第59話 いってらっしゃいです!
「エルの父親はイエティだったってことだな」
イエティ――日本的に言えば雪男。極寒の雪山に生息していると噂の
「正解です! わたしのお父さんはモコモコでとっても大きかったんですよ!」
まさか父親が伝説上の生物だったなんて驚きだ。初めて異世界っぽさを感じた気がする。
「今は牛さんを保存するのに使っているあの家は、昔お父さんが寝泊まりしていた家だったんです。お父さんはわたしよりもっと暑さに弱かったので、ここより寒い場所に住む必要があったんです」
「そういえば、前にエルも暑いところが苦手だと言っていたな……。あれは体質的に厳しいってことだったのか」
「はい……わたしにとってはこの場所が適温なんです。数日おきであれば町に行くこともできるんですが、暮らすことは難しいです……」
それこそがエルがたった一人でここに住み続ける最大の理由、そして……
「俺たちと一緒に行けない理由もそれか……」
「……そうです。わたしは温かいところでは生活できません。お父さんにも厳しく言いつけられています。そう言ったお父さんは無理をして町に出かけたり、わたしと長い時間共に過ごしていたんですけどね」
俯いて、言葉を紡ぐエル。
「お母さんも体が弱く、空気の薄い高原で暮らすのは大変だったそうです。それでも、二人は離れたくない一心で無茶をして過ごしていました。そんな無理がたたって、わたしが生まれてすぐにお母さん、しばらく後にお父さんが体調を崩してしまったのですが、お父さんは後悔していないと話していました。亡くなる直前、『どうしても家族みんなで暮らしたかった』、とわたしに告げました。きっとお母さんも同じ想いだったはずです……」
「そうか……」
「二人がわたしの健康を最優先に考えて建てたのがこの家なんです。お母さんが亡くなってからも、お父さんは寝るとき以外ずっとここに居ました。本来はこの高原でもお父さんにとっては暑すぎたんです。わたしも、もっと早く気づいてあげられたら良かったんですが……」
「仕方がないさ……エルはそのとき幼かったんだから」
「ありがとうございます。……そんなわけで、わたしはここを離れることができません。それに、牛さんの世話もありますし、勇者さま以外の人は色々と縛りがあるのでお役には立てませんよ」
「……わかった。俺としてもエルに無理をさせてまでついてきて欲しいとは思わない。だけど安心しろ! エルのお母さんの故郷のやつらは全員俺が無事に連れ帰るから! エルはここで待っていればいい! 俺もたまには顔を見せるつもりだしな!」
「はい! ツバキさまが帰ってくるのをここで待っています!」
俺は出発する前にどうしてもエルのクリームシチューが食べたいとわがままを言って作ってもらった。
「やっぱりこのシチューは旨いな!」
濃厚でまろやかなクリームシチュー。毎日のように食べていたから、やみつきになっている。しばらくは食べることができないから今のうちに味わっておこう。
「確かクリームシチューは日本発祥だったはずよ。エルさんのお母さんがレシピを伝えたのかしら?」
「そうです! お母さんがお父さんに教えて、それをわたしが受け継いだんです! 一子相伝です!」
それは知らなかった。なんか西洋っぽい食べ物だと思っていたんだけどな。
懐かしい日本の味だと聞いたので、更に味わって食べる。
「今となっては重要ではない話だけれど、エルさんのお父さんとアントーレは二人ともプレイヤーで、この町で争っていたのよね?」
「レイカさまは凄いです……どうしてわかったんでしょうか?」
マジか!? 色々あって完全にそのこと忘れてたけど、それが因縁なのか!
「道理で話せなかったわけね。二人とも過去の戦いに関わっていたのはわかっていたから推測してみただけよ」
「なるほどです……。その話についてですが、どうやらアントーレさまはわたしのお母さんが大変気に入っていたみたいなんです。それでお母さんに対してあれこれ迫っていたんですが、嫌がったお母さんが逃げて遭難した先でお父さんと出会って……」
そんな感じのロマンチックな馴れ初めがあったらしい。おかっぱ頭は完全に引き立て役だ。少しだけかわいそうに思えてきた。
「最終的には決闘を行ったらしいんですがお父さんが勝って、それから溝が深まったんです……」
それがプレイヤー同士の戦いだったから、誰も話せなかったというわけか。
エルは例の上着を手にして、愛おしそうに語る。
「この服は山で遭難したお母さんのためにお父さんが自分の毛を使って作った服なんです。お父さんはとっても優しいんですよ!」
それでセーラー服と並んで重要なアイテム扱いだったのか。
俺たちは別れを惜しむようにしばらくの間エルと団欒した。
出発の準備を終え、住み慣れた小屋の前に立つ。今日は雲一つない快晴だ。
エルは外に出て俺たちを見送ってくれるようだ。
「レイカさま、これを持って行ってください」
そう言って、エルは城崎に愛用の刀を渡した。
「お母さんの神器、【桜吹雪】です。過去の神器なので
「それは……ありがたいのだけれど、お母さんの形見なのでしょう? 私が持って行ってもいいのかしら?」
「遠慮しないでください。お母さんも、この刀が故郷の方に使って貰えることを喜んでくれると思います」
「それなら、ありがたく受け取らせて貰うわ」
城崎が「インプット、【桜吹雪】」と唱えると換装の神器が発動し、刀は粒子になって消えた。
「お世話になったわ。また会いましょう」
「レイカさまが訪ねてくれてとても嬉しかったです。またいつでも来てください!」
城崎とエルは握手をした。その後、「じゃあ先に行ってるわね」と言って離れていった。どうやら、気を使ってくれているみたいだ。
俺はエルと向かい合う。綺麗なライトグリーンの髪が揺れる妖精のような少女。俺を何度も助けてくれた恩人で、異世界での生活をずっと共にして……そして、俺にとってこのうえなく大切で大好きな女の子。
最後に、告げようと思っていたことがある。
「エル、俺は――」
嫌われても仕方がない話だ。でも、騙したような形のまま終わりたくない。
――俺は男だったってちゃんと伝えよう。
清澄な空色の瞳に目を合わせ、緊張で高鳴る心臓の音を抑えるため深呼吸して準備を整える。固く瞼を閉じ、意を決して開く。
「実は――」
と、言いかけたところで、
「ツバキさま、あのですね……」
エルが言葉を重ねた。彼女もまた、俺に話したいことがあるらしい。
「その……」
視線が交差する。エルはまっすぐに俺を見つめていた。
「――――約束……して欲しいんです。必ずまた会いにきてくれるって……」
俺に向かって小指を立てる。
「お母さんの故郷で行われている誓いの儀式だと聞きました」
「指切りだな。もちろん約束する。絶対にまた会いに来るからな」
手を差し出し、小指を絡め合う。
お互いに指を絡めたまま動こうとしない。エルも、別れが名残惜しいんだろう。
「あの…………」
次いで、エルが小さく言葉を発する。その様子はまるでこれから告白をするかのようだった……なんて考えは、俺の妄想に違いない。
「………………いえ……気を付けてくださいね。ツバキさまは無茶ばっかりするから心配です」
「それは……まあ、大丈夫だ。城崎もついているしな……」
「そうですね。レイカさまがついているなら安心です」
ふふっと笑みをこぼす。そのまま、指を離す。その瞬間、憂いを帯びた表情を見た気がしたが、すぐに笑顔に戻り別れの挨拶をする。
「じゃあ、ツバキさまいってらっしゃいです!」
「ああ……いってきます!」
声を張って別れを告げ、エルの元を去る。姿が見えなくなるまで、エルは手を振ってくれていた。
俺は世話になった高原を下り、王都を目指す。
◇ ◇
「うおおおおおおおん!! エルうううううううううぅぅ!!」
王都行きの馬車を待つ間、俺は泣いていた。正確には山を下る最中もずっと泣いていた。
「高梨くん……エルさんと離れて寂しいのはわかるけれど、そろそろ泣き止んでもらえないかしら?」
城崎は若干引きながら、周囲の注目を一身に集める俺をなだめる。
「ぐすっ、それだけじゃないんだ……俺はあのことを告げられなかったし、それに結局エルは俺のこと……」
「はいはい、タイミングを逃して元は男だって告げて来れなかったのよね」
「ううっ……まあいいんだけど、どうせ言ったら、俺のこと嫌いになるんだろうし……それに最初からお母さんと故郷が同じってだけで特別扱いだったわけで、そうじゃなかったら俺なんか……うぅ……」
「そんなに卑屈にならなくてもいいじゃない。きっと母親の件が無くてもエルさんは温かく迎え入れてくれたと思うわ。本当の気持ちは、本人に聞かないとわからないものよ。また会うって約束したんだったら、そのときにちゃんと告白して尋ねなさいよ」
城崎がいつになく優しい。昔散々ボコボコに殴っていた俺を慰めるなんて転生前だったら考えられない光景だ。
「…………わかった……」
涙を拭い、顔を上げ前を向く。
「クヨクヨしている暇はないわよ。王都ではこの町よりずっと多くのプレイヤー、そしてグループが集まってしのぎを削っているはず。私たちが勝ち残るには、そんな中でクラスメイトを見つけ、一刻も早く体制を整える必要がある。油断ならない状況、当然死ぬ可能性だって高いわ。気を引き締めなさい」
「……わかってる。俺には神様に託された役目があるしな。ゲームで勝って、全員を地球に帰す。その約束も守らないといけないからな」
そのときになったら、改めて俺がどうしたいか考えることにしよう。
見慣れた町を離れ、俺たちは馬車に乗り王都――<アリエス王国>を目指す。
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