第55話 俺が終止符を打つ

 現状を確認する。俺は積み上げられた木々からどうにか這い出て、立ち上がった。


 前方10メートルほど先には城崎と赤髪。魔力を切らした城崎は後ろ向きに打ち倒され、赤髪は追撃を狙っている。おそらく、あと一撃も持たない。


 ひとまず、ダッシュで接近して城崎を逃がそうと思ったが、その前に相棒が告げた。


『乳首を上下に挟んでください』


 詳細はわからないが、新技を使えってことだな。


「了解だ!」


 俺の右乳首に人差し指と親指を開いて添えた。そして、指先を近づけるように摘まむ。


 と――俺の右斜め前の空間に、桃色で半透明の真円が大きく投射された。幾何学模様が複雑に重なり合いながら回転し――直径3メートル近い魔方陣が展開される。


 その魔方陣の中央から、とある物体が召喚され始めた。


 魔方陣に対して半分くらいの直径のピンクの円筒。それが表に出てくると、それらのモチーフが明確になった。


「あれは、乳首だな……」


 巨大な乳首に酷似した物体が現れ出た。


 その現実離れした光景に気づいた赤髪は腕を止めて、こちらに注目した。


「ンな……バカな! なんだよあれは……ッ!」


 そして、乳頭にあたる筒内で白光が収束を始める。


 持ち前の直感で異変を感じ取った赤髪は、


「アウトプット! 【ラージシールド】」


 己の身長ほどある分厚い鉄盾を出現させ、両手で掴み徹底した防御の構えを取った。


 光の収束が止まったその瞬間、白色光線が赤髪に向けて超速度で照射された。


 赤髪は自動制御の影響もあるのか着弾地点の丁度中心に盾を向け、全身を飲み込むほどの光の奔流に対し、直撃を避けて抗う。


 発射された光線は途切れることなく、断続的に爆風が伝播する。


「ぐおおおおおおおおおおおッ!!」


  唸り声をあげ、踏ん張った両足がジリジリと後ろに追い立てられながらも、抵抗を続ける赤髪。


 鉄盾が軋み、大地に引きずった跡が残される。それでも倒れずに堪えている。このままでは、照射の終わりまで持ち堪えられてしまうだろう。


 だが――


『マスター――』


「皆まで言うな。わかっている」


 相棒の声を最後まで待つ必要はない。


 霊長目ヒト科ヒト属、万物の霊長と称される人類。太古から進化し、発展を続けてきた人類であるが、変わらない部分もある。


 俺は左手を左乳首の前に動かし――それを摘まんだ。


 そう、乳首はいつだって……だ!!


 俺の左前方に、今なお照射を続ける右方の魔方陣と同規模の陣が展開される。


 そこから乳房の先端を連想させる砲身を召喚し、そして――


「これで終わりだ!」


 盾による防御の範囲外、赤髪の左側面に向けて白色光線を発射する。


 突如現れた2方向目からの砲撃に対抗するすべもなく、蠢く奔流に飲み込まれた。


「くそがああああああああああああッ!!」


 赤髪はうめき声を轟かせながら、盾ごと遥か遠くへと吹き飛ばされた。


 この場には光線によって綺麗な丸形に抉られた地形と樹木だけが残された。


 俺は随分とスッキリした風景を眺め、自身の能力についてたどり着いた答えを悟る。


「なるほどな。『自分の欲望を信じろ』とはそういう意味だったか」


 思えば、最初に【Aジャンプ】と【ちくBダッシュ】を習得した時も同じだった。


 俺は広場赤髪と揉めたとき、スキルが使えなくてごまかした。そして、それをエルが信じてしまったことも含めて、後悔していた。


 その直後、俺は都合よく【Aジャンプ】を手に入れ、空中浮遊が可能になった。


 更に、その時の俺にはもう一つ願望があった。エルが再びミルク販売をできるように協力したかったのだ。


 そして、【ちくBダッシュ】によってそれが可能となった。


 昨日、俺が悩んでいたことは自らの力不足。自分の周りを守れるくらいの力が欲しいと願った。


 その願望に、前々から思っていた乳首から母乳を出したいという希望が組み合わさって生まれたのが先ほどの技だろう。


 つまり、俺の職業【狂信的性癖追求者】の特殊体質【色情狂の渇望】は、欲望を満たすとビーチクスキルにを追加する。


「制限はあるが……上手く使いこなせば、このゲームを最後まで勝ち残ることすら叶えられるかもな」


 あの強敵をついさっき手に入れた一つの能力だけで圧倒してしまった。まだ未知の能力が隠されているとすると、破格の強さだ。


 口をポカンと開けて成り行きを見守っていた城崎は、信じられないものを見たような顔で見つめる。


「い、今のは……いったいどうなっているの!? あなたがやったの?」


「そうだ! 凄いだろう!」


 丸出しの胸を張って自慢した。


 城崎は大きく深呼吸し、話を切り出す。


「……そんなスキルがあるなら、最初からそれを使えばよかったじゃない! どうして使わなかったのよ!」


 若干キレ気味に詰め寄ってくる城崎。


「いや……はじめは魔力が足りなかったらしいし、条件とかも色々あってだな……」


 その勢いに圧倒されて、俺は軽くたじろいだ。


「まあ……その話は置いておくわ。それよりも……」


 赤髪が吹き飛ばされ、更地になった景色の先を見据えて言う。


「ヴォルドバルドがどうなったのか確かめるのが先決ね……」




   ◇    ◇




 俺たちは遠方まで続く照射の痕跡を辿っていた。


「……当初は彼を倒すことができたかが不安だったけれど、こんなに遠くまで飛ばされたとしたら生きているかの方が気になるわね……」


「……レベルアップして身体が強化されてるんだし、多分大丈夫……だろ……」


 極限の状況だったので、そこまで頭が回っていなかった。正当防衛とは言えども、死んでしまっていたら後味が悪すぎるな……


 学校のトラック一周分くらい移動した先に、赤髪の男が木に寄りかかるように倒れていた。


「…………っ!」


 赤髪は多量の血に塗れて一切動かなくなっていた。


 ……やってしまったか……誰かを殺すのは俺の願望では無かったはずだけどな……


 言い訳だけはしたくない。これから先、罪を背負って生きることを覚悟していると……


 城崎は両ひざに手のひらをつけて前かがみになり、遺体を深く観察し始めた。


「……これって、まさかっ!」


 驚愕した城崎は、瞬く間に警戒態勢に切り替わり、顔を上げるとすぐさま周囲を見渡した。


「どうした?」


「気をつけなさい! まだ何者かが近くに潜んでいるかもしれない!」


 城崎は何に気がついたのだろうか。遺体を視認すると首が――明らかに人為的な鋭い刺し傷で開かれていた。


 出血のほとんどは喉から流れたものだった。そして未だに鮮血が溢れ続けている。




「私たちがここに着く前に誰かがヴォルドバルドを殺したのよ!」

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