友人と街に行きましょう

 アイリーシャが首都に戻ってきてから、十日ほどが過ぎた。

 魔術研究所での仕事は、順調とはいかなかった。


「……そうですか。アイリーシャ様でも、これは読めませんでしたか」

「すみません……こちらの書物は開けたのですが。昔の人の技術ってすごいというかなんというか……!」


 たしかに、アイリーシャしか開けない書物もあった。そういった書物は、さっと目を通し、中身を整理しているところだ。


「……でしょうね。昔は、魔力を高める術もあったそうですから」


 国一番の魔術師だというのに、ミカルは魔力が少ないのを気にしているらしい。こうやって、魔術研究所の資料に当たっているのも、昔はあったという魔力を増大させる術の復元を目指しているからだそうだ。


「今は魔力が少なくて発動できないとされている人も、魔術を使えるようになるかもしれませんからねぇ……」

「そうですね、努力します」


 努力はするけれど、置かれている書物の数を考えたら、ものすごい時間がかかるのは間違いのないだろう。


「では、私はこちらを持っていきますね。災厄について記されているようですから」


 一冊の本を取り上げたミカルは、書庫を出て行ってしまう。


(先生って、ずっと努力を続けているのよね……)


 十五で宮廷筆頭魔術師になったミカルは、今でも研究を続けている。こうして魔術研究所にこもっている時以外も、常に研究しているのだとか。


(私が神聖魔術に目覚めていないのもそうなんだけど、聖槍が見つかってないのよねぇ……)


 ゲームの中、戦乙女が使っていた聖槍。神から与えられたというその槍についての情報はまったく見つかっていない。

 手がかりさえも与えてくれなかったのだから、神様もたいがいだと思う。


(今度の休みの日には、教会に行ってみようかな……一般人が見られる資料は限られているのはわかっているけど、ヒントくらいはあるかも)


 アイリーシャの使命について、誰にも知られるわけにはいかないから、他の人の手を借りて調べるわけにはいかない。

 それはともかく、今日は仕事のあとダリアとミリアムと待ち合わせをしている。

 二人とも王宮に行儀見習いとしてあがっているのだけれど、午前中からの勤務の日には、午後には時間が取れるのだ。

 二人とも時間を合わせてくれたから、久しぶりに三人で会える。

 時計を見れば、そろそろ出ないと待ち合わせの時間に送れてしまいそうだ。ちょうど区切りもいいことだし、と後片付けをして書庫を出た。

 待ち合わせ場所に選んだのは、王宮前の広場だった。十年前、アイリーシャが誘拐された場所だ。

 あの時とは違って屋台は出ておらず、人が行き来しているだけだ。


「待った?」


 待ち合わせ場所に、最初についたのはアイリーシャだった。後からやって来たダリアとミリアムは、いつもより地味目の服装だ。

 王宮では、あまり派手な服を着ていると、先輩侍女に目をつけられるらしい。


「ううん、待ってない。それで、今日はどこを案内してくれるの?」


 友人達は、十年の間都に住んでいたので、アイリーシャよりずっとこの周囲のことに詳しい。今日は、彼女達に任せる予定だ。


「まずは、ケーキを食べに行くわよ。それから、服を見に行くの。アクセサリーもね」


 最初に連れていかれたのは、最近人気だというカフェだった。

 店の外に並んでいる人もいたけれど、事前に予約を入れていたそうで、すんなりと中に入ることができた。


「ここに来るの久しぶり! 甘いもの、嬉しい!」


 運ばれてきたケーキに、ミリアムは目を細めた。ちょっとぽっちゃりなのを気にしているため、日頃はスイーツ厳禁らしい。こうやって、街に出た時だけ自分を甘やかすのだとか。


「王宮勤めって思っていたより大変。そっちは?」


 ダリアもやや、疲れたような顔だ。王妃付きの侍女には希望者殺到で、なかなかなれるものではないらしい。その分、気を遣うことが多いそうだ。


「私も、思っていたより大変かも。どこにいても、見られてる気がするって言うか」


 父の領地にいた頃は、もっと気を楽に過ごすことができていた。

三日に一度、ミカルが指導にやってきて、彼の指導を受けたあとは、ひたすら復習。

それから、もちろん、貴族の娘として身に着けなければならないあれこれを勉強する時間もとってはいたし、母の社交上の付き合いに同行することもあった。

 けれど、領地の人々は皆アイリーシャのことを知っていたし、正面から敵意をぶつけてくる人はいなかった。


「フォンタナ家って、最近ちょっと苦しいのよね」


 と、ミリアムが口にした。イチゴのショートケーキを大きく切り分けた彼女は、満面の笑みでそれを口に運ぶ。


「最近ちょっと苦しいって?」

「あの家って、もともと鉱山から採掘される宝石で潤っていたのよ。ほら、ヴァレリアが身に着けていた宝石」

「ああ、いつも大ぶりのものを身に着けているわね」


 アイリーシャが顔を合わせたのは王宮なので、それなりの格式の品を身に着けるのは当然だ。だから、ヴァレリアの宝石にあえて目をやったりはしなかった。


「あれは、領地で採掘されたものなのよ。でも、もうほとんど取りつくしてしまったのですって」


 フォンタナ家の領地では、上質のルビーや、サファイアが採掘されていたらしい。

 だが、この十年、採掘する量を大幅に増やし、市場に流通させたため、思っていたより早く鉱脈が尽きてしまいそうになっているそうだ。


「だから、王太子妃の座を狙っているというわけ?」

「王家に入ったら、お手当が出るでしょう。それで、新しい鉱山を開発したいとかなんとか……」

「それを言うなら、アイリーシャがいない間に、殿下との仲を確固たるものにしようとして失敗した方が大きいんじゃない? だって、あの人、望んで手に入らなかったものってなかった気がするのよ」


 たしかに、公爵家の娘なら、望めばなんでも手に入りそうだ。

 あの日、エドアルトを囲む輪の中にヴァレリアもいたから、彼に好意を持っているというのもあるのだろう。


(……政略結婚ってことになるのかしらこの場合)


 王太子と公爵家の娘なら、身分的に釣り合っている。双方、望むのなら、この場合は恋愛結婚と言ってもいいだろうか。


「この話は、ここまでにしましょうよ。それより、次はアクセサリーを見に行くのでしょう?」


 エドアルトのことは、これ以上口にしたくない。

 けれど、自分がなぜそう思うのか。それを説明するのはアイリーシャ自身にも難しそうだった。

ケーキを食べ終ながら、たっぷりおしゃべりした後は、アクセサリーを見に行く。

 髪につけるリボンだったり、アイリーシャが身に着けているようなガラス製のアクセサリーだったり。

三人であちこち見て回れば、実際に購入しなくても楽しい。


「三人でお揃いにしましょうよ、ほら、これ!」


 ミリアムが選んだのは、シルクのリボンで作られた薔薇の飾りとレースでできている髪飾りだった。


「いいわね、これ。王宮では無理だけれど、休みの日なら使えそうよ」


 お揃いの品を身に着けるというのも、意味があるのだ。それは、誰と誰が親しくしているか、わかりやすい。


「アイリーシャは目の色に合わせて、紫か、清楚な白が似合いそう。ダリアは髪に映えるから、赤でどう? でも、青もクールで素敵。私は……うーん、どうしようかな。ピンクだと髪の色に合わないかなぁ」

「ピンクも可愛いけれど、黄色は? でもそうねぇ……水色もいいかも。ダリアはどう思う?」


 ミリアムは金髪に青い瞳だから、何色を合わせてもそれなりに合う。

 髪飾りのリボンと、髪の色を真剣に見比べて、何色がいいかああでもないこうでもないと考える。


「私は、目の色に合わせて紫にしようかな。紫に合うドレス、けっこう持っているのよね」


 銀髪に紫の瞳というアイリーシャの色の組み合わせは、この国ではあまり見られないものだ。だから、どこにいてもそれなりに目立つ。


「私は、青にする。赤の髪飾りはこの間買ったばかりだから」


 ダリヤは、青を選んだ。

最後まで迷った末、ミリアムは薄いピンクを選ぶ。新しく仕立てた茶会用のドレスがピンクだからというのがその理由だ。

お揃いの品を手に入れた後、街をぶらぶらしているうちに、解散の時間になる。

 王宮に戻るという二人とは、広場で別れ、近くで待っている馬車の方に向かおうとしたけれど、首筋にちくちくとしたものを感じる。

これは、たぶん、人の視線だ。

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