第56話 俺の選択は……

 俺が吹き飛ばした赤髪を第三者が殺害したって言うのか!?


 それでそいつはまだ付近にいるかもしれない……と。


「そいつの目的は何だ!?」


「わからない……でも――」


 城崎が言い終わる前に、珍しく頭が冴えた俺はあることに気がついた。


 待てよ、そうだとしたら――


「エルが危ない!!」


 エルはあの戦闘で気を失ったままだ。俺は一刻も速く戻ろうとダッシュで道を引き返した。


 すぐに元の戦闘場所にたどり着く。


 エルが倒れていた木の根元に駆け寄ると、そこには――


 静かに胸を上下させて、目を閉じて座っている少女の姿があった。先の戦いで身体は汚れているが、大きい外傷は見当たらない。


「良かった……無事だったか……」


 少し遅れて城崎が追い付く。走ってきたようでハアハアと息をきらしている。


「……エルさんが心配だからといって、私を置いていくのはひどいんじゃないかしら……でも、安心した。無事だったのね」


 城崎はエルの前でしゃがみ込むと、「エルさん、申し訳ないのだけれど起きて欲しいわ」と言ってエルの身体を軽く揺すった。


「んっ…………」


 ゆっくりと瞼を開けて、ぼんやり俺たちを眺めるエル。


 少し経つとハッと思い出したように飛び起き、「あの後どうなったんですか!?」と訊いた。


 俺たちは赤髪を倒した経緯を説明するとエルは安堵し、その後、殺されていたことを説明すると驚き、警戒した。


「お二人が無事で良かったです。でも、別の方が潜んでいるのは気がかりです……すぐにここを離れますか?」


「いえ、もう一度、ヴォルドバルドが倒れていた場所に戻りましょう。もう遅いかもしれないけれど……」




 再び赤髪の遺体まで戻ってきた。


「ひどいです。誰がいったいこんなことをしたんでしょう……」


「……不可思議ね。てっきり今の瞬間に奪われたと思った……」


 ショックを受けるエル、そして顎に手を添えて熟考を始める城崎。


「おい……考えてる暇があるのか?」


 俺が発破をかけると、城崎は説明するのが面倒だと言いたげな表情を浮かべた。


「襲撃者はヴォルドバルドを殺した後、すぐに離脱したみたい。その証拠にまだ彼の神器が残っている。それに、エルさんの方にも向かっていなかった」


 確認すると、ペンダントとブレスレットが残されていた。


「この世界における法則『非プレイヤーはプレイヤーを攻撃できない』。だから襲撃者はプレイヤーのはず、けれど……どうして神器を奪わなかったのかしら? 仮に使用制限で使えなかったのだとしても、そのまま残していくのは利口な選択とは言えない。私たちが使えないように破壊したり、チームメイトのために持って帰ったりできるはずよ。まったく手をつけていないのは不可解だわ」


 城崎はその後もしばらく周囲を観察したが、「ダメね。有力な手掛かりは見つからない。ここを離れましょう」と言って、赤髪とベルトスの神器を拝借した。服の中をまさぐったが、リーシェルの神器は持っていなかったようだ。


 俺たちは事件の報告をするためアルージュに向かった。




    ◇    ◇




 その後、以前酒場の前で出会ったフレッドという騎士にすべての報告をした。騎士たちは即座に調査に向かい、結果として酒場で領主を殺害した事件の犯人はベルトスだと断定された。


 ベルトスの遺体が黒甲冑と共にあり、サイズも合致したことが確たる証拠として認められたようだ。


 俺たち三人は、謝礼金として合計三万Gを受け取った。……別に俺らがベルトスを倒したわけじゃないが、遠慮するなと言われたためありがたく受け取ることにした。


 赤髪が行ったプレイヤーの殺害、そして正体不明の者による赤髪の殺害は、王国のあずかり知らぬところとして不問にされた。プレイヤー同士の殺し合いは、あくまで神が管轄するゲーム上での戦いとされ、国や町は一切介入しないとのことだ。




 くたくたに疲れて、ほとんど寝て過ごした次の日、プレイヤーたちの葬儀が教会で執り行われた。


 清められた遺体が収められた棺が並べられ、葬儀は粛々と進行した。


 町の若者の中には、むせび泣き悲しみをあらわにする者が大勢いた。短い期間ではあったが、彼らは勇者として町の人たちと交流を深めていたようだ。


 城崎は取り乱しはしなかったものの、顔を伏せ静かに泣いていた。悲しむのは当然だ、異世界に来てから城崎は彼らと共に生活していたのだから。


 俺としても少しの関りではあったが、賑やかだったプレイヤーたち……ベルトス、クロード、リーシェル、そしてヴォルドバルドが亡くなってしまったのは物寂しく感じた。


 年長者は、ただ黙々と冥福を祈っていた。瞳には戸惑いはなく、よくあることのように、この状況を受け入れているように思えた。何回も神のゲームを経験した彼らにとっては、こんな悲惨な結末でも珍しいものとは感じなかったのだろう。


この町に六人いたはずのプレイヤーは、一日にして俺と城崎のたった二人になってしまった。


 身近にいた彼らの死はこの戦いの厳しさを痛感させた。




 エルの家に戻ると、城崎が俺に宣言した。


「私はこれから王都に向かうことにしたわ。色々あったけれど、私……やっぱり元の世界に戻りたいのよ。もしまた学校に通えたら、以前よりもっと上手にクラスメイトと関われる気がする。それに……ちゃんと向き合って話したい人がいるから」


 刺々しかった昔からは考えられないほど、城崎は穏やかで落ち着いている。異世界に来て数日ではあるが、彼女は何か大きなものを得たようだ。


「そのためには、この世界に降り立ったクラスメイトを探す必要がある。ただでさえ、私たちが渡された神器は弱いし、職業のレベルも圧倒的に劣っているもの。個人の力では勝ち残れない、だから、協力することが不可欠よ。この地域の中心である王都に行けば、クラスメイトの居場所の手掛かりが掴める可能性がある」


 俺は城崎に、神殿で神様に教えて貰ったことを全て話し終えていた。単に会話する余裕ができたからではない、今の城崎なら過酷な現状でも受け入れることができると思ったからだ。


 城崎は俺に視線をよこし続ける。


「高梨くんはこれからどうするの? 私としてはダークホースに成り得る特別な職業を使いこなしているあなたは強力な戦力になるからついて来て欲しいのだけれど……でも、この先の戦いは確実に命がけになる。降りるというのなら、それでも構わない」


 以前の城崎だったら俺に協力を求めるなんてありえなかったな、としみじみ思う。


 城崎の提案を受け入れるのもいい。だけど……


 俺は無意識にエルを一瞥した。危険な戦いは避け、彼女と共にここでのんびり暮らすのも、選択肢の一つだろう。




「俺は――」

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