第16話 依頼人

 町道から目的の農家の敷地に入り、建物までの道をニケとリディは歩いていく。

 両脇には牧草地と畑が広がっている。夏のこの時期であれば畑には農作物がなっていてもよいはずだが、すでに収穫してしまった後なのか、作物は多くは見られず、少し荒れているようにも見えた。


 周囲に人の姿は見えなかったので、リディとニケは直接建物へと向かっている。

 土地の広さもあってか住居用の建物は平屋だが周辺の家よりも一回り大きく見えた。この家の家主はこの辺りの有力者なのかもしれないとリディは考えた。

 近くに牛舎と思われる建物も建っている。農作物の収穫用であろう荷車や鍬などが据えられた農作業用の道具倉庫と思われる建物もある。


 住居用の建物の前に立ち、リディがノッカーで扉を叩くと中から返事があった。

 太い声だったので出てくるのも男性だろう。色々と手間が省けるのでリディとしては一軒目でアタリを引けるとありがたかった。


「はいはい、どちらさん?」


 扉を開けたのは大柄で赤毛の中年男性だった。農作業のためだろうか町で見た人達よりもガッシリとした体型をしている。髭を蓄えているので貫禄があるが、実際は見た目よりは若そうな印象もある。


「こちらは、アグリカ・メーモン氏のお宅だろうか?」

「あぁ、そうだがあんたは?」


 どうやら一軒目でアタリを引けたようだ。それを確認するとリディはニケの方を見て『正解だったな』とニッと笑い、ニケはこくんと小さく頷いた。


「私の名はリディ。ギルドであなたの依頼を受けたのだが、少し話をする時間はあるだろうか?」

「あぁ、ギルドの。あんたも受けてくれたのか」


 アグリカはリディとニケを家に招き入れ、客間へと通した。


 アグリカの家の中は外見の通り広かった。農作業による土などで汚れているということもなく、しっかりと掃除されており、清潔に保たれていた。

 リディとニケは客間のテーブルを挟みアグリカと向かい合うように席についた。

 程なくしてアグリカの奥方と思しき女性がお茶を持ってきてくれた。よい香りのするハーブティーだった。畑の傍らで育てているハーブから作ったそうだ。立ち上る湯気に乗って芳しい香りが鼻孔をくすぐる。リディが久しく飲んでいなかった高級感あふれるお茶だった。


「それで、話というのは?」


 場が落ち着いたところで、アグリカが切り出した。


「あぁ、そうだな。アグリカさん、あなたが出した依頼について、もう少し詳細を聞かせていただきたい」


 リディはいきあたりばったりではあるが、無鉄砲ではない。戦場において一番危険なのは『知らない』ということだ。敵の数、構成、技量、性格など、相手を知ることができれば、それに対策を行うことで、勝利を掴む、あるいは依頼を遂行することができる。


「詳細とは?」

「そうだな、ヒジカのおおよその数はわかるだろうか?」

「あぁ、正確に数えたわけじゃないが、10頭以上20頭未満ってとこだな」

「10頭以上か、やっぱり多いな……。そうなるとさすがに難しいか……」

「おい、いきなり諦めるのか?」


 リディの発言にアグリカの声が大きくなる。


「あぁ、いや、倒せないという話ではない」

「じゃあ、どういうことだ」

「報酬は一頭あたり2万ジルだったな。頭数の確認はどう行うんだ?」

「そりゃ、死体を見せてもらうことになるが」

「そうだろう? しかし、私とニケで10頭以上運ぶのはさすがに、いや5頭でも厳しい」


 ヒジカを倒した場所をすべて覚えておくことは難しいし、確認のためにアグリカに足を運んでもらうのも面倒だ。

 そうなると、倒したヒジカをアグリカの家まで運ぶ必要があるが、ヒジカ一頭の大きさはリディより一回り大きいぐらいある。

 ケルベたちの存在はアグリカには明かせないし、そうなるとリディとニケのみで運ぶ必要があるわけだが、さすがに二人で10頭のヒジカを運ぶのは難しかった。


「おいおい、まさか一晩で10頭以上狩るつもりか?」

「そのつもりだ」


 アグリカの疑問に対してリディはきっぱりと言い放った。


「そして、その上で相談があるのだが」

「はっ、豪気なお嬢さんだな。なんだい、言ってみな?」


 アグリカが話を聞いてくれる姿勢になったところで、リディは要求を切り出した。

 リディの要求は農具倉庫においてあった荷車の借用だった。

 先程リディが話したとおりリディとニケの二人で、狩ったヒジカを運ぶのは大変だ。しかし荷車があれば、一度に運べる量も増える。10頭を超えると荷車があっても何度か往復する必要はあるだろうが、ないよりは格段に楽になるはずだ。


「荷車か、貸す事自体は構わんが」


 荷車貸し出しの話にアグリカが若干の渋い顔を見せる。


「なにか問題が?」

「あれは予備がないもんでな、明日の朝には戻してもらいたい」

「朝か、わかった。間に合うように切り上げて荷車を戻すことを約束しよう」


 リディにもヒジカ退治にかかる時間は読めていない。ヒジカの分布も把握できていないし、1頭を仕留めるのにどれだけの時間がかかるかもわからない。

 朝には荷車を戻すとなると、夜明けまでは粘れず早めに切り上げて仕留めたヒジカを運ぶ必要もある。

状況によっては数日かける必要もありそうだと、リディは考えた。


「すまんな、明日の朝も収穫したものを市へ運ばにゃならんのでな」

「いや、我々はモノを借りる身なのだから、そちらの都合が優先なのは当然だ。しかし、明日も収穫するのだな、畑の収穫はかなり終わっているようにも見えたが」

「あぁ、残り少ないのは間違いないが、その残り少ない収穫も早めに終わらせたくてな」


『何か理由が…?』と言いかけたことろで、リディはここに来る途中の荒らされたような畑の様子を思い出す。


「そういえば、畑が少し荒れていたな。あれはひょっとして……」

「あぁ、ありゃヒジカが食った跡だよほっといたら作った作物全部食われっちまう。今は俺とヒジカとの収穫競争中なのよ」

「なるほど、それでこの依頼なわけだな」


 リディの見聞きした諸々が繋がり合点がいった。

 話はまとまったが、リディは引き続きヒジカについての情報などをアグリカに確認した。

 いつ頃からヒジカが出るようになったのか、どのように増えていったのか、そしてギルドで話を聞いた競合受諾者について。


 アグリカの話をまとめるとこうだった。


 ヒジカが姿を表すようになったのは3、4ヶ月ほど前。最初に見かけたのは1頭だったそうだが、ここ数週間で一気に数が増え20頭前後になった。

 流石にまずいと思ったアグリカや、この周辺の農家の人々はと協力し、集団でギルドに依頼を出すことにした。

 報酬が良いのも、緊急であり早めにコトを片付けたいからだ。


 そしてもう一人の競合受託者についても話を聞くことができた。

 リトナ村周辺の領地をまとめ上げている貴族のクライス・ルーノそれが競合受託者の名前だった。クライスは王国騎士団上がりの貴族で、領地を治める立場になって以降も酔狂にもたまに今回の件のようなギルドの依頼を受けているのだそうだ。


 彼はリディたちが来る前にアグリカの家を訪れ、リディ同様アグリカからヒジカについての話を聞いていった。


 一通りアグリカに話を聞き終えたリディはアグリカの奥さんにお茶のお礼をいい、荷車を引きながら家を後にした。


「なんか、別人みたいだったね」

「誰がだ?」

「おじさんと話してるときのリディ」

「ん、そうか?まぁ、ちゃんとした場ではな」


アグリカの家でリディの新たな一面を見たニケはそんな感想を漏らした。


「なんだ、かっこいい私に惚れてしまったか?」

「ううん」

「そっか、残念。普段と違う一面を見せるのは結構効果的らしいのだがな」


 ニケと二人きりになったリディは、もういつもどおりだった。

 そんな様子のリディをニケはなんとなく見つめていた。

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