第3話 ラストバトル(途中)

「お、やっと出てきた。えーとぉ、ハルキくん、だっけ?」


 体を起こし、ナイフを手に取りながら、キルリアはそう言った。そこには、今から行われる命の奪い合いをただ楽しみにしていたかのような、そんな雰囲気で喋っていた。


「おやおや〜? なんも喋ってくれないのもなんか悲しいなぁ。あ、僕の質問、聞こえてなかった? じゃあ改めてもういっか」


「——そんな必要ねえよ、お前」


 キルリアの能天気な話を遮り、ハルキは挑発的に言い返す。


「およよ? どうしたのよ、そんなにかっこよくなっちゃって。あ、もしかしてアレ? こんな最終局面でカッコつけたくなる厨二病的なやつだったり?」


 しかし、そんな発言も物ともせず、キルリアは自らの調子で話を続ける。


「別にそんなんじゃねぇよ。ただ、事実を述べただけだ」


「事実? なんの? 別にそんな堅っ苦しい感じのこと聞いた覚えはないんだけどなぁー」


「うるせぇ、黙ってろ」


 普通の人なら少しむかつくであろう言葉をあえて返していく。いや、返したくもなっている、と言う方が正しい。


 ——おそらく、キルリアはハルキを最も多く殺した人物である。


 その言葉はそのままの意味、キルリアはハルキを最も多く殺している。といっても、直接的な意味ではない。もちろん夢の中での出来事だ。


 キルリアは強い。もちろん、最後の選抜メンバーに選ばれるだけの実力を持っているとは分かっていたが、ここまでのものとは思ってもいなかった。

 力はもちろんのこと、驚異的なのはそのスピードという瞬発力だ。どんな攻撃をしようとも、その速さの前には赤子のように扱われる。わかりやすく言えば、殴られると思った時には十発殴られている、という感じだ。殺された数は、1万を軽く超えているだろう。


「ま、いっか。話は変わるけどさ、さっき何してたの? 外から見てた感じ、特に動いてもなかったしぃ、死ぬ前のお祈りでもしてた?」


「その質問に答える意味は?」


「うーん。……僕がただ気になるから?」


 そう答える顔には何のことも考えてないようだった。少なくとも、今までの、これからの、その中で起こった殺人というものに一切興味がないとでもいうかのような、そんな表情で笑っていた。


「まあいい。お前の言ったことで半分正しい。死ぬ前のお祈りとでも思っとけ」


「あ、なにそれ。全部は教えてくれないってわけ? いじわる〜い」


「やめろ。体クネクネさせんな、気持ち悪い」


 傷つきますわ〜と言いながら、キルリアはまた笑う。まがりなりにも、これから殺し合う相手とは思えないほど、その姿はピエロのような、そんなひょうきんな男だった。


「じゃ、じゃ、それじゃぁ——始めちゃいます?」


「————」


 そして唐突に、そんな態度のまま、殺し合いの火蓋を切ろうとしていた。


「ちなみに〜、僕はいつでもどこでもオーケーだよ? あとは君がオッケーしてくれたら殺してあげるんだけど」


「は、ずいぶん強気だな」


「当ったり前だよ〜。だって、僕に血を見せない人なんていないんだもん」


 どうやら、キルリアの戦績はゼロ敗のようだ。死んでないからここにいるとはいえ、神様が作ったイベントなどは生半可なものではなかった。それにも勝ったということだ。


「ちなみに、一番強かった相手ってのを聞いてもいいか」


「うーんとねぇ……あ、あれだ! ほら、神様が出したイベントで出てきた、『陸の王』ってヤツ。さすが神様って感じだったなぁ。あんな強い奴と戦ったのなんて初めてだもん」


「そいつとタイマンで、ってことか? 他に一緒に戦おうとする奴はいなかったのか?」


「タイマンだよ、一対一。ハルキくんが言ってる一緒に戦う奴ってのは、僕にとってはただのお邪魔虫だから。近づいてきたのは全部殺してたよ」


「……なるほどな」


 少なくとも、ハルキとミライがしていた全員と協力する、という戦い方はしていなかったらしい。


「なら、仲間は?」


「仲間? そんなのいるわけないじゃん。いっつも一人でいたよ。第一、仲間なんて僕にとってはただの重りだからね。作る必要性も感じないってコト」


 付け加えて、いつも一人の孤独プレイヤーだったらしい。


 正直、ハルキにとっては信じ難い話である。ミライと共にいたこの世界において、ミライのおかげで今のハルキがあると言っても過言ではない。自力で生き残れるなんて、夢のまた夢というものだ。

 付け加えて、神様のイベントは、周りと協力しないとやっていけなかった。それすらも一人で戦ったとなると、相当な猛者でない限りは生き残るのは無理である。


 しかし、この男はそれをやってのけたのだ。


「……それじゃ」


「お、始めちゃう?」


 恐怖がないわけではない。もちろん死ぬことが一番避けたいことだが、イコールとして、夢が現実にできるかどうかが不安なのである。

 絶対に負けられない戦いだが、逆にそういう時こそ体が言うことを聞かない。あの黒豚戦の事は記憶に新しい。あれのせいで、一度リルは死んでしまったのだ。


「始める前に一個だけ。ハルキくん——何で死にたいと思ったの?」


 その問いかけは、聞く相手にとって一番暗い記憶のことである。ハルキにとっては雛との思い出。ミライにとってはお姉ちゃんとの思い出。どんな人間であれ、死にたいとまで思った記憶について聞かれても、普通は答えない。


 ただ、今回に限っては、なぜか口が先に開いていた。


「俺を倒したら教えてやる。ってことで」


「——じゃ、遠慮なく」


 その言葉と同時に、キルリアの脚が地を離れる。夢の通り、その速さは尋常ではなく、瞬く間に二人の距離がゼロへと縮んでいく。持っていたナイフは綺麗な弧を描き、一直線にハルキの首を狙っていた。


「恨まないでね」


『死』を直感する直前というのは、とても時間が緩やかになる。この世界で培った経験則だ。証拠として、聞こえるはずもない今の言葉が聞こえてくる。

 ナイフはキルリアの手と同一化したかのような一体感を持ち合わせ、狙っているのはハルキの首。あとコンマ数秒後には、ハルキの命は無くなっているだろう。


 ——何度も夢で見た、あの光景を思い出す。


 どうやっても、ハルキはキルリアの攻撃を避けることができなかった。この攻撃を避けるのであれ数百回に一度というような果てしない失敗を繰り返したのに、避けたと思った瞬間には次の攻撃が『もう終わっている』。


 毎度お馴染みのように血をはちまけ、次の瞬間には大量の冷や汗や鋭い痛みを伴い強制覚醒。それでも制限時間を無駄にはできず、また死にに行くという悪循環。


 終わることのない連鎖ののち、制限時間が一分一秒と縮まっていくことに怯えていた。『安全』というフィールドの中でなら死なないが、時間が過ぎればそこはただの空間と何も変わらない。終わった瞬間に殺されるのが、嫌にでも想像できる。


 負けられない戦いだ。これまでどんなに頑張っていようと、最後の四人に入る、そしてその先鋭達の中で相手を殺す。そうしなければ、生き残る事はできない。決して簡単なものでもなければ、こうして今ここに立っていることだけでどれだけの人が助けてくれたのか、その命の償いができるのは今だけしかない。


 ——ミライと交わした約束は、絶対に忘れる事はない。


 もう二度と見ることのできないミライから言われた、最後の約束。消えてゆくあの世界に向かって、その誓いを絶対に守ると断言した。


 死んだ人は生き返らない。これは神様も言ったことで、絶対の理である事は確かだ。

 どんな人であれ、大切な人が死ねば、生き返ってほしいと願うことは当たり前だ。だがそれは、どんなに願ったところで叶うものではない。


 ——しかし、ミライと交わした約束は、もう一度再開するという事である。


 死んだ後どうすれば会えるのか、どうすることが最善なのか。あれこれ考えたのち、結局のところ、最終的には神様のいう『最後の1人の願い事』によってしか会うことができないと考えた。


 つまり、あの約束は、遠回りなハルキへの『生きろ』というメッセージなのである。


 たくさんの出来事で、『生きる』という意味を知った。


 たくさんの仲間のおかげで、『生きる意味』というのをを教えてくれた。


「————」


 集中力が極限にまで上がっていくのがわかる。全ての思いが、込み上げてくるのがわかる。


 ——さあ、大番狂わせといこうじゃないか。


「ばいばい、ハルキくん」


 刃が届く、その瞬間だ。


「——ッラア!!」


 全ての神経を手足に集中させ、相手の狙いから体をずらす。


 ナイフは狙いがずれたものの、勢いそのまま振りかぶる。


 そして——


「あぁ——」




 ——そして吹き飛んでいく、『腕』。




「ふは」


 飛び散る鮮血。落ちていく意識。その中でも、やるべきことをやり遂げて——、


「死ね。——ごめんな」


 何が起こったのか。何を言ったのか。何もわからないまま、意識が消えていく。


 約束は果たせたのか、果たしてそれはわからない。




 ——でも。




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