王家からの提案
アイリーシャが王宮に呼び出されたのは、事件から十日ほどが過ぎた後のことだった。
(……ちょっとじゃなくて、だいぶ失敗だったわよね……!)
誘拐現場から逃げ出すだけのつもりが、王宮に呼び出しをくらうほどの大ごとになってしまった。
可愛らしいピンクのドレスを着せられ、王宮に赴く馬車の中、両親に挟まれて座りながら考え込む。
(まさか、要注意人物としてどこかに監禁される……とか?)
あの時、ミカルはアイリーシャの魔力を鑑定したのち、血相を変えて立ち去った。
けれど、あの時、他にどう言えばよかったのだろう。十日の間、考える時間だけはたっぷりあったけれど、今後の方針を決めることもできないままだった。
両親も何も教えてくれなかったから、アイリーシャの不安は膨れ上がる一方だ。
馬車を停めると、そこにはすでに案内役の侍従が待っていた。
「……お父様」
不安になって、ぎゅっと父の服を掴む。
王宮が見える位置に公爵邸はあるけれど、中に入ってみると、あまりにも広く壮麗なので驚かされる。
「大丈夫、怖いことは何もないから」
父はそう言うけれど、言われれば言われるほど不安が大きくなってくる。
白い石造りの柱には、見事な彫刻が施されている。招き入れられた扉は、正面のものではなかったけれど、その扉もまた高価な材木を使い、金と銀で飾りの施されたものだった。
「ここ、どこ?」
「ここは、お父様が仕事に来る時に使う扉だよ。正面の扉は、正式な客人として招かれた時に使うんだ」
そんな区別があるとは知らなかった。
仕事に使う――ということは、父をはじめとして出仕した貴族達が、務めを行うための場所ということか。
「お母様」
「そんな顔をしないの。アイリーシャは今日も可愛いわよ」
母もアイリーシャが不安に思っていると判断したのだろう。安心させるように微笑みかけてくれる。けれど、アイリーシャはまったく安心できなかった。
(見られてる見られてる……すごく見られてる……!)
先ほどからすれ違う使用人達は、ちらちらとこちらに視線を送っている。もちろん、目だないようにしているのだろうけれど、見られているのはわかる。
それは、父と一緒に働いている人達も同様で、長い廊下を歩いていく間、居心地悪くてしかなかった。
人目につきたくなくて隠密スキルを身に着けたはずなのに、母と手を繋いでいるから隠れるわけにもいかない。
どうしてこうなった。
「アイリーシャを連れてまいりました、陛下」
うんざりするほど長い廊下を歩かされ、ついた先では国王が待ち構えていた。
「そなたがアイリーシャか」
奥の椅子に座っていた国王は、気さくに立ち上がるとこちらに近づいて来た。
アイリーシャは固まった。
(……陛下って、こんな顔をしていたの……!)
ワイルド、とかコワモテ、とかそんな言葉が頭の中に浮かんだ。黒い髪は、短くてツンツン立っている。髭が顔の半分を覆っていて、国王というより山賊と言った方がまだ納得できそうだ。身に着けているのは、山賊がまとうにはあまりにも豪奢な衣服であったけれど。
国王の顔を凝視したまま、母のスカートの陰に隠れる。これが国王の威圧感というものか。
「やはり、子供には怖がられるか……」
アイリーシャの無礼をとがめることなく笑ってすませると、国王は真面目な顔になった。
「そなた、魔術の才能があるそうだな」
「わかんない」
ここでは、こう返すのが正解だろう。だいたい、五歳の幼児に魔術の才能があるかないかなんてわかるはずないではないか。
むっとして答えると、国王はアイリーシャの答えが面白かったらしい。
「そうか、わからないか。まあ、そうだろうな。ミカルがこんなのは見たことないと言っていた。公爵、そなたの娘は、ミカルを越える天才のようだぞ」
「リーシャ、わかんない」
再びぷいと横を向く。ここはもうわからないで通してしまおう。半分ヤケだが、大人達には気づかれまい。
そんなアイリーシャに微笑ましそうに目を向けて、国王は父と話を始めていた。
「そなた、魔術の勉強を始めさせていたのか?」
「とんでもない。まだ先だと思っていましたよ。宮廷魔術師のミカル殿が、魔術の才能がある――とは言っていましたが」
「だろうな。だが、アイリーシャの魔力は、今まで見たことがないそうだ。四属性が、きっちり等分に……しかも、身に秘めた魔力の量も多いらしい」
今までの研究からわかったことだが、と前置きをしたうえで国王はアイリーシャにもわかりやすく言葉を選んで説明してくれた。
水、火、土、風の四大属性は、人間ならば多かれ少なかれ四属性とも持っているそうだ。だが、魔術として発動できるほどの強さを持つとなると、一属性が普通。せいぜい二属性であるし、どちらかの属性が強く出るものなのだそうだ。
アイリーシャのように、四属性がすべて等分に、しかもどの属性も魔術を発動できるだけの強さを持っているというのは今までに例がなかったらしい。
そして、身に秘めた魔力の量も、異常な量なのだそうだ。現時点で、ミカルと同程度はあるらしい。そして、アイリーシャの年齢を考えると、これからますます増えていく可能性が高いそうだ。
誘拐現場では、恐怖のあまり魔力を暴発させてしまったのではないかというのがミカルの見立てであった。
「……つまり、娘は危険人物と言うことですか」
「まあ、そういうことになるな。少なくとも、魔力の制御ができないようでは困ることも多いだろう――ある日突然、屋敷の屋根が吹き飛んでいたということにもなりかねない」
暴発ではないので、その心配はないのだが、アイリーシャはおとなしく母のスカートの陰に隠れておくことにした。
「そなたには、悪いようにはしない。だが、そなたの才能は、慎重に伸ばさねばならぬ。宮廷魔術師のミカルに、そなたを指導させよう」
「……え?」
まだ、スカートの陰から、アイリーシャは国王を見た。たぶん、国王は笑顔を作っているのだろうが、髭の陰に隠れていてよくわからない。
「そなたには、魔術の才能がある。だが、その制御の方法を学ばなければ、また暴発させてしまうかもしれないだろう。その時、周囲に被害が出るかもしれない」
アイリーシャはうなずいた。実際には厳密に制御した上で放った魔術であるけれど、周囲に暴発として認識されている以上、それで押し通した方がいい。
王の話はそれだけではなかった。父に向き直って続ける。
「それと、アイリーシャはしばらく領地に戻った方がいい。首都で魔力を爆発させるかもしれない危険もそうだが、アイリーシャの才能に気付いた貴族どもが、抱き込みにかかろうとしているからな」
「ですが、陛下。私は、娘と離れて過ごすのは耐えられませんよ! 私も、領地に戻らせていただきます」
――それでいいのか、父。一応、国の重要人物であるはずなのだが。
国王は渋い、それはもう渋い顔になったけれど、唸った末にこんな提案をしてきた。
「週に三日こちらで過ごし、残りは領地で過ごすようにすれば問題ないだろう。ミカルもそなたが領地にいる間は、公爵家に滞在し、アイリーシャに指導するということでどうだ」
「それでしたら、喜んで」
こうして、アイリーシャは両親とともに領地に戻ることになった。三日に一度、宮廷魔術師が指導に来てくれるという破格の待遇である。
それは、目立たなくなるのがいよいよ難しくなってきた――ということでもあったけれど、今はそれを気にしている場合ではなかった。
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