兄と王子が友人だとは知らなかった

 自然とエドアルトと並んで歩く形になる。


(なんで、殿下には見つかっちゃうかなぁ……)


 前回といい、今回といい、ついていないことこの上ない。


「殿下は、兄にどんな御用が?」

「ノルベルトとは友人だからな。しばしばこちらには立ち寄っている」


 へぇと心の中でつぶやいた。

 兄とエドアルトが友人とは知らなかった。


「ヴィクトルにも仲良くしてもらっている。ルジェクとは、時々顔を合わせる程度だが、食事位はするぞ」


 エドアルトが続けたので、眉間に皺を寄せてしまった。


(なんで、お兄様達、そういうことは言わないのよ……!)


 兄達とは仲良くやっていると思っていたが、一度もそんな話は聞かされなかった。


「……全然知りませんでした」


 声音にちょっぴり面白くないという空気が混ざってしまったのはしかたのないところだろう。なんでも話し合ってきたと思っていたのに。


「俺の話はあまりしない方がいいと思ったんじゃないか?」

「なんでですか?」

「なんでって……」


 エドアルトはアイリーシャの顔をのぞきこんでくる。

 真正面からのぞき込まれると、どう対応すべきか一瞬混乱してしまうのでやめてほしい。

 自分の顔面の破壊力をわかってやっているのだろうか。わかっていなそうな気もする。


「――君は、俺のことはよく知らないだろう。だからだよ」


 一瞬、何か口にしかけたようにも思えたけれど、彼はそう言って話題を変えた。


(たしかに、よくは知らないけれど)


 今、彼は別のことを口にしようとしたんじゃないだろうか。そんな風にも思ったけれど、アイリーシャも他に考えないといけないことがある。

 ノルベルトの部屋は、二階の奥まったところにあった。扉を開けた正面に、どんと大きな机が置かれている。


「よう! 来たか!」


 立ち上がったノルベルトは、入って右手の方に置かれているソファに、エドアルトを案内する。自然、アイリーシャもそちらに向かうことになった。


「来たかじゃありませんよ、お兄様。殿下と何をやっているの?」

「ああ……これか。殿下の剣の調整な」


 剣の調整って、武器職人がやるものではないだろうか。

 アイリーシャの疑問は、すぐに解消された。エドアルトが、ノルベルトの前に剣を置いたからだ。


「俺は、水の属性持ちだ。特に"氷"が得意だな」

「ああ、それで」


 "絶氷"なんて言われているのには、彼が水属性の派生である氷を特に得意としている、という話は先日聞かされた。


「お前の場合、氷を扱うならどうする?」

「そうね……水属性のものは矢の形にして飛ばすことが多いかしら。わざわざ水の温度を変える必要は今までなかったから、氷の形にして飛ばしたことはないけれど」


 水を氷に変化させるには、水をそのまま発射するよりひとつ工程が多くなる。

 魚を氷漬けにするとか、明確に氷が必要な時ならばともかく、あえて手間をひとつ増やす必要もない。

 それが、アイリーシャの考えであった。


「そうだね。お前の場合はそうだ。殿下の場合は――」

「氷にした方が、効率がいいんだ」


 そう説明してくれたけれど、なぜかそこでエドアルトは渋い顔になった。

 にやにやしながら、ノルベルトはエドアルトの剣を抜く。エドアルトの剣は、柄に見事な細工の施されているものだった。

 アイリーシャには武器のよしあしはわからないけれど、鋭い刃は切れ味がよさそうだ。


「殿下は、コントロールという点では、若干不安が残るんだよな。それで、編み出した戦い方がこれだ」

「若干不安とか言うな。威力を制御するのが苦手なだけだ」


 エドアルトがむっとした顔になる。


(……あら、こんな顔もするんだ)


 兄といる時のエドアルトは、とても気楽な様子だ。内面を面に出すことを恐れていないというか。

 無表情を貫いていると、実年齢より上にも見えるけれど、今は、年相応の表情だ。


「魔力の制御が苦手って……?」


 アイリーシャの疑問に直接答えることなく、ノルベルトはエドアルトの剣を丁寧に見ている。それから、工具を取り出すと、あちこち手を加え始めた。


「思っていた以上の大惨事になることが多いな。それで、剣術に特化することにした」


 手入れを終えた剣を、ノルベルトがエドアルトの手に戻す。


「ノルベルトに作ってもらったものだ。俺の魔力に一番馴染む」


 剣を握ったエドアルトが、小さく息を吐いた。

 鋭い刃に、薄く氷の膜が張っていく。さらにその冷気は周囲の空気まで巻き込んでいった。小さな氷の粒が、刃の周囲で煌めき始める。


(……綺麗)


 思わず彼の剣を見つめた。絶対なる氷の貴公子。

 彼の無表情だったり、近づく令嬢に対する冷淡な態度だったり。たしかに、それらも氷と呼ぶにふさわしいのだろう。

 ――けれど。

 氷をまとった彼の剣は、室温まで下げたようだった。彼の魔力に、部屋中が満たされていく。

 思わずぶるりと身を震わせると、エドアルトはすっと剣をおさめた。とたん、冷気が和らぐ。


「な、殿下の魔力はすごいんだよ。うかつに放つと、味方まで巻き込むからなー」


 加減ができないってそういうことか。


「助かった。邪魔をして悪かったな。では、また調整に来る」


 引き留める間もなく、エドアルトは行ってしまった。彼がいなくなるのと同時に、威圧感まで消えたように感じられて、思わずアイリーシャは息をついた。


「殿下もお忙しいからなー。ところで、初日はどうだ?」

「うーん、思っていたより、奥の書庫にしまわれている資料が多いかしら。あれだけ魔術的保護をかけられるということは、昔の人は魔力が多かったのかも」

「そういう説はあるな。まあ、食べながら話をしようか」


 ノルベルトが取り出したのは、家を出る時に詰めてもらったバスケットだ。

 部屋の隅にある湯沸かし器で湯を沸かし、飲み物を用意してから、バスケットを開く。中に詰められていたのは、色とりどりのサンドイッチだった。

 のんびり兄と向かい合わせで食事をしながら、仕事の話をする。兄とこんな風に過ごす日が来るとは思っていなかった。

 十年ぶりに帰って来た首都では、いろいろと大きな変化が起きているようだ。

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