わかりました、やりましょう
「……ねえ、神様」
「なんだ?」
ぽいっと放置されて、神様は不満そうな顔になった。
(聖女の役は別の人にやってもらうというのもありだと思うのよね……)
わずかな期待をこめて、神様を見つめる。ついでに首もかしげてみた。
「聖女にならないと、ダメ?」
「そしないと、モニカには会えないぞ」
うーんうーんと唸ってしまう。まさか、今回の世界でも、人目にさらされる立場になるとは思ってもいなかった。
(今度は、地味に目立たず生きたかったのになぁ……)
けれど、転生してしまった以上、今さらなしにはできないのだろう。
「……はぁ」
子供らしからぬため息をついて、アイリーシャはよいしょと立ち上がった。
「何、君、我のこともっといびっちゃう?」
「いびりません!」
今さら転生をなかったことにしてくれというわけにいかないのは、理解できる。
となれば、次善の策を取るしかないだろう。
(どうしたら、目立たないでいられるわけ……?)
前世では、どこに行っても注目の的であった。
学校でも、両親に連れて出かけた先でも。今にして思えば、前世の愛美もかなりの美少女だった。
一人になれるのは自分の部屋くらいだったが、勉強のための部屋は別に用意され、家庭教師がいたから、一人になれるのは夜寝る前、ほんのわずかな時間だけ。
(別に、公爵家の娘としての義務を果たすのは……まあ、嫌じゃない……? 最低限、本当に最低限の義務だけなら……)
首をかしげながらも、そう結論を出す。
この家に生まれた以上、自分の義務を果たすのはしかたない。お目当てのモニカにあるのは三百年後だがまあよしとしよう。
前世の両親は愛美のことを、政略結婚の駒としか見ていなかったけれど、今回の両親は違う。
今のところは、アイリーシャを愛してくれている。いや、アイリーシャだけではなく、子供達全員を愛している。
今回の人生では、愛されている――少なくとも今の段階では。それは、昨日までの記憶からも納得できる。
となれば、最低限の義務は果たしてもいい。そう思ったのだ。
(でも、目立たないでいたいというのは別問題!)
どうすれば、目立たずにいられるか。
うーんと腕を組んで考え込み、アイリーシャははっと気がついた。
「ねえ、神様。私、隠密スキルを取得できたりしない?」
もし、この世界がアイリーシャの知る世界とまったく同じシステムで動いているならば。
ゲームの中で、人間の持つ能力は、スキルによって管理されていた。魔術もスキルの一種である。
スキルの中には、"きゅうりの輪切り"なんていうわけのわからないものも含まれていたけれど、スキルを取得するか否かで仕上がりがおおいに変わってくるのだ。
たとえば、"料理"の場合。スキルを持たなくても、調理することは可能だ。家庭料理程度ならば、スキルを取らなくても作ることができる。
だが、飲食店を経営しようと思ったら、料理に関するスキルは必須となる。スキルレベルが上がれば上がるほど、おいしい料理を作ることができるようになるのだ。
根本的に相性が悪い場合、スキルが取得できないこともある。これが、この世界における天賦の才の有無となる。
アイリーシャが口にしたのは、そんなスキルの中のひとつであった。スキル名"隠密"。
このスキルを取得すると、目立たず行動することができるようになるのである。ゲーム内においては、敵に気づかれず接近し、不意打ちをくらわせるのに重宝した。
もし、このスキルを取得することができたなら――目立ちたくない時には、壁と一体化することができるようになるのではないだろうか。
「……そうだねぇ……」
神様はベッドの上で、考え込む顔になった。
「たしかに、取得できなくはないよ。でも、君が望むレベルで、隠れるのはちょっと無理な気がするなぁ」
さすが神様。アイリーシャがどのくらい隠れたいのか、口にしなくてもわかっているらしい。
「ああ、でも」
不意にぽろりと神様は口にした。
「エクストラレベルまで行けば、普通の人間には気づかれないだろうね」
「エ、エクストラって……」
レベルは十までしかないものだと思っていた。ゲーム内でも、レベルは十まででカウントされていたが、その上があったようだ。
「エクストラレベルになると、相当の達人でない限り気づかないと思う。そこまで行けば、君の望むレベルで目立たなくなるんじゃないかなぁ」
「待って、そのエクストラレベルって、どうやったら到達できるの!」
再び猫を掴もうとしたら、するりと逃げ出してしまった。
「それは、君が聖女として立つしかないよね。君が聖女になると決めたら、人間では到達できないレベルに到達することができるんだから」
「――やらせていただきます。いえ、ぜひやらせてくださいっ!」
「変わり身早いな、おい」
たった今、聖女の役目を他の人に押しつけようとしていたアイリーシャの変わり身の速さに、神様も若干引いている。
「自分の人生を思うように生きるためなら、全力で変わりますとも」
「その気持ちはわかるけどさぁ……」
いずれにしても、アイリーシャが三百年後、"玉"としてこの世界に存在するためには、聖女としての役割を果たさねばならない。となれば、覚悟を決めるしかないのだ。
「……わかった。まあ、説明不足だったというのはこちらの落ち度だからね。君がある程度落ち着くまでは、いろいろ教えてあげることにするよ」
「本当? ありがとう、神様!」
なんて呼んだらいいのかわからなかったから、とりあえず見た目で呼んでみる。
「大丈夫、我に任せておけばいい。まあ、今日はガーデンパーティーを楽しんでおいで。修業は明日から、ね」
「そうね、お友達を作らないといけないし」
子供の頃から、友好的な人間関係を築くのは大切だ。両親もそこを考えて、招待客は厳密に厳選しているらしい。
(……聖女、になるのは怖いけど)
スチルで見た限り、魔神の見た目はグロかった。あれと真正面から戦わなければならないというのは怖い。
けれど、一度約束してしまったのだ。嘘だけはつけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます