事件の真相は闇に葬られたらしい
目を覚ました時には、自分の部屋にいた。
「アイリーシャ、ああ、よかった――!」
目を覚ました時、側にいたのは母だ。
母の声に、兄達も次から次へと飛び込んでくる。
しばらくの間、アイリーシャの部屋は大騒ぎとなった。母はアイリーシャを抱きしめるし、兄達はベッドに絵本やおもちゃやお菓子を積み上げ、母に叱られる始末だ。
「お父様は?」
「お父様は、今、王宮に行っているの。アイリーシャが目を覚ましたと聞いたら、すぐに帰ってくると思うわ」
「父上は、アイリーシャを連れて行った悪いやつらを探しているんだ」
「ルジェク! その話はアイリーシャの前でしてはいけません!」
母に叱られた長兄が肩をすくめた。
巻き込まれた形ではあるが、公爵家令嬢であるアイリーシャが誘拐されたとなると、大問題だ。父は、王宮でそちらの始末に追われているのだろう。
母は、アイリーシャの耳には詳しいことを入れるつもりはないようだ。母に叱られたルジェクも、口を閉じた。
「お兄さんは? おうちに帰れた?」
一緒にいた男の子が、どうなったのか気になる。王宮前の広場に行けば、帰れると言っていたから、大丈夫だろうけれど。
「ええ、大丈夫。無事に帰れたわよ」
それを聞いて、少し安心する。
(あの男の子の名前聞くの忘れちゃったな……)
そう言えば、あの男の子はどこの誰だったんだろう。ずっとお兄さんと呼んでいたから、名前を聞きそびれてしまった。
(……まあ、いいか)
なんだか頭が痛くて、それ以上考えるのは難しかったし、知らせを聞いた父がばたばたと戻って来たものだから、男の子については、それきり頭から消えた。
「アイリーシャ、ああよかった。一晩目を覚まさないから、びっくりしてしまったよ」
父は、アイリーシャを抱きしめてから、兄達を部屋から出るよう促す。
「今から、アイリーシャに話を聞かないといけないからね」
話って、犯人達のことだろうか。
「お父様、頭痛い」
「それは、魔力を使ったから、だなぁ……」
「魔力?」
神様から魔力について知らされてはいるけれど、知らないふりを貫く。地味に目立たず、その他大勢の一人に紛れ込む。
その目標はまだ、代わってはいないのだ。
「まだ、魔術について勉強する時期じゃないからねぇ……ミカル殿が言うには、まれに幼い頃に魔術を身に着ける者がいるそうだけれど」
神様から直接教わったから、アイリーシャは知っている。教会で身に着けるより前に魔術を自然発生させることができた者は、天才と言われるのだ。
(……それって、人目につくってことよね……)
目立たない人生、どこに行った。
だが、やってしまったことはしかたない。少なくとも、あの男の子は無事に保護されたわけだし、アイリーシャも売り飛ばされずにすんだ。
「公爵閣下、失礼します」
入ってきたのは、アイリーシャの誕生日に花束を届けてくれたミカルだった。齢十五にして王宮魔術師となった天才少年。
彼は、アイリーシャの前に膝をついた。ベッドに座っているアイリーシャの方が、彼より頭の位置が高くなる。
「あなたが、爆発事件を起こしたそうですね? どうやったのか教えてください」
問われて、アイリーシャは目を瞬かせた。ミカルはまっすぐにこちらを見つめていて、彼の追及を逃れられるとは思えなかった。
「教えてください。あなたの年齢で、あれほどの威力を持つ魔術を放てるというのは、めったにないことなんですよ」
ぐいぐい来るミカルから、どうやったら逃げられるというのだろう。頭をフル回転させた結果、アイリーシャが選んだのは。
「ご――ごめんなさぁぁぁぁぁい!」
ここは必殺、泣き真似であった。ついでに、涙も流しておいた。ミカルの追及を逃れられるとは思わなかったが、見てくれは五歳児である。
「だって、怖かったんだもん! わかんないー!」
「ミカル殿! 娘は被害者ですぞ!」
ぎゅっと側にいる父に抱き着いたら、父はミカルをとがめる声を上げた。
「――申し訳ありません。ですが、五歳にしてあれだけの魔力を持つというのは、史上初めてなんですよ!」
父の胸に顔をうずめながら、アイリーシャはびくりと肩を跳ね上げた。
「そのように大きな声を出さずとも! 娘が怯えているではないか!」
肩を跳ね上げた仕草を、父はいいように解釈してくれたらしい。父の声も同じくらい大きかったけれど。
「……失礼しました。では、魔力の許容量と、属性だけをはからせてください。その結果を陛下にお知らせして、対応を決めさせていただきますので」
父の胸に顔を埋めたまま、アイリーシャはますます小さくなった。国王のところに話を持って行って、そこで協議するって、どれだけ大ごとなのだ。
「アイリーシャ嬢、右手を出していただけますか」
また泣かれるのを恐れたらしく、今度はこわごわと頼まれる。父の顔を見上げたら、父はうんとうなずいた。
左手は用心深く父に搦めたまま、右手を差し出す。
ミカルが取り出したのは、小さく平たい、水晶のような透明の円盤だった。アイリーシャの手のひらくらいの大きさだ。
なんだろうと思っていると、表情だけで察したらしいミカルは、わずかに口の端を上げた。
「これ? これは、私が発明したもので、持っている属性に色が変わるんですよ。面白いでしょう」
「色が変わるの?」
「そう。火属性なら、赤、水属性なら青というように。色の強度によって、どの属性を強く持っているかがわかるんです」
今まで、属性を持っているか否か、どの程度の強度なのかということは、観察者の経験によるところが大きかった。
ミカルの言うことが本当ならば、大変な発明と言うことになる。
「その石をどうするの? 痛くない?」
「まずは手首に、それから肘まで滑らせます。それだけだから痛くありません」
ミカルはアイリーシャの右手首に水晶のような石を置く。ひんやりとした石にアイリーシャの体温がうつって、少しぬるくなった。
すると彼はその石をゆっくりと肘まで滑らせる。
「――なんだ、これは」
火を表す赤、水を表す青、風を表す緑、そして土の茶。それらは、きっちり円盤を四等分していた。そして、目が痛いほどに輝いていた。
「――大変だ!」
それを見たとたん、ミカルは顔色を変えた。
「失礼します、公爵閣下! 近いうちに、お話をすることにしましょう!」
礼儀など忘れ去った様子のミカルは、大股に部屋を出て行ってしまう。
(嫌な予感しかしないんですけど……!)
父の胸にもう一度顔を埋める。背中に回された腕に安堵したけれど、嫌な予感しかしなかった。
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