ここはある意味戦場だ
今日のヴァレリアは、最新流行のドレスに身を包んでいた。
手首にきらめいているのは、見事なダイヤモンドを連ねたブレスレットだ。フォンタナ家の財力を誇示しているようだ。
「殿下は、私の誕生日にはいらしてくださったのよ! 公務の方は、代役を立ててくださったのですって」
「あら、そうなの」
アイリーシャは文句を言わないけれど、ヴァレリアは父親を巻き込んで、なんなら国王も巻き込んでぐちぐち言うだろうな、と身も蓋もないことを考える。
たしかに、エドアルトでなければ務まらないという公務でなければ、代役を立ててもいいわけだ。
けれど、アイリーシャのその反応が、ヴァレリアには不満だったようだ。
「あなた、なんとも思わないの? 殿下は、私の誕生日にいらしてくださったのよ、公務に代役を立ててまで」
「私なら、公務を優先していただきたいと思います」
アイリーシャの反論に、ヴァレリアはきりっと眉を吊り上げた。せっかく整った顔立ちの持ち主なのに、せっかくの美貌が台無しだ。
(でも、ここで面倒なことになっても困るし……)
どうやって、この場をおさめようかと首をひねっていたら、救いの手が差し出された。
いや、これを救いの手と言ってしまっていいのだろうか。
「リーシャ。殿下がお見えになったぞ」
と、三兄のヴィクトルが呼びに来る。
「――あまり時間がないんだ。少し、話がしたくて寄っただけだから。贈り物は、ルジェクに渡してある」
「あ……ありがとうございます」
公務の合間に立ち寄るとは想定外だった。
(候補者達には、公平にしておけってことかしら……!)
先ほど、ヴァレリアは誕生日にエドアルトが来てくれたと自慢したばかりだ。ヴァレリア一人の誕生会に顔を出すと不公平になるとか、そういう問題が発生するのだろうか。
「殿下、目にかかれて光栄です。まさか、今日こちらにいらっしゃるとは」
にっこりとエドアルトに微笑みかけたヴァレリアだったけれど、エドアルトは一瞬にして雰囲気を変えた。
アイリーシャに向けているのとはまったく違う表情だ。あきらかに、ヴァレリアとの間に見えない壁を作り上げている。
その変化を感じ取れないほど、ヴァレリアも愚かではなかった。
そして。
(まずいまずいまずいまずい……なんで、殿下は他の人にはあんなに不愛想なのよ……!)
時々、領地に遊びに来てくれたダリアやミリアムから聞いていた。
父からも聞かされていた。
エドアルトの"絶氷"という噂。だが、アイリーシャと話をする時は、そんな雰囲気はみじんも感じさせなかったから、多少ぶっきらぼうだとか人見知りだとか。その程度だろうと思っていたのである。
(……というか)
ヴァレリアに対する時は、他の令嬢に対するよりもさらに氷具合が増しているような気がする。
アイリーシャまで、背筋がぞくりとしてくるのだから、それを直接向けられているヴァレリアは相当のものなのではないだろうか。
けれど、ヴァレリアの方もめげなかった。
「――殿下。シュタッドミュラー家の娘とばかり話をしていては、問題になりかねませんわ。わたくしとも」
そこで、意味ありげに言葉を切る。
(おおおおっ! 王太子相手に苦言を呈した! そして、それは間違っていないわ……!)
たしかに、アイリーシャとばかり話をしていては、ヴァレリアの父も面白く思わないだろう。
ヴァレリアの家は、公爵家。アイリーシャの生家と同じ家格である。
「いや、やめておこう。本当に、立ち寄っただけだからな」
けれど、エドアルトはそれもまたぴしゃりと跳ねのけた。
「アイリーシャ嬢、すまないがそこまで一緒に来てくれ」
「かしこまりました……」
エドアルトに言われれば、ヴァレリアも断れない。
しぶしぶ引き下がった彼女を残し、エドアルトを馬車のところまで送る。
その間も、なんだか居心地が悪くてしかたなかった。
だって、彼らがひそひそとささやき合っているのさえ、アイリーシャの耳には届いてしまう。いや、本当に届いているわけではない。あくまでも想像だ。
『シュタッドミュラー家とフォンタナ家、殿下はどちらにつくのかしら』
『あの様子からすると、アイリーシャ様優位ではない?』
『いえ、ヴァレリア様は十年の間、殿下の側におられたのよ?』
なんて会話が交わされているのだろう。そんなことくらい、容易に想像がつくというものだ。
(……殿下には申し訳ないけれど)
エドアルトと一緒に歩いているけれど、つい、一歩引いてしまう。周囲の人の目が、どうしても気になるのだ。
できることなら、この場から逃走したいくらいだ。
一歩前を行くエドアルトは、アイリーシャの内面なんて知るはずもない。肩越しにこちらを振り返る。
(笑ってる、のかな……?)
ほんの少し、口角が上がっているように見えるのは気のせいだろうか。先ほどまでの氷っぷりを見ていたら、気のせいのような気もする。
「王宮には慣れたか?」
「……なんとか」
周囲の人達の目が向いているのがわかるから、アイリーシャの対応もつい、それなりになる。エドアルトは、アイリーシャのぶしつけともいえる対応をさほど気にしていないようだった。
(……困る、な)
本当、こういうのは困る。
別にエドアルトに含むところがあるとかいうわけでもないし。彼個人を嫌いになる理由があるわけでもないし。
兄と一緒にいるところを見ていたら、年相応な表情も少し見せられたから。
だから、ちょっと意外なところを見て、胸の奥で何かが動いたような気がするから。
(だけど、私は……)
そう遠くない未来、やってくる魔神との戦い。アイリーシャに何ができるのかはまだ見えていないけれど、魔術研究所の資料には、何かあるのではないかと思っている。
ようやく、魔術研究所の資料、大半に目を通すことができるようになったのだ。
だから、気のせいなのだと――そう思おうとしている。
「十年前、君が魔力を暴発させただろう。それで、君は首都を追われることになった。俺の力が足りずに、申し訳ないことをしたと思っている」
「そんな風に考えたことはなかったですね。だって、当時の殿下は――まだ、子供だったでしょう。殿下にできることって、そう多くないと……」
「違う、そうじゃない」
エドアルトが、何か言いかけた時だった。
不意に、激しい犬の鳴き声が聞こえてくる。
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