第44話 きっとこれは夢だった
「い、いったい何が起こったの!? ここはどこなのよ!?」
唐突に変化した状況に私は困惑し、パニックを起こしていた。
高梨くんにそっくりの態度、喋り方の女性が『俺は高梨椿だ』と宣言した。
神様を自称する少女が、私たちは死んでしまったと告げ、生き返りを賭けた戦いが行われると説明した。
――私は夢を見ているの? まるでファンタジー小説のような設定。私の趣味じゃないのだけれど……
そうだ、夢に違いない。なぜなら現実に神だの、女体化だの、異世界だの……そんなものが存在するわけないのだから。
長々と金髪碧眼の少女の戯言を聞き、カードを配布される。
少女の手のひらに乗せられたカードにはこう記載されていた。
職業 : 【魔法戦士】
スキル: 【
そのカードを受け取った瞬間、私はまた別の場所に立っていた。
見渡す限りの黄金色に染まる視界。小麦畑……だろうか?
図書館に来たと思ったら今度は小麦畑、奇妙な夢だ。
畑の中央に立ち尽くしていると、頭巾を被り全身を布で覆った服装の女性が遠くから急いで駆け寄ってきた。
近年では珍しいほど農家にしては若い年齢。西洋人らしい彫りが深い顔、高く通った鼻筋。
「あんた何やって……おや? 見慣れない格好だこと……。まさか、別の世界から来たのかい?」
なぜか事情を知っていた女性に肯定で返すと、女性は狂喜乱舞で小躍りを披露した。
「神様はおらの畑に勇者さまを降臨してくださった! 今年は豊作にちげえねぇ!」
そのまま、流されるように近くの町に案内された。石造りの建造物に歩道、行き交う人々は伝統的……というより前時代的な服装に身を包んでいる。
歩きながら、妙にリアリティのある街並みに圧巻されていると、ぼんやりと思い浮かぶことがある。
「もしかして、本当に別世界に来たの……かしら?」
しかし、驚嘆や絶望は感じなかった。全身の感覚がこれは現実だと訴えているのに、目の前の光景はタイムスリップをしたような夢見心地な気分を醸し出している。そのバランスのせいか素直に現状を受け入れている自分がいた。
農家、町民、兵士と代わる代わる案内された先は、一軒の建物。話によると、この町で用意できる最上の宿舎らしい。
「後日、勇者さまが集まりましたら、集会場にて歓迎の催しを開きます。それまでごゆるりとお過ごしください」
この宿を管理しているのは一人の女性だった。
宿には先に一人、勇者と呼ばれている少女が到着していた。
「アタシはこんなに大勢の知らない人に囲まれるのが初めてで驚いているけど……それ以上にワクワクしてるの!」
その快活な少女――リーシェルは、前世では他の集落と一切交流がない村でずっと過ごしていたという。
年が近いこともあり、お互いの立場を忘れて談笑し親睦を深めた。
その日の夜、驚くほど顔が整った金髪の青年が私たちに加わった。
「気持ちよさそうだと思って川で泳いでいたら、いつの間にかこの町に着いたんだ。僕はアッシュガルド王国の第三王子クロード。二人とも、よろしくね」
キラッと輝く笑顔であいさつしたクロードだが、彼は川で溺れて流されているところを町内で発見され救助されたらしい。金色の刀身が目立つバスタードソードを所持していたため、勇者と判断されてこの宿に連れてこられた。
リーシェルは顔を赤らめながら、彼をじーっと見つめている。とても惹かれる性格とは思えないのだけれど……うわさで聞いた面食い、というやつだろうか?
次の日の夕食時に私たちは集会場に案内された。追加で二名の勇者が到着したため、伝統に従って歓待を行うようだ。
「ワシは軍の教官をしていたのだ。だが、とうの昔に引退した身でな。隠居して故郷の村で子供たちに指導しておったのだよ」
ベルトスと名乗る老兵は、平気な顔でグビグビと酒を流し込んでいる。いくら飲んでも酔わないのは元来の体質でなく、過去の経験がそうさせていると語った。
会場には、冷静なベルトスと対照的に騒ぎ立てている男がいた。
「アァ? 俺様は勇者なンだろうが! テメーに拒否権はねーよ!」
ヴォルドバルドという赤髪を逆立てた粗暴な男は、酒で顔を真っ赤にしながら女性に迫っている。やれやれと頭を掻きながらベルトスは手慣れた様子で彼を諫めた。
だれもが皆、私がこれまで関わったことのないタイプの人間だった。
「ワシの世界には神が『職業』と呼んでいた概念が周知されておってな。もし馴染みが無いようであるなら、ワシが君たちに手ほどきをしたいと考えておるのだが……どうかね?」
歓待の席でベルトスは私たちに提案した。他の者はヴォルドバルドを含めて全員快諾した。
私としても、その話には興味があったので承諾した。涼しげな顔を見せつつも、普段知り合いと約束して出かける経験が無かったので、心中はほんの少しだけ浮き足立っていた。
次の日、広場で例の彼に出くわすという最低なトラブルの後、町の南西にある草原を訪れた。
「人類に敵対する生物を倒すと経験値が貯まり、それが一定に達すると筋肉量の増加とは別に身体能力が高まるのだよ。『職業』、つまり我々の世界でいう『傾向』は能力変化の偏りを分類した種別であるようだ」
私たちはベルトスの解説を聞いた後、草原近くの畑を荒らしている魔獣の狩りを始めた。平然とオオカミに似たモンスターを斬り捨てるリーシェルとヴォルドバルドに対して、私とクロードは戸惑いながら剣を振っていた。
どうにか魔物を仕留めると、革製の軽装備で固めていた私の身体が軽くなったような感覚があった。これがレベルアップ……私には馴染みのない概念だ。
その後ベルトスさんの勧めで、私たちは経験値稼ぎと
例えば、こんなことがあった。
眼前で、両翼を生やした巨大なトカゲのような生物が翼を休めている。
「あれがワイバーン……。爬虫類? それとも鳥類かしら?」
「ンなこと知るかよ。さっさとぶっ殺して終わらせるぞ」
「よし! じゃあ僕が先陣を切るよ。いくぞ――」
「ちょっ……待ちなさいって! 先にベルトスとレイカの指示を聞いてから……」
「斬・空・剣ンンンンンンンンンンンンンン!!」
クロードのバスタードソードから放たれた斬撃波がワイバーンの片翼を切り落とした。翼を失ったワイバーンは大きな爪を振り回し暴れはじめた。
「バカッ! 一発で仕留める予定だったのにどうしてくれるのよ!」
リーシェルが厳しい突っ込みを入れる。
「どうこう言っても仕方がないわよ。リーシェルはスキルでクロードに魔力補給をお願い。ヴォルドバルドは遠方から弓で足を狙って、私とベルトスさんは無防備なリーシェルとクロードを護衛するわ。あの爪に引き裂かれたら軽傷じゃすまない。絶対に接近しないように」
私は状況を見て指示を出した。この同盟における私の役割は全体の指揮。身体能力、スキル共に他メンバーより劣っている私に出来る唯一の仕事だ。
クロードの胸に手を当てていたリーシェルが私を呼ぶ。
「レイカ! クロードの剣が輝いたわ。もう一回使えそうよ」
「ベルトスさん、少しでいいわ。ワイバーンの注意を引き付けられる?」
全身を隠せるほど巨大な盾を構えたベルトスさんが快く応じる。
「この老いぼれに任せてくれたまえ。上手く誘導して見せよう」
私たちは紆余曲折がありながらも、協力して日々を送っていた。
元の世界から転生してこの世界に降り立った経緯を共有する彼らとは、同じ境遇だったこともあり馬が合った。
大同団結――互いに手を取り合わなければ、前に進めない環境がそうさせたのだろうか。本来は人付き合いが苦手な私でも、不思議と彼らとはすんなり打ち解けることができた。
モンスター狩りでのちょっとしたピンチ、アントーレという領主とのいさかい、共に食卓を囲む一つ屋根の下での生活……そのどれもが私たちの距離を縮めさせた。
いつの間にか『仲間』と呼べるような関係になっていた彼らに対し、私は表には一切出さないが……内心、とても感謝していた。
学校や家庭で疎外され、一人ぼっちで過ごしていたころと比べて、凄く充実している毎日を送れている。彼らのおかげだ。
同時に、高梨くんをいたぶって連帯感を得ていたときの私がひどく醜く思えた。
本物の親愛はこうやって育むものだと、自然と生まれるものなのだと、私は思い知った。
そんな日々の中で、彼らがそれを望んでくれるなら、ずっとこんな日常を続けるのも悪くない……と思い始めていた。
だけど、そんなものは私の独善的な願望でしかなかった。
あの事件がすべての歯車を狂わせた。
そして、これから痛感することになる。神が用意したゲームの実態は苛酷な殺し合いである、と。
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