第57話 お願いがあります

「お願いがあります」


 俺が回答するまえにエルが告げた。


「レイカさまと一緒に同郷の方を見つけてあげて欲しいです。きっと皆さんは心細い思いをしているはずです。この間のような危ないことに巻き込まれているかもしれません。とても優しくて、強い心を持ったツバキさまなら、皆さんに手を差し伸べることができると思うんです。勝手なお願いですが、どうかよろしくお願いします」


 エルは俺に頭を下げて、懇願した。


 ……まさか、エルの方から俺にそれを頼むとは……


 俺としても苦境に立たされているであろうクラスメイトを探したい気持ちはある。


 でも……俺は、エルが俺に遠くに行って欲しくない、一緒に居たいと言ってくれるのであれば、ここに残る心づもりだった。


 きっと、俺がここを離れたら、エルは一人ぼっちの生活を送ることになる。俺が知る限りでは、町から遠く離れたこの場所までわざわざ足を運んだのは城崎だけだ。


 エルが酒場の事件の犯人だと勘違いをしたとき、俺は――彼女に寄り添って共に罪を背負って生きるつもりだった。所詮は高校生のあさはかな考えだったのかもしれない。だが、そう思わせるほど俺にとってのエルは、いつも虐げられていた自分の価値を認めてくれて、一緒に暮らすことを温かく受け入れてくれた大切な女性だった。


 そんな彼女が、もし寂しくて離れたくないと言ってくれたのなら、俺は躊躇いなくここに残るつもりだった。


 だから、彼女が自ら俺を送り出す選択をしたのは、予想外だった。


 ……いや、よく考えれば当たり前か、俺は他に住む場所がないからここに泊めさせて貰っていただけで、城崎と王都に進む道が生まれたなら、エルが俺をここに引き留める理由なんてないんだからな。


 言外に落ち込んだ暗い雰囲気が出てしまっていたのか、それを見かねた城崎はため息をついて話しかけてきた。


「まったく、世話が焼けるわね。あのね……エルさんのお願いには、エルさんなりの事情があるのよ。別にあなたを追い出したいわけではない……はずよ」


 途中までは俺を励ましていると思ったのに、どうして最後お茶を濁したんだ。


 だが、事情か……。単にエルが心優しいから俺にクラスメイトを助けるように進言した……訳ではない、と?


「エル、何か理由があるなら俺に教えて欲しい」


「…………ごめんなさい。話すことはできないんです……」


 悔しそうに口を噤むエル。


「クソッ! またルールがどうこうってやつかよ! 俺は、ただエルの話を聞きたいだけなのに……」


 非プレイヤーはプレイヤーに対して話せないことがあるらしい。見えない壁にぶち当たった俺は、行き場のない無念さをドンッとテーブルにぶつけた。


「ひとつだけ、彼女の口からそれを聞く方法があるわよ」


 俺の八つ当たりを見た城崎は、こうなることはわかっていたと言わんばかりに俺に解決策があることを知らせた。


「本当か! その方法とやらを教えてくれ!」


 藁にもすがる思いで城崎に詰め寄る。


 なんだよ……そんな方法があるなら先に言ってくれよ!


 だが、城崎は厳しい眼差しを俺に向け、告げる。


「その方法とは――あなた自身が自力で答えにたどり着くことよ」


「俺、自身が……? そんなの本末転倒じゃないかっ!?」


 理由がわからないからエルに教えて欲しいのに、先に俺が答えを見つけろ、なんて矛盾している。


「ツバキさま……」


 エルは縋るような瞳をまっすぐに俺を見つめる。


「私は既に理由を察しているけれど、それを私からあなたに伝えるのは野暮よね。でも大丈夫、ずっとエルさんと過ごしてきたあなたなら、きっと気づくことができるはずよ。大切に想っているのであれば、エルさんの期待に応えてあげなさい」


 ……そりゃあ、俺だって応えたいさ、でも……俺に、できるだろうか……?


 足りない頭で必死に考える。


 そうだな、例えばこんなとき城崎ならどう考える? 何を最初に思うのだろう……


 チラリと城崎を一瞥する。……相変わらずおっぱいがデカいなぁ……


「はぁ……あなたの視線はバレバレだって前に話したわよね? くだらないことに没頭する暇があったら『エルさんが何故あなたに理由を話せないのか』、真面目に考えなさい」


 いかがわしい目が城崎にバレて非難を浴びた……が、何だか一部を強調したような話し方だったな。


 エルが俺に話せない理由……そもそもそれってなんだ? 城崎に前に教えて貰った法則に引っかかるからだと思うが、確かその条件は……


『過度なアドバイスの例としては過去のゲームに関する情報の共有などね』


 そんなことを言っていたのを覚えている。過去のゲームに関する……それが話せない理由か? 


 でも、なんで……? まったく結びつかない。


 うーん、うーんと長い間唸っていると、俺の様子を伺うのに飽きたのか、城崎はエルと会話を始めた。


「そういえば、エルさんが持っていた刀は凄いのね。私が元いた世界では、溶けずに耐えられる物体が存在しないほどの温度まで上昇させても、固体を保っていたわ」


「あれはわたしの大切な宝物なんですよ。お役に立てて何よりです!」


 そんなに凄いものだったのか!? 確かに、普通の刀だったら溶けてしまうほどの熱気を感じた。


 そういやエルの家のチェストを漁った時、あれだけが他と比べて浮いていた。珍しく、特別高そうな刀だなって感じた。やはり名刀だったのか。


 チェスト、か……。確かあそこには……


「……なあ、エル。チェストの中を見てもいいか?」


 思い至ったことがあるため、もう一度確認したくなった。

 

「はい! 好きなだけ見てください!」


 エルは喜んで促す。普通、他人に自分ちのタンスの中を見られて嬉しい人はいないよな。ここに当たりがあるということだろうか。


 俺は、迷わず五段目の引き出しを開ける。


 そこには前に開けたときと同様にセーラー服が収められていた。


 ――俺はあのとき、これはエルの趣味だと思った。でも……今考え直してみれば、それはおかしい。西洋風の世界観に、こんなセーラー服があるなんて……変じゃないか?


 以前は軽く眺めただけだったが、改めてじっくりと調べるため、手に取った。


 すると、ポケットに何か入っていたようで、それがぽろっと床に落ちた。


 俺は手を伸ばし、それを拾おうとして、裏側が目に入った。


 伸ばしていた手が止まる。俺は驚きのあまり、身体が石のように固まった。


 慎ましやかで儚げに見えるロングカールの少女が微笑をたたえる写真の隣には、角ばった書体で文字が記されていた。




身分証明書

氏名  : 神泉しんせん 紫流しえる

生年月日: 1994年12月12日

住所  : 東京都西区天琳 2-11-3

      ラ・クレイトス 301号

所在地 : 東京都上山区清湾 1-8-4

学校名 : 白桜学園高等学校

学校長 : 俊坂 芳郎


上記の者は本校の生徒であることを証明する。

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