聖槍の行方

 アイリーシャに用意されたのは、王族の住まう区画。王女のために用意されている部屋だ。

 エドアルトには、姉も妹もいないので、今は誰も使っていない。

 ミカルがそこにやってきたのは、アイリーシャが王宮に滞在し始めた翌日のことだった。

 ミカルはしみじみとルルを観察している。


「本当に、聖獣と契約するとは思っていませんでした」

「私もルルが聖獣だとは思っていなかったので……」

「人間って愚かよね。私が一生懸命、状況を説明しているのに全然聞こえないんだもの」


 ぷんとルルは顔をそむける。アイリーシャに甘えている時とは別人のようだ。

 どうも、ミカルのことは気に入らないらしい。

 今までずっと状況を説明しようとしていたのだが、アイリーシャ達には犬の鳴き声としてしか認識されていなかった。それが気に入らないらしい。


(あああ、先生! そこまでしなくても……!)


 ミカルは、ルルの前に膝をついた。その場で丁寧に頭を下げる。


「では、聖獣様。お力をお貸しいただけませんでしょうか」

「イヤ」


 ぷんと顔をそむけた。ミカルに膝までつかせたというのに。彼の顔を見るのも嫌なようだ。


「ルル! 先生は、私よりずっとすごい力を持っているのよ。先生ともお話をしてちょうだい」

「イヤなものはイヤ。私、こいつキライ」

「嫌いって……ルル!」


 こいつとかキライとかルルの言葉はあんまりだ。苦笑いしたミカルは立ち上がった。


「どうやら、私はお気に召さないようですね。では、これで失礼しましょう。アイリーシャ様、私の力が必要になったら、改めて及びください」


 丁寧にアイリーシャの前で頭を下げ、ミカルは立ち去る。

 アイリーシャはルルにしかめっ面を向けた。


「どうして、先生のことを嫌うのよ?」

「だって、あいつ嫌な臭いがするんだもの。私を、ここに呼んだやつと同じ臭い」

「そんなことないでしょう? だって、先生は……先生が他の人を呪う理由なんてないもの」


 あまりな言い草に、アイリーシャもまたむっとしてしまった。

 ミカルは優れた魔術師だ。彼の持つ知識と技量に誰もかなわない。たしかに魔力の量は少ないが、彼なら誰にも負けることはない。


「私のこと信じてないの?」


 ルルが泣きそうな顔になる。


(泣きたいのはこっちなんですけど……!)


 今回、ミカルの力をおおいに借りるつもりでいた。それなのに、ルルがミカルを拒むようでは、うまくいくはずもない。


「ルルを信じてないってわけじゃないわ。だけど、私も先生を信じているの」


 ミカルは、アイリーシャに辛抱強く指導してくれた。魔力の量が多いわりに、どの魔術も上級までおさめることができなかったアイリーシャを見放すことなく。

 それを思えば、簡単にルルの言葉に同意することはできなかった。


「いいわ。まず、私が呼ばれたのは――私と契約して、魔力を底上げしようとした者の仕業。でも、契約はうまくいかなかった」


 それは、あの時、神も言っていた。

 資格のない者が、強引に聖獣と契約を結ぼうとして失敗したから、聖獣が半端な状態で呼び出されてしまった。その結果、ルルは街をさ迷う羽目になったのだ、と。


「……ねぇ、神様って今何をしているの?」


 あとのことはまかせると言ったきり、神様はふらりと消えてしまった。今、彼は何をしているのだろう。


「たぶん、魔神を封じるための武器を取りに行ってるんだと思う。呪いには、魔神の気配を感じたから」

「……魔神、かぁ……」


 ぱたりとアイリーシャはテーブルに倒れこんだ。

 考えないようにはしていたのだ。魔神が、こちらの世界に来る可能性を。


「あー、ひとつ聞いていいか? 魔神というのは?」

「は? エドアルト様? な、なんでここに……!」


 いつの間にか、エドアルトが部屋の中に入り込んできている。扉を開く前に、ノックくらいしてくれればいいのに。

 その不満が、思いきり顔に出ていたようだった。


「ノックしたし、声もかけた。返事がないから、中で何かあったのかと」

「……いえ、すみません……」


 なんでルルはあんなにミカルを嫌うのだろうと考えすぎていて、ノックの音を聞き洩らしたらしい。


(というか、ルルは聞こえていたと思うんだけど!)


 教えてくれればいいのにとルルの方を振り返ったら、ぷいと顔を背けられた。どうやら、わかってやっているらしい。


「この世界を、滅ぼそうとしているやつ。私達とは別の世界にいてね、この世界に時々やってくるのよ――たぶん、人間の世界では災厄とか災いとか言われてるんじゃないかしら」


 エドアルトは険しい表情になった。


「魔神は、創世神と対立する立場にあるんです。そして、この世界を滅ぼそうとしている――そうよね、ルル」

「なぜ、わかる?」


 ぐっとこちらを見られて、アイリーシャは言葉を失う。

 膝の上に置いた手をぐっと握りしめた。


(これを口にしてしまったら……きっと、彼との関係は変わってしまう)


 気がついたら、いつもエドアルトはアイリーシャを支えてくれていた。


「それは、私が魔神を封じるための力を与えられているからです――そのために、この世界に生まれたと言っても過言ではないでしょう」


 以前なら、もっと軽く考えていた。

 三百年後の世界で遠くから見守りたい人がいる。

 ――けれど。

 今はそれだけじゃない。


「……それでは、君は」

「やれるところまで、やってみます。私の大切な人を守るために」


 愛してくれる家族。優しい友情を築いてきた友人達。

 三百年後のためじゃない。今は、今、この時を守りたいと思っている。


「魔神を倒すためには、特別な武器が必要です。神様は……それを取りに行ってるんだと思うんですけど」


 最終決戦の直前、ゲームヒロイン"モニカ"は、聖槍を与えられる。それを持って、魔神を倒すのだ。

 それが、ゲームではクライマックスだった。

 魔神を倒した後、ヒロインと攻略者達の未来を表示してゲームはエンディングへと向かう。

 時には、共に旅だったり、時には幸せな家庭を築いたり。

 ヒロインに対して、優しい友情しか見せないケースもあるし、"聖女"に自分はふさわしくないと相手が身を引くケースもあった。


「その武器が手に入ったら?」

「――行きます。この世界を、守りたいと思うから」


 それは、アイリーシャの決意表明だった。

 

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