懸命な調査は続くけれど
職員が運ばれていくのを見送る。
話のすんだエドアルトは王宮へ、ノルベルトは自分の部屋へと戻っていった。
(所長に話を聞いておこう)
アイリーシャは、所長であるミカルの部屋を訪ねることにした。彼が、呪いではないかという以上、調査の手掛かりになるようなことを教えてくれるのではないかと期待したのだ。
ミカルは、今日も穏やかな笑みを浮かべてアイリーシャを迎えてくれた。
「所長、ルルもよろしいですか? ルルについても相談したいことがあるので」
「かまいませんよ。おとなしくしているようですし」
アイリーシャに抱えられているルルは、暴れることなくじっとしている。噛みつくことはないと、判断されたようだ。
彼の部屋は、ノルベルトの部屋と比べるといくぶんすっきりしている。兄は一部屋しかもらっていないが、所長は二部屋使うことができるのだ。
とはいえ、この部屋もまた書棚に侵略されていた。
本来は客人をもてなすための部屋なのだろうが、それらしき様子がうかがえるのは、部屋の隅に追いやられているソファセットだけだ。
「研究所の職員も、半数が倒れました。こんなことをあなたにお願いするのも、気が引けるのですが」
「いえ、私にできることがあったらなんでも言ってください。今まで、こんな大ごとになっているなんて、想像していなかったんです」
彼女は、最初は教会で治療を受けていたのだが、今は自宅に戻されていた。
教会に収容できる人数にも限りがあるということらしく、アデルのところには毎日神官が交代で魔術をかけに行っていると教えられていた。
教会は入院する場所ではないし、それも当然だろうと思っていたら、想像以上に倒れた人数が多かったそうだ。
「倒れている人達に、共通点ってあるんですか?」
「一定以上の魔力を持っている人物――ということだけがわかっています。どの属性が強いかというのは関係なさそうですね」
「でもそれなら、倒れているのが貴族や資産家ばかりというのはおかしいですよねぇ……? 爵位を持たない人や、資産家ではない人の中にも魔力を持たない人はいると思うのですが」
身体にためることのできる魔力の量については、生まれつきの素質が大きくものをいうこともあり、貴族や資産家に偏っているのはなんだかおかしい。
一般の人の中にも、魔力の多い人というのは存在するのだ。
「その理由はわかりませんから、魔力の高い人には、一人にはならないようにと伝えています。すぐに誰か呼んでもらった方がいいですからね」
「私もですか?」
魔力の量が多い者が倒れているということは、アイリーシャもその可能性が高い。
「ええ。アイリーシャ様の場合、護衛もいますから、倒れた時に発見されないという点については、心配する必要はないと思いますが……当面、ノルベルト様にも書庫で作業するよう伝えておきます」
魔術研究所への往復でも、街に出る時でも、アイリーシャには常に護衛がついている。研究所から王宮へ行く時も同じだ。
だが、彼らは書庫までついてくるわけではないから、書庫では一人になってしまうこともある。ミカルの提案は、それを心配してのものだった。
「わかりました」
アイリーシャのいる書庫は、研究所の一番奥にある。ノルベルトが一緒に作業できるスペースくらいは確保できる。
「先生は……大丈夫なんですか?」
「どうも、私の魔力では、量が少なすぎるようなんですよ。たしかに、私は魔力が多いとは言えませんからねぇ……」
不意にミカルが心配になって問いかけたけれど、彼はほろ苦い笑みを浮かべただけだった。
身体の持つ魔力の量と、どこまで強力な魔力を扱うことができるかというのは、一致しているわけではない。
アイリーシャの場合、身に秘めた魔力の量はかなり多い。
量だけならば、国内でも十指に入るレベルだろう。だが、扱うことのできる魔術は、中級に分類されるものまでだ。うかつに上級魔術を行使すると、自分の身体を破壊しかねない。
その分、行使できる回数は多いから、自分の身を守らなければならない事態が発生したら、次から次へと攻撃魔術を叩きこんで相手を殲滅することになる。
対してミカルの場合。彼の持つ魔力の量というのは非常に少ない。王宮魔術師の中では、平均だろう。下から数えた方がはやいかもしれない。
彼が天才と呼ばれ、十五にして王宮魔術師筆頭の地位を勝ち取ったのは、魔術に熟練した者しか扱うことのできない上級魔術を使うことができたからだ。それも、現代では彼しか扱うことのできない魔術である。
それは、彼が幼い頃から激しい訓練を積み重ねた結果、花開いた才能と言えるかもしれない。
けれど、彼の場合何発も攻撃魔術を叩きこむわけにはいかないから、一撃必殺。最大の攻撃魔術を叩きこんで敵を殲滅することになる。
誰も扱うことのできない魔術を扱うことができるから、彼は天才なのだ。
「それで、ルルのことなんですけど兄が、"聖獣"の血を引いているのではないかと兄が言うんです。今までのことを考えたら、その可能性も否定できないと思うんですが、所長はどう思いますか?」
アイリーシャの膝の上にいるルルは、おとなしくしていた。
黒い毛並みに赤い首輪。どこから見ても単なるペットであって、聖獣には見えない。
けれど、アイリーシャの誕生日に倒れている人を発見したこと、ラベンダー祭りの日、そしてつい先ほどと三度もルルがこん睡状態に陥った人の側にいたことを告げる。
もしかして、聖獣の血を引いているから、倒れている人を気にかけているのではないか。そう話すとミカルは思案する表情になった。
「"聖獣"はかつてたしかに存在したとは言われますが……まさか、この犬が、ねぇ」
基本的には、誰にでも愛想のよいルルなのだが、ミカルは苦手らしい。
ミカルに向かってぐるぐると唸り、差し出された彼の手に向かって威嚇するように牙をちらつかせる。
「ああ、こら、やめなさい!」
「こ、こら、ルル! やめなさい! もー、どうしたっていうのよ!」
他の人にはこんなことはしないので、アイリーシャは困り果ててしまった。まだぐるぐる言っているルルに向かって指を振る。
「先生に噛みつかないの! おとなしくしていなさい!」
ここでは所長と呼ばねばならないのに、うっかり子供の頃からの名前で呼んでしまった。
こうなったら、繋いでおくしかないだろうか。
けれど、ミカルは愛想の悪いルルに気を悪くした様子も見せなかった。
「たぶん、髪の色が怖いんでしょうね。赤というのは珍しいから」
ミカルの髪は赤いのだが、この国で赤というのは非常に珍しい。赤い髪色は、外国の血を引いている人に多く、アイリーシャもミカル以外には見たことがなかった。
「すみません、本当に……」
「いえ、いいんですよ。ですが、もし、本当に倒れている人を見つけることができるのなら、アイリーシャ様と一緒にいた方がいいでしょうね。ここに連れてきますか?」
「え、いいんですか?」
「アイリーシャ様と一緒にいられないのが不愉快で脱走してくる可能性も否定はできませんから、調べておく必要があるでしょう」
「ああ、ルルがいなくなったら、私が探せばいいんですね」
ルルが聖獣の血を引いているなんて、考えたこともなかった。
けれど、ルルが役に立つかもしれないというのなら、考えてみる必要がある。
「そうですか……では、所長の許可をいただいたということで、ルルをしばらく一緒に連れてきますね。単なる脱走癖だったら、私が毎回迎えに行きます」
こうして、ルル連れでのアイリーシャの出勤が許可されたのだった。
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