ヒジカの数が多く、達成報酬としてヒジカの肉の提供がある今回の依頼のほうがどちらかといえば特殊な状況だ。


「ギルドへは俺も今日のうちに行っておくから、明日には報酬を受け取れるだろう」

「あぁ、それなんだが明日……いや、もう今晩か。えぇと、今日の夜とそして明日の夜もヒジカを狩りに行くから。ギルドへの報告はその後の方がいいと思う。さすがに3日連続で行くのは面倒だろう」


 リディからの提案にアグリカは怪訝な表情を示す。3日連続でギルドに行くよりも、3日連続で狩りをするほうがよっぽど面倒、いや、そもそも体力がついていかないだろうと思った。

 しかし、なんでもない様子のリディと、アグリカにとっても早く退治してもらえるのは正直助かるのは確かだった。


「こっちとしてはありがたいが、あんたら大丈夫か?」

「ふぁ~あ、確かにそろそろ眠いな。今晩の狩りに備えてすぐ寝ることにするよ」


 アグリカが心配したのは眠気の話ではなかったが、それをよそにリディとニケは話を終えて、アグリカの敷地の農道を戻っていった。

 荷車は今日は夕刻頃に、また取りに来ると約束した。


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