第5話 友達

(と、友達?)


 リディの目に映る3体の魔獣。しかし、少年は魔獣のことを友達と呼んだ。

 3体の魔獣はいずれも北方にいるといわれている強力な魔獣だ、通常の人から見れば恐怖の対象でしかない。リディも可能ならば即座に逃げ出したいところだが、肉食の獣は逃げるものを追う習性がある。真に彼らが獣ならば、逃走したが最後、背中を見せた瞬間に八つ裂きにされるのがオチだろう。

 1体でも十分なほど強力な魔獣が、この場には3体もいる。魔獣を友達と呼ぶ少年の言葉にリディは納得できなかった。絶対に危険だ。


「友達だと……、こいつらは人を襲う魔獣だろう。現に私もっ!!」

「あまり大きい声を出さないでって言った……」

「うっ……、す、すまん」


 声を荒げそうになり、少年に窘められる。諭すような言葉だが、その姿に似あわない言い知れぬ威圧感があった。


「それで、現に私も……何?」


 リディが落ち着いたのを見計らって少年が続きを促した。相変わらず炎を見つめたままだ。


「現に私も攻撃されている。それでも君は、こいつらは危険な魔獣じゃないというのか? いつ人を襲うかわからないぞ」


 リディは少年に魔獣の危険性を説いた。


「先に攻撃したの、お姉さんの方……。それでこの子達が危険っていうのはズルいし……。この子達が可哀想……」


少年の言うように先に攻撃したのはリディだった。

リディが攻撃しなければ、魔獣たちも攻撃しなかった。そう断言するように、少年はリディの目をじっと見つめた。


「僕から見ると……お姉さんの方が……危険」

「し、しかし、あの先には村があった。村を守るためには、私の実力では先に攻撃をしかなかった。それに、魔獣は人を襲うだろう。だから――」

「魔獣を殺すのも仕方ない……?」

「あ、あぁ、そうだ」

「……この子達には、自分から人間を攻撃しないように言ってある。……だから、殺すのは止めて……」


少年はリディの目を見てそう訴えた。

リディは少年の吸い込まれそうなほどの黒い瞳に息を飲む。


「まぁ……、お姉さんが殺せるなら……だけど」


 少年は興味を失ったように、また焚き火に目を向け、新しい薪を焚火にくべながらリディのほうを見ずにそう言った。

 少年の言葉を受け、リディは改めて3体の魔獣を眺める。少年の言う通り、今のリディでは彼らの相手は荷が重すぎる。先ほど自分の剣が通用しないと分かったばかりだ。

1体でもどうしようもない魔獣が3体もいる上に、今のリディは怪我でまともに体を動かすこともできない。彼らに危害を加える術がリディにはなかった。


「この子たちが害をなさないというのは信用できるのか?」

「僕を信用できるなら……すればいい、と思う。信用できないなら……攻撃してきてもいい、と思う」


つまりリディ自身で判断し、リディの好きにしろということだ。


「でも、攻撃されたときは、仲間を守るように言ってある」

「わかった、信用しよう」


 リディがそう答えた時、少年は一瞬だけ驚いた顔をした。リディが目を覚ましてから初めて見せる感情のある表情だった。


「信用していいの……?」

「どのみち警戒したところで、今の私はまともに体を動かすこともできない。だったら最初から警戒などせずに全力で体を休ませてもらうさ」

「元気になったら攻撃してくるのも止めて……」

「体を休める間に君たちの様子を見させてもらう。攻撃するのはそれからでもいいだろう?」

「わかった……」


 会話がひと段落したところで、リディは寝る準備を整えていく。自分の体の様子を一通り確認し、痛みが強いのは樹に打ち付けられた背中から腕にかけてであることが分かった。そこに力がかからない体勢を確認し、ケルベロスの毛並みを整える。そして、完全に寝そべる前に少年に一声かけた。


「この子の体はずっと借りててもよいのだろうか?」

「うん、いいと思う。……大丈夫? ケルベ」


 少年の問いにケルベロスの3つの頭のうち1つだけが『ワゥン』と軽く吠えた。リディが目を覚ました時に目が合ったやつだ。残りの2つの頭はもう夢の中のようだった。


「そうか、ありがとう」


 リディはケルベロスの体をなでながら、感謝を述べた。


「こんな毛皮で寝れるなら、鎧も邪魔だな」


 そうつぶやくと、リディは身に着けていたプレートをすべて外し、寝やすいように軽装になった。


「一晩体を貸してもらうぞ」


 リディはそう言って寝っ転がると、先ほど確認した力のかからない体勢になる。そして目を閉じると、体に流れる魔力の循環を確認し、強く打ち付けた部位への流れを強めていく。その循環を維持しながらリディは本格的な眠りへと落ちていった。

 リディが眠った後で、少年はリディのほうへ目を向ける。まだ眠りに就いたばかりなのに口からは涎が垂れ始め、本当に少年を信用しているのか、それともただのバカなのか、その姿は警戒など微塵も感じさせないものだった。


「変な……お姉さん……」


 くすぶり始めていた火を消して、グリフォンに寄り添うとグリフォンの翼を布団代わりにして眠りについた。


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