第4話 磔

「あっ、気絶しちゃった?」


 3体の魔獣の影から一人の少年が顔を出した。

 あどけなさの残る顔から12、3歳あるいは、もう少し年下にも見えるその少年はリディの元へ近寄ると、リディの様子を確かめ始めた。


「……ちょっとやり過ぎ、かな? バジルはもっと力加減を覚えないとダメ」


 少年が気絶したリディの様子を見ながら、バシリスクをたしなめる。バシリスクは怒られたことで申し訳なく思ったのか「きゅん」と声を上げた。


「そんなにひどい怪我はなさそうだし……そのうち目を覚ますかな?一応安静にした方がいいと思うけど、ここに放って置くわけにもいかないし。グリフ、背中を貸して?」


 少年を囲むように見守る3体の魔獣のうちグリフォンにそう声をかけると、少年はリディの脇に自分の体を潜りこませ、リディを持ち上げる動作をとった。


「よいしょっと。ん、重い……」


 その瞬間、少年に首が一瞬締まったような感覚が走った。


「な、なに?」


 少年はリディが目を覚ましたのかと慌てて様子を確かめるが、相変わらずリディはおとなしく眠っている。若干涎が垂れ始めているのが気になるが、さっきのは気のせいだったと思い、引き続きリディを持ち上げると、グリフォンの背中へとリディの体を横たえた。


「ちょっと、バランス悪い? グリフ、ちょっと歩いてみて」


 少年はグリフォンにそう言うと、グリフォンがゆっくりと歩き出す。すると背中に載せたリディの位置が徐々にずれていき、最終的に落ちそうになるところで少年がリディの体を支えた。


「だめか……」


 少年はそうつぶやくと近くにおいていた荷物袋の中をゴソゴソと漁った。そして、目的のものを見つけると、再びリディを背中に寝かせたグリフォンに歩み寄った。


「グリフにはゴメンだけど、ちょっと我慢してね」


 グリフォンへの謝罪の言葉を口にすると、少年は荷物から取り出したロープでグリフォンとリディをまとめてぐるぐる巻きにした。ちょうどリディがグリフォンの背中に磔にされたような格好である。

 縛り付けられたリディはうーん、うーんと唸り声を上げていた。


「こうしておけば、少しの間は大丈夫……かな?」


 グリフォンはそのまま少し歩いたり、体を揺すったりしてリディが落ちないかを確かめるような仕草をした。そして、落ちないことを確認すると「ぐるぅ」と一言鳴き声を上げた。


「うん、大丈夫そう。もう少し進んだら今日はそこで一泊。そこまでよろしくグリフ」


 少年のその言葉にグリフォンは再び鳴き声を上げたのだった。



 目を覚ますと、リディは広場にいた。広場の中央に打ち立てられた丸太に縛り付けられ、周りを民衆に囲まれている。下を見ると丸太の根本には薪が備えられ、今にも火をつけんと、松明を持った兵士が直ぐ側に待機している。随分昔に実際に行われていた残酷な処刑方法の光景がそこに繰り広げられていた。


(なぜだ、なぜ私が磔にされているんだ?)


 声を出したくても、何故か声が出ない。

 意味がわからなかった。少し前に恐ろしい魔獣と戦ったというとこまでは記憶がある。しかし、そこから先の記憶が無い。気絶させられた自分は捕らえられ、今これから処刑されるということだろうか。――何の罪で?


 一人の神官らしき男がリディの正面に歩み出て、神に宣誓するかの如く右手を顔の高さへと上げた。


「この女を、――貧乳の罪に問う!!」


(はっ???)


 リディには神官の言った言葉が理解できなかった。いや、理解はできたが意味がわからなかった。なぜ自分の胸が小さいことで処刑されなければならないのか。


(ちょっと待て、それは私のせいではない!!母のせいだ。私の胸が小さいのは完全に遺伝だ!!断じて私のせいではない)


 そんなことを訴えるが、やはり声は出ない。そうこうしているうちに、神官の演説は続く、大仰な素振りで民衆を煽っている。


「この女は貧乳であるだけならまだしも、あまつさえ貧乳をネタに笑いを取ろうとした」


(なぜ……そのことを知っている……)


 リディは愕然とした。あの酒場での出来事は、あの場にいた人間しか知らない。どこぞの神官やこんなに大勢の民衆に知られるはずがないのだ。


「しかし!! その結果がどうだ!! あの、見事なだだスベりである!! 夢はでっかく、胸はちっさく? 何を言っているのだこの女は? 神はこの所業を許すだろうか?いいや、許さない!! ――よって、この女を死刑に処す」


 興奮した民衆が『うおぉぉぉ』と地鳴りにも似た賛同の声をあげる。

 神官は両手を上げ、民衆をなだめる仕草をとる。少し時間を開け民衆が静まったのを確認すると、リディに振り返り、片手を高く上げた。

 リディと神官の目が合う。神官はリディを小馬鹿にした見下すような目をしていた。リディはそれがたまらなく悔しかった。


(貧乳なのは……私のせいではないのに……)


 乳製品を摂ったが結果が出なかったのだ。

 悲しみに暮れるリディだが、心を強く持ち、ぐっと顔を上げると神官の目を睨みつける。しかし、神官は余裕の表情のまま、高く掲げた手を勢い良く振り下ろした。


 それが、合図だった。側で待機していた兵士が、持っていた松明をリディが磔にされた丸太の根本にくべる。瞬く間に薪が燃え広がった。このままではあっという間に丸焼けになってしまう。しかし、丸太にロープでぐるぐる巻きにされたリディは文字通り手も足も出なかった。


(私のせいじゃない、私のせいじゃない……)


 薄れゆく意識の中、最後までそう思いながらリディは意識を手放した――。



 パチ、パチと薪が弾ける音がする。


「うーん、うーん。私のせいじゃない、貧乳なのは私のせいじゃ……」


 自分の寝言でゆっくりと目が覚めた。リディがぼやける視界の焦点を合わせると、目の前に焚き火が見えた。リディは柔らかいベッドのような、何かフカフカとしたものにもたれかかるように寝かされていた。手触りがよく、触ると気持ちがいい。高級な毛皮のような手触りのそれを、リディは無意識的に手を動かして、もふもふと撫でていた。

 焚き火の方に意識を向けると、焚き火の側には薪を焚べながら、片膝を立てて座っている少年の姿があった。


(ここは……? あれ、磔は?)


 夢と現実の狭間を彷徨いながらリディの頭が徐々に覚醒する。


「目……、覚めた?お姉さん」

「君は……?」


 揺らめく焚き火の炎が、少年の顔に橙色の光と影を躍らせる。リディが目を覚ましたことに気がついても、少年はずっと焚き火の炎を見ていた。


「体、痛まない?」


 リディの問いには答えず、少年はリディに問い返した。少年に問われ、リディは自分の体を動かそうとする。


(……っ痛!?)


 体を動かそうとすると背中から腕にかけて激痛が走った。あまりの痛みに思わず顔をしかめる。体を持ち上げるのは難しく、再び力を抜いて体を横たえた。


「痛そう……だね。ひどく打ち付けたからしょうがない、けど……。しばらく横になって安静にしていたほうがいい……」

「君が介抱してくれたのか?」

「ここに運んだだけ……」

「そうか、ありがとう」


 少年に礼を言った後、パチパチと音を立てる焚火の炎を眺めていた。


(ここはどこで、私はなぜここで寝ているんだ?)


 まだ幾分ぼーっとする頭で、記憶の糸を手繰り寄せる。


(体が痛いのは……、何でだっけ? たしか、恐ろしいものと戦って……あれは、夢?)


 徐々に気絶する直前の記憶が蘇ってくる。硬い毛皮にはじかれた自分の剣、その直後に走った体への衝撃。そして、痛む体が魔獣と戦ったのは夢ではないということを教えてくれる、ならば――。


「そうだ、魔獣は!? 村はどうなった!? って痛っつー!!」


魔獣のことを思い出し、慌てて体を起こそうとしたリディだが、突き刺すような痛みに動きを止められる。


「落ち着いて……、お姉さん。ここに魔獣はいない……村も無事……」


 痛みを押して立ち上がろうとしたリディを少年が諌める。少年の言葉に平静を取り戻したリディは再び体を横たえると、少年の顔を見つめなおした。

 少年は数瞬の間リディの方へ顔を向け、リディが落ち着いたのを確認すると、再び炎の方へ顔を戻して言葉を続けた。


「ここに魔獣はいない。ただ、お姉さんが斬りつけたケルベロスなら」


 ――今、お姉さんのソファ代わりになってる……。


 その時、ずっともふもふと動いていたリディの手がピタリと止まった。

 ゆっくりと顔を左に向ければ、大型の動物の強靭な後ろ足が見えた。

 ゆっくりと顔を右に向ければ、鋭い爪の前足とそれに頭を乗せているケルベロスと目があった。

 リディはケルベロスに、もたれかかっていた。


(なっ!!)


 思い切り悲鳴を上げるところだったが、驚きのあまり声が出ない。リディは体を硬直させたまま、錆びついた人形のようにギギギと右に向いていた首を戻した。


「大きな声……出さないで……。寝てる子、いるから……」


 そんなリディの様子など、どこ吹く風の少年はケルベロスに対する怯えなど微塵も見せずに相変わらず炎を見ていた。


(寝てる子……?)


 改めて見回すと、ケルベロスだけではなかった。少年と焚き火を中心にして、グリフォン、バジリスク、そしてリディがもたれかかっているケルベロス。炎を囲むようにして3体の魔獣が寝そべっていた。


「この子たちは魔獣じゃない……。この子たちは、――僕の友達」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る