続く犠牲者
「――ん?」
エドアルトが、何事かに気付いたかのように窓の外に目をやった。
「どうしたんです?」
「声がする」
いきなり立ち上がったかと思ったら、窓を大きく開け放った。耳をすませているようだ。
それからぐるりとこちらに向きを変え、アイリーシャに問いかける。
「今日は、ルルはどうした?」
「ここには連れてこられないので、家で留守番を。ルジェクお兄様が、相手をしてくれているはずですが……」
最初はアイリーシャの部屋から出さないようにしていたのだが、鍵をかけても逃げ出してしまうのは、寂しいからではないだろうか。
そんな結論に至ったため、ルルは公爵邸では、邸内を自由に行き来することができるように、閉じ込めるのはやめた。
もちろん、アイリーシャが家にいれば一緒に過ごすのだが、ここに来るのにルルを連れてくるわけにもいかない。
今日は、ルジェクは一日家で仕事をするというから、ルジェクに託してきたのだ。
(――まさか!)
兄のところからも、逃げ出してきたというのだろうか。
「あの鳴き声、ルルだと思う」
どういうわけか、エドアルトはルルの声がよく聞こえるらしい。再び横目で窓の外をうかがったエドアルトは、窓枠に手をかけた。
「――え?」
そのまま、彼はいきなり窓から身を躍らせる。
「あー、行っちゃったか」
ノルベルトはのんびりしていたけれど、アイリーシャは慌てて窓に駆け寄った。何かあったらと思ったのだが、エドアルトは足を痛めた様子もなく走り去っている。
「ちょ、お兄様! ここ三階! なんで普通に飛び降りてるのよ!」
「んー、殿下だから?」
可愛く首をかしげても答えになってない。殿下だからというのは三階から普通に飛び降りてぴんぴんしている理由にはならないだろう。
「どこに行ったんだろ」
「あ、わかるかも!」
アイリーシャは、バッグに手をやった。昨日も街中までルルが追いかけてきたものだから、常に持ち歩くようにしたのだ。ルル追跡装置を。
ルルの声がして、エドアルトがそっちに向かったというのなら、ルルを探せば合流できるかもしれない。
「ええと、こうやって魔力を流し込んで……」
「リーシャお前、何やってるの?」
「しかたないでしょ! こういう使い方をするんだから!」
ノルベルトがこちらを見る目が、若干生暖かいのは気にしてないふりをする。魔力を流し込んだ水晶を手のひらに乗せて、くるりとその場で一周した。
「……あっち!」
淡く光る水晶は、窓の方を向いた時、ひときわ強く輝いた。エドアルトが走り去った方向だ。
「私、ちょっと行ってくる!」
「待て、俺も行くから!」
エドアルトのように、窓から飛び降りるというわけにはいかない。
アイリーシャとノルベルトは、大急ぎで廊下を走り抜け――行儀悪いがこの際仕方ない――階段も一段置きに駆け下りて、外に出た。
庭園に出たところで、もう一度一周してみる。同じ方向を指したから、そのまままっすぐ前進だ。
(……私には、全然聞こえないのに)
エドアルトの耳のよさは、どこから来るものなのだろう。飼い主なのに、ルルの鳴き声が聞こえないことにちょっとショックを受けた。
「リーシャ、次は?」
「――そのまままっすぐ!」
王宮の庭園はかなり広い。走っても走っても端に到着しないのではないかと思うほどだ。先を行くノルベルトが振り返る。
「――このまままっすぐでいいのか?」
「ええと……右!」
「わかった!」
庭園内の小道が左右に分かれるところで、アイリーシャがぐるりと回る。そうやって向きを確認しながら、何度か折れ曲がった時。
それは目の前に現れた。
「――殿下、どうしたんですか」
「また、犠牲者が出た。今、人を呼びにやっているところだ」
エドアルトがかがみこんでいるのは、魔術研究所の所員だった。アイリーシャも挨拶をしたことはある。
なぜ、こんなところにいるのだろうと思ったけれど、どうやら、薬草園から戻ってくるところだったようだ。彼は、土属性の魔術が得意なことを、それを見て思い出した。
土属性の魔術の中には、植物から作った薬物の効能を高めるというものもあり、魔術研究所の職員は王宮の薬草園を使うことを認められている。
「――どうして」
けれど、アイリーシャは何も言えなかった。また、その側にルルがいたからだ。ルルは尾を振って、エドアルトの足にまとわりついている。
「俺にもわからない。こうやって、ルルに会うのは三度目だな」
三度目。
偶然にしては少し多すぎやしないか。
自分の中に浮かんだ懸念を、アイリーシャは激しく頭を振って追い払おうとした。
どこからどう見たって、ルルは普通の子犬だ。親とはぐれて、汚れて街中をさ迷っていたところをアイリーシャが保護した。
ヴィクトルが持って帰ってくる、騎士団寮の骨が好きで。その骨をずっと噛んだり舐めたりしていいて、それから自分の宝物を隠している場所に隠していた。
(そうよ、ルルは普通の犬。脱走癖があるだけで)
そんな風にも思うけれど――でも、それだけでは説明することができない。
二度目までは偶然として認めてもいい。けれど、三連続となると――。
「ルルは、病人を見つけるのが得意なのかな?」
その場の空気を一気に壊したのは、あとから追いかけてきたノルベルトだった。ルルに向かって手を差し出した彼は、見向きもされず、情けなさそうに眉を下げる。
「病人を見つけるのが得意って……」
「だって、そういう動物、過去にもいたじゃん。ええと、"聖獣"」
ノルベルトは、三年前から勤務している。だから、他の人には知られていない失われた伝承についても知っているのだ。
「"聖獣"というのは、創世神の使いのことだろう。ルルは、そのようなものではないと思うぞ。普通の犬だ」
尾を振ってエドアルトにまとわりついているルルは、単なる犬にしか見えない。創世神の使いというには、威厳のようなものは感じられない。
「うん。でもまあ、聖獣の血を引く動物は、他より勘が鋭かったり、魔術に対抗する抵抗力が他の動物より強いってこともあるらしいんで。ルルの場合も、そうなんじゃないかなーって」
「それなら、今まで脱走していたのは、こうやって倒れた人を探すためだった……とか?」
「そこまでは、わかんないけどさ。単にリーシャと離れるのが嫌で、脱走したついでに誰か倒れているのに気付いただけかも」
残念ながら、ルルは口をきけないので本当のところはどうかわからない。
「殿下、こちらですね」
「動かして問題ないようなら、教会に運んでくれ」
「かしこまりました」
呼ばれてやってきた王宮の職員達が、てきぱきと倒れている職員を診断し、動かしても問題ないことを確認する。
(……いつまでこれが続くんだろう)
職員が、運ばれていくのを見送りながら考える。早く原因を見つけることができればいいのに。
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