お友達ができました
(……まあ、予想はしていたけど)
アイリーシャの誕生日を祝うため、今日は盛大なガーデンパーティーを開いてくれている。
だが、純粋にアイリーシャの誕生日を祝うためだけではない。
大人同士、交友関係を広げようというのである。前世でも、何度もこういった場に同行させられた。
天花寺家と縁を繋ぎたい人間はたくさんいる。愛美の配偶者の席を求めて、多数の男性に囲まれるのもいつものことだった。
両親にとって、愛美は天花寺家をより反映させるための道具でしかなかったのである。
「まあ、アイリーシャ様。お綺麗になって……!」
「将来が楽しみなの。娘って、こんなにも可愛いとは思ってもいなかったわ」
母と手を繋いで庭に出ると、さっそく多数の女性に囲まれた。母の友人、それから母と縁を繋ぎたい人達だ。
「今度、我が家にもいらしてくださいね」
「アイリーシャ様なら、縁談はよりどりみどりでしょうね。お年頃になるのが楽しみだわ。私の親戚にちょうどいい年回りの子がいますから、ぜひ」
でも――とちらり、と母の顔を見上げてみる。
前世の母は、こういった時すぐに愛美の売り込みにかかっていた。でも、今回の人生の母は違う。
「娘には、幸せになってもらえればそれでいいの。家のために結婚だなんて、古い概念だわ」
「公爵夫人のところは、熱烈に愛し合っての結婚ですものね」
そうか、両親は恋愛結婚だったのか。
昨日までの"アイリーシャ"としての記憶もしっかり残っているけれど、両親が恋愛結婚だったなんてことは知らなかった。子供に聞かせるような話でもないし。
(……でも)
娘には、幸せになってもらえればそれでいい。母の言葉がすとんと胸に落ちる。
――ひょっとしたら。
今回の人生では、前世とは違う家族になれるのかもしれない。
そう考えている間も、アイリーシャのむっすりとした表情は変わらなかった。
考え事に忙しくて、他のことが頭に入らなかったともいう。
「アイリーシャ様、どうかなさいました?」
すぐ横には乳母と、アイリーシャ専属のメイドがいて、何かあれば、すぐに対応できるようについてくれている。乳母がアイリーシャの顔をのぞきこんできた。
アイリーシャがむすりとしているので、機嫌をそこねたのではないかと心配になったようだ。
(……ここは、子供らしく振舞った方がいいのよね)
昨日までのアイリーシャとしての記憶もしっかり残っている。
前の人生でも、同じように多数の使用人に囲まれて生活していたけれど、思いやりの心だけは忘れないようにと母から厳しく言い渡されていた。
いずれ、家を継がなければならない。だから、使用人達に甘く見られてはならない。必要以上に恐れられてもならない。思いやりを持ち、礼儀正しく接するように、と。
それに、猫を綺麗に洗ってくれたし――神様は今、部屋で昼寝中である――乳母には、これ以上迷惑をかけてはいけない。
なにせ、中身は十八歳である。自分の気持ちはある程度制御できる。
「ミルクのお代わりがほしいの」
「ミルクがないから、チョコチップのクッキーが食べられない」
「あらあら、まあまあ、急いで取ってきますね」
立ち上がった乳母は、母が輿入れする時、実家から一緒についてきたのだそうだ。
母の出産後には、乳母の役を果たすことも期待されていて、母の輿入れと同時に、公爵家の使用人と所帯を持った。
「お嬢様、暑いですか? ミルクが届きましたよ」
「ううん、暑くない。ありがとう!」
届けられたミルクのカップを、両手で大事に抱え、ちまちまと皿によそわれたクッキーを齧る。アイリーシャの目の前では、ガーデンパーティー用の正装に身を包んだ男女が行ったり来たりしていた。
「リーシャ、ここにいたのか。母様、リーシャを連れて行ってもいい?」
母に声をかけたのは、長男のルジェクだ。
「ええ、かまわないわ。お友達と仲良くね」
「行こう!」
右手を引いてくれるのは、次兄のノルベルトだ。そして、左手は三兄のヴィクトル。
(……お兄様達は、可愛がってくれていた……のよね)
前世では一人っ子だったから、兄達に甘やかされるのは照れくさい反面嬉しい。
少し離れたところに、兄達はアイリーシャの席を用意していた。
「リーシャ、ほら、イチゴのパイ」
「こっちには、レモンタルトがあるぞ」
「先に、挨拶だろ」
兄達は競うようにしてアイリーシャの手元に菓子を運び、なにくれとなく世話を焼いてくれる。
この場にいるのは全員兄の友人である少年達と、今後アイリーシャの友人になるであろう少女達。皆、十年、二十年後にはこの国を背負っていくことになるであろう人材だ。
「私、ミリアム。よろしくね、アイリーシャ」
最初に引き合わされたのは、ちょっぴりぽっちゃり気味の少女だ。
おいしそうに、お菓子を食べる姿がとても可愛らしい。白いレースをたっぷり使ったドレスを着ているので、天使のように見えた。
「私は、ダリアといいます。よろしくお願いいたします」
五歳だというのに、生真面目な挨拶をしたのは、紺色のドレスを着た少女。
紺色と聞けば地味に見えそうなものだが、光沢のある生地を使っていること、繊細なレースをスカート全体に重ねてあることから、とても華やかな雰囲気だ。
「……よろしくお願いします」
ダリアは年齢の割に落ち着いているように見える。この世界の貴族なら、このくらいできて当然だろうか。とりあえずダリアに合わせて挨拶をしてみた。
「このパイ、とてもおいしいの。ええと、うちの菓子職人にも作れる?」
「作り方を教わったら大丈夫じゃない? あとで、うちの菓子職人に聞いてみる?」
そう返すと、ミリアムはぱっと明るい顔になった。
「私とミリアムは、ずっと前から友達なの。アイリーシャも仲良くしてくれる?」
「私、お友達いなかったから嬉しい」
生真面目なダリアの様子も、アイリーシャの目からしたら微笑ましいものだ。
(それに、お友達を作りなさいってお父様もお母様も言ってたし)
ミリアムとダリアなら仲良くしていけそうだ。両親の言いつけを守ることができそうでほっとした。当面、五歳児として振る舞わなければならないのだけは慣れそうにないけれど、ダリアをお手本にしたらなんとかなりそうだ。
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