十年ぶりの誕生会
今年もまた、アイリーシャの誕生日がやってくる。
毎年、アイリーシャの誕生日には、ガーデンパーティーが開かれることになっていた。
昨年までは、領地の近隣に住む人達を招いていたけれど、今年は首都に戻ってきているので、首都で暮らす貴族達を招くことになる。
午後からのパーティーに備え、アイリーシャは飼い犬を探していた。
「ルル見なかった?」
「いえ、またいないんですか?」
たずねられたメイドは首を傾げた。
ルルは、今ではシュタッドミュラー家の立派な一員だ。両親や兄達だけではない。使用人達にも大人気だ。
ただ、ルルについてひとつ困ったことがあるとすれば、脱走癖があるということだ。どれだけ鍵をかけても、いつの間にか抜け出している。
「そうなのよ、ちゃんと部屋に入れて鍵はかけておいたんだけどいつの間にかいなくなっていたのよね。今日はヴィクトルお兄様も戻ってきてるし、一緒におもちゃも置いておいたんだけど」
あまり甘やかすのもどうかと思うのだが、家族全員次から次へとルルにおもちゃを買い与えている。
今日がアイリーシャの誕生日だからと昨日から休みを取って戻ってきているヴィクトルは、昨日は巨大な犬のぬいぐるみを持ってきた。
ルルの倍くらいはありそうな大きさのそれに噛みついたり引きずり回したりと、気に入って遊んでいた様子だったのに、今身に行ったらぽつんとぬいぐるみだけが残されていた。
「わかりました、お嬢様。私達も気をつけてみておきますね」
「繋いでおくわけにもいかないし、困ったものよね」
頬に手を当てて、アイリーシャは深々とため息をついた。
(本当、この子すぐに脱走するのよね……)
最初の脱走の時は驚いた。血相を変えて探し回った。
けれど、ルルはすぐに帰って来た。
それからはいつも気を付けているのだが、いつの間にかいなくなってしまうのだからびっくりだ。ルルの前では、鍵は役に立たないものらしい。
帰ってくるからと言って安心できるかと言えばそれはまた別問題で。
「……所長に、首輪を作ってもらったのに」
アイリーシャは、新しい首輪をしている。こんなことを、王宮魔術師に頼むのかと言われてしまいそうだが、ミカルに相談してみたのだ。
「それならば、首輪に水晶をはめ込むといいですよ」
と教えてもらって作ったのが、発信機のような装置だった。
最初に用意するのは水晶だ。その水晶は対になっていて、片方はルルの首輪に。もう片方はアイリーシャが持つ。
もし、ルルが脱走した時には、アイリーシャが持っている水晶にルルがどこにいるのかを問う。
対になる水晶がある方向を向いた時に、アイリーシャが持つ水晶が光るというシステムのため、探す時にはぐるぐると回って、どちらの方角にいるのか確認しなければならないのだけが問題だ。
これでやみくもに探し回るより見つけやすくなったのに、肝心のルルがいないのでは困る。
「――あ、いた!」
ルルを見つけるのは諦めて、メイドに探しに行ってもらおうとした時だった。
廊下の向こう側から、元気な鳴き声がしたかと思ったら、ぱたぱたとルルが走ってくる。
アイリーシャを見つけるなり、彼女の尾が激しく左右に振られた。
「脱走したら、ダメって言ったじゃないの――ほら、部屋に戻りましょう」
「ワウッ!」
新しい首輪は、水晶がはめられている分、今までより少しばかり重い。部屋に戻って、首輪を付け替えると、重さが不愉快だったようで、首を左右に振って拒まれた。
「だめだってば。新しい首輪をつけないと、あなたが困っている時に助けに行けないでしょう。この首輪は、ミカル先生に作り方を教えてもらったんですからね?」
時々、ルルにはこちらの言葉が通じているのではないかと思うことがある。今もアイリーシャの言葉が通じたようで、首を振るのをやめた。
新しい首輪の色も赤だ。ルルの黒い毛並みに赤がよく映える。
「うん、よく似合っている。可愛い」
そう言うと、小さく尾が揺れる。
機嫌を直してくれただろうか。アイリーシャが手を差し出すと、ルルはそこに頭をこすりつけた。
「じゃあ行ってくるからね。いい子に待っているのよ」
「ワンッ」
どこまでアイリーシャの言葉が通じているかはわからない。また脱走しても、追跡装置があるから大丈夫だろうと言い聞かせて部屋を出た。
今年も、庭園には多数の招待客が待っていた。
(十年前は、何もわかっていなかったなぁ……)
記憶がよみがえったのは、ちょうど十年前のことだった。誕生日の当日記憶が戻って、混乱している間に両親に招待客達と引き合わされた。
「お誕生日、おめでとうございます。アイリーシャ様」
「こちらでお誕生日をお祝いするのは、久しぶりですものね」
両親の招いた客人にまずは挨拶をして回る。アイリーシャが将来困らないための布石だ。
それから、兄の友人達。縁談を探そうとなった時、嫁ぎ先として名が挙がってくるのはこのあたりだからだ。
前世でも、同じようなことを何度もやらされた。
違うのは、前世の両親は愛美の意志なんてまったく考えていなかったこと。公爵夫妻は、アイリーシャが好きになれる相手を探せばいいと言ってくれている。
(お父様とお母様の気持ちは嬉しいけれど……相手はそう思っていないみたい)
公爵家の娘なので、王太子妃候補の一人であることは周知の事実だ。だが、今のところ、エドアルトが積極的に相手を探しているという話は出ていない。
それに、候補者は他にも何人かいるために、アイリーシャが選ばれると決まっているわけでもない。そんなわけで、顔を合わせた兄の友人達の中には、露骨にこちらを値踏みしている者もいた。
(十年前の件もあるし、慎重に行こうってことなんでしょうね)
魔力を暴発させてしまうというのは、かなりの危険人物だ。ミカルがもう大丈夫だと太鼓判を押してくれたとはいえ、何も知らない相手からしたら、不安の残るところだろう。
少々げんなりし始めたところで、ようやくダリアやミリアムと言葉を交わすことができた。
「やっと、こっちに来たわね。お兄様のご友人達と、話が弾んだ?」
「別に、そういうわけでもないんだけど……挨拶はしておかないと」
ダリアに問われ、アイリーシャはげんなりした顔のまま首を横に振った。
すかさず行方をくらませたいところなのだが、最低限の義務は果たすべきというのはどうしても頭から消えてくれない。
「羨ましいわよね、一人くらいこっちに回してくれてもいいのに」
くすくすと笑うのは、ミリアムらしい。そう言えば、二人ともまだ縁談が決まっていないので、王宮での行儀見習いは続けたままだ。
「あら、殿下はこちらにいらしていないの?」
不意に話に割り込んできたのは、ヴァレリアだった。
その声に、こちらに対する優越感を感じずにはいられず、アイリーシャはまたまたげんなりしてしまった。
(気持ちはわかるんだけど……)
ヴァレリアは、どうしてこうも突っかかってくるのだろう。そっとしておいてくれればいいのに。
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