第45話 ただの憶測よ

 2日前の夜、領主であるアントーレとその息子が酒場で何者かに襲われ、死去したとの知らせを受けた。


 私はどうにも気になって、すぐさま宿を出て現場に向かった。単に好奇心旺盛なわけではない。その日の朝、高梨くんを部屋に呼びエルさんに対する注意喚起を促したことを思い返し、何か関連があるのではないかと疑ったからだ。


 現場となった酒場の前には大勢の人だかりが出来ていた。領主が亡くなったことで先行きに不安を感じる者、悪徳領主がいなくなり歓喜に震える者、嗚咽を漏らして泣いている者。


 私は酒場の入口を見張っていた衛兵に事件の詳細を伺った。


 夕暮れ時に黒い甲冑に身を包んだ人物が酒場から出て路地裏に入った。それを目撃した男は不審に思い足を踏み入れたら見るに堪えない光景だったとのことだ。


「現場を拝見してもいいかしら?」


「構いませんが……ひどいありさまですよ」


 殺人現場を見るのは初めてで恐怖はあった。でも、この目で確認せずにはいられない。訊いただけでは得られない情報がある。この不可解な事件には何が隠されているのか、興味本位に加え……ただの直感だが嫌な予感もあった。


 入口に近寄った途端、サビ臭さが鼻を突き刺した。部屋の中は血で染まっていた。あまりの光景に、私は思わず口元を押さえた。


 最初に目に入った遺体は、出口に頭を向けてうつぶせに倒れている男性。うなじをざっくりと斬られていた。


 そしてテーブル席の手前側、倒れた椅子と地面を這っている男性。刃物が心臓を貫通したようだ。向こう側の席には椅子に座ったまま頸動脈を斬られた女性。


 その他にも目を背けたくなるような遺体が点在している。


 一番目を引くのは、店の奥のカウンター席に座ったまま絶命している緑髪の親子――アントーレとその息子だ。首の後ろをナイフのような刃物で突き刺されたようだ。


「おかしいわね。アントーレは狡猾で抜け目がない男。こんなあっさりと寝首を掻かれるなんて……」


 現場を見てわかったことがある。


 犯人が最初に殺したのはアントーレだ。遺体の状況はカウンターに近いほど動きが少ない。テーブル席では、入口側の男性は椅子を倒し距離を取るだけの余裕があったが、奥側の女性は椅子に座ったまま殺害されている。


 アントーレは奥のカウンターに座ったまま殺されていた。警戒心が強い彼が意表を突かれている点を踏まえても、最初に狙われたのは彼であるのは間違いない。


 つまり、殺人は酒場の奥、カウンターから始まり、入口に向かって順に行われた。入口近くの男が逃げようとしていたところを後ろから斬られていることからも伺える。


 最初にアントーレが狙われた点、彼が特別有名である点を考慮して、犯人のターゲットは彼だったと推測できる。


 犯行の順番、標的は推理できた。


「セオリー通りに詰めるなら、次に考えるべきことは突発的か計画的か……よね」


 これは明白だ。突発的犯行に違いない。


 特定個人を狙うにあたって、わざわざ酒場で殺人を犯すのはリスクが高すぎる。周りに常に人がいてバレないように犯行をするのは困難、出入口が一ヵ所のみで逃走時に町内に出る必要がある、計画的殺人ならここを犯行場所に選んだりしない。


 実際、周りの人間を皆殺しにして強引に口封じには成功したが、逃走時に姿を見られてしまっている。


「……最大の謎がまだ解決できていないわ」


 犯人は甲冑を着ていた。……理解不能だ。不可解にもほどがある。


 前提として、酒場に甲冑で入るのは不自然だ。この町は国境防衛の前線でもなく、強力なモンスターが頻繁に出没する地域ではない。常識として、甲冑を着たまま酒場入りはありえない。狩人が狩りの際に甲冑を着ることはあるが、それでも酒場には脱いでから訪れるはず。


 ――甲冑を着こんだ人物が酒場に入って、カウンターまで押し入った? その時点で衛兵を呼ばれるのは必然よ。ましてアントーレがそんな人物を警戒しないわけがないわ。


 そもそも、犯人はなぜ甲冑を着ていたのか? 仮に計画的犯行だったとしても、甲冑を着る必要はない。酒場の中で重装備が生きる戦闘が行われた形跡は皆無だ。全部一方的な虐殺だった。姿を隠すことが目的なら、全身が隠れる服を着ればいい。金属の塊を身に纏う理由が見つからない。


 入口に戻り、衛兵に質問をする。


「犯人が出るところは目撃されたようだけれど、入るところは誰か見ていたの?」


「いえ、そのような報告を受けておりません。町で犯人らしき人物を見かけたという証言も同様です」


 ……甲冑という目立つ格好で誰にも気づかれず酒場に入ることは可能? 今さらながら、重い甲冑を着たまま逃走できたのもおかしいわ。


 顎に手を当て、熟考する。


 ………………そう、なのかしら?


 思い至った仮定、犯人は


 犯人がプレイヤーだとすると、複数のルートから犯行が可能になってしまう。


 だから、特定条件でスキルを絞り込むことにする。


 奥のカウンターまで忍び込み殺害可能な能力。また、複数神器の組み合わせを考慮するとキリがないので、プレイヤーの所持神器は一つと仮定する。


 テレポート――殺害自体は可能だが、逃走時に徒歩だった理由が説明できない。また、甲冑を着ている理由が特段ない。


 透明化――同上


 高速移動――同上


 時間停止――同上


 唐突に出現する系ではパズルのピースが上手くハマらない。そもそも、今回の事件は突発的なものだったはず。上記能力では状況と結び付かない。


 そして、一つのスキルにたどり着く。


 装備の換装――これなら説明がつく。


 犯人は、店に入った時点では普通の身なりだった。武器も持っていなかった。アントーレが油断した理由にもなる。


 そして、犯行時にスキルで武器を取り出し殺害を開始。甲冑を着たのは姿を隠し、ついでに返り血を防ぐため。


 わざわざ甲冑を選んだ理由は、突発的犯行だったためそれしか身を隠せるものが無かったと予想できる。とにかく、犯人としては酒場を出るときに一時的に姿を隠せれば何でも良かった。路地裏に入った後、スキルを使って装備を解除すれば痕跡も脱ぐ手間も無問題となり怪しまれることなく逃走可能だ。


 つまり、犯人は現場に入った後、甲冑を装備した。


 これはあくまで仮定の話。無理矢理状況に当てはめたに過ぎないが、筋は通っているはずだ。


 それでは……最重要事項の推理を始めるとしよう。


 誰が犯人なのか……だ。


 積み上げた仮定を利用し、プレイヤーであることを前提に推理する。


 最初の分岐、この町で既に知られているプレイヤー――つまり私たち5人+高梨くんか、そうでないか。


「どちらも可能性はある、けど……」


 確率が高いのは……アントーレと関りがある人物。他のプレイヤーの来訪は耳にしていない。仮に町に潜んでいたとしても、表に出ていない勇者にアントーレが接触していたとは考えにくい。一般論として殺人の動機を持っているのは、被害者と関りがあった人物。偶然居合わせた人間を殺害するパターンはそうそうない。


 ――仮定よ。そう、これは仮定の話。真実である……訳がない。


 未だに引っかかるのはアントーレの油断。そして犯人の突発的犯行。


 2人は偶然居合わせた? プレイヤーの来訪は目立つ。アントーレが気づかず、のんきに酒を飲んでいるわけがない。


 だとすれば、どちらかが呼び出した――そしてそれは、アントーレの側からの呼び出しだったのではないか。


 犯人が呼び出したなら彼は絶対に警戒を怠らない。でも、自分から呼び出したのであれば……


 私の脳内に一人のプレイヤーが浮かぶ。


 アントーレが呼び出しを行い、プレイヤーだと知っていても用心されなかった人物。警戒の対象外、まさか自分に襲い掛かるとは思えない性格。


 複数の人間に対して、即座に致命傷を与えることができる腕前の持ち主。


 そして、神器のスキルを未だに開示していない人物。


 私は――ここで思考を停止した。


 こんなことを考えるのは無駄。私が会ったこともないプレイヤーとの揉め事の末に殺害された、とか。複数の可能性が残っている。


 それに――今までの推理には最も重要な要素が抜けている。


 『動機』。これが不明のままだ。であれば、もはや推理とは呼べない。ただの憶測。理由が無ければ人は殺人を犯さない。




「そうよ、ありえないわ。彼が殺人犯だなんて……」

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