第58話 ケモミミもアリだ
「こ、これは……」
白色のビニールカバーの透明な箇所から垣間見えたのは、見知らぬ女性の顔写真と名前。どことなく、面貌がエルに似ている気がする。
そして、どこかで聞いた覚えがある学校名が記入されている。
間違いない――これは生徒手帳だ。
さすがの俺でも、これがここにあることの意味くらいは理解できた。
「エルの母親は……俺たちと同じく地球からの転生者ってことか……」
「それはお母さんが前の世界からこの世界に持ち込んだ物なんです。ツバキさまも同じものを持っていましたよね? だから、わたしはきっと同じところから降臨されたと思っていましたが……どうなんでしょうか?」
「そうだな……多分それは正解だ」
素直に驚いた。エルの母親が俺たちと同じ世界、しかも日本の人間だったとは、奇跡みたいな偶然だな。
ということは、エルは俺の生徒手帳を見つけた時点でそのことに気がついていたのか。ずっと俺を慕っていた理由も、勇者だと信じて疑わなかった理由も今わかった。
「俺にクラスメイトを助けるように勧めたのは、母親と同じ世界から来たやつらが心配だったからなんだな」
「はい、その通りです。お二人以外にもお母さんと同郷の方がいらっしゃるなら、力を貸してあげて欲しいんです」
そういう事情があったのか……なら、
「だったら、エルも俺たちと一緒に王都まで行かないか? お互いに事情があるなら協力できるはずだ!」
なかなかいい考えだと思った。別にエルを一人残して行く必要はないじゃないか。エルを含めて三人でクラスメイト探しを行えばいい話だ。
「それは……」
だが、エルは瞳を震わせて逡巡した。
城崎がそんなエルをフォローする。
「エルさんにはどうしてもここを離れられない訳があるのよ。牧場を放置できないのもあるけれど、それ以上に決定的な根拠が存在するわ」
「それを……また俺に推理しろって言うのか?」
「あなただけでは難しいから、次は私が導いてあげる。感謝しなさい」
城崎は偉そうにふんぞり返っている。少しはマシになったが根本の性格は変わってないみたいだ。
俺の心中を無視して城崎は続ける。
「初めに、エルさんの服装よ。こんなに寒い高原でいつも薄着で過ごしているのは不自然じゃないかしら?」
「それは、生まれたときからずっとここで過ごしているから、慣れてるんじゃないのか?」
「多少は環境に馴染むことがあるかもしれない。でも、限度というものがあるわ。雪国で生まれ育った人だって厚着しなければ寒冷地に耐えられないのよ」
確かに、言われてみればそうだな……
「次に、捌いた牛を保存するのに使用していた建物。牛を冷蔵するためにしては、広すぎると思わない? この小屋より遥かに大きい建物をあんな寒い場所に建てるくらいなら、こちら側をより広くするほうが効果的よ」
「その通りだな。牛を保存するだけにしては妙に広いとは思った」
「だから、あそこは元々別の目的で建築されたと推測したわ。玄関扉が異様に大きく作られていたのも、本来の使用用途のためじゃないかしら」
あの扉は俺の2倍くらいの大きさだったからな。例えば、凄くデカい人が出入りするためだった……と思い至るのは単純すぎるだろうか。
「最後に、五段目のチェストの中身。セーラー服以外にも何か収められていたはずよ」
俺は開けっ放しのチェストに視線を向け直した。雑な作りのふんわりした真っ白な上着が入っていた。
「そういやそうだったな……って、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ!!」
「あら、あなたにそこを指摘されるとは思わなかったわ。珍しいこともあるものね。回答は、あなたが鼻の下を伸ばして温泉に入っている間に確認したからよ」
臆面もなく白状する城崎。エルは「そうだったんですかー!」とのんきなことを言うだけだった。
「 本筋から離れるけれど、そういうあなたはエルさんにきちんと確認を取ってチェストを覗いたのかしら? どうやら初めて見る様子では無かったわよね?」
ぐぅ……人の痛いとこを突くのが本当に得意だな。
エルは顔を赤くして照れながら「べ、別に構いませんよ」と言った。
城崎と言い争いはしたくない、追求するのは止めよう。
「……まあ、それはいいから本題に戻してくれよ」
「……去勢されても変態は治らないのね……。まあいいわ、五段目のチェストに入っていたのは母親が着ていたセーラー服とその上着だけ。セーラー服は大切なもののはず、だからその上着も大切なものに分類されると予想したわ」
「うーん、この動物の毛の塊みたいなものがそうなのか……」
「以上を踏まえれば、答えが見えてくるはずよ」
エルのやけに強い耐寒性。
極寒地に建つ巨人が出入りしてそうな広い建物。
エルの母親のセーラー服と同等の扱いの、真っ白な動物の毛で作られた上着。
「……そうか! そういうことだったのか!」
城崎のヒントを元に導き出せた解答、それは――
「エルの父親は――シロクマだったんだな!」
シロクマが父親だったからエルは寒さに強かったんだ! つまり、実は獣人だったってことだな。エルはケモミミではないが、熊っぽい耳になったエルもアリだな!
そんな妄想をしていると、城崎は虚を突かれたような表情を浮かべた。
「ホッキョクグマ、なるほど、その可能性は否定できない。でも……私の予想とは、少し違うわね……。どちらが正解かは私にもわからないのだけれど……」
「ええっと……ツバキさまも惜しいのですが、レイカさまの考えが正しいと思います……」
え? 絶対そうだと思ったのに外したのか!?
「それはそうよね……。高梨くん、あなたの大好きなファンタジー的発想で考え直しなさい」
別に俺は特別ファンタジーが好きなわけじゃないけど……
でも答えはわかった、つまり――
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