第29話 バカって言う方がバカだ
「……はあ?」
エルを信じるな、だと? 城崎は何を根拠にそんなことを言うんだ?
「意味が分からないな。俺はお前なんかよりずっとエルを信用してるんだ。エルのことを悪く言うつもりなら許さないぞ」
俺をさんざん虐めてきた城崎の言葉を、おいそれと聞き入れるわけがない。しかも俺をあんなにも信じてくれているエルが怪しいだって? 俺はそんな戯言を鵜呑みにするほど馬鹿じゃないぞ。
「随分と彼女に入れ込んでるのね。もしかして、彼女に好意を持っているのかしら?」
城崎はニヤリと笑って、俺の心中を探りだす。
城崎は嫌なところで勘が働く女だ。俺がほんの少しでもスキを見せると必ず気がついて、そこにつけ込んで執拗に攻めてくる。
変に隠そうとすれば、追いつめられることになるだろう。だから、
「別に構わないだろ。エルはお前と違って凄く優しいんだ。好きになるのは当然だ」
堂々と宣言してやる。嘘偽りない俺の本当の気持ちだ。これなら城崎でもつけ込むことができない。
「ふーん……。あなたエルさんが好きなのね。でも、きっとあなたはすぐに愛想をつかされると思うわ。あなたは救いようのないバカだから」
城崎は偉そうにふんぞり返って俺を見下している。きっと自分の頭の良さに自信があるんだろう。実際城崎は全国でもトップレベルの学力だった。
でも、それがどうした? いくら学校の勉強が凄くても、この世界で活躍できるわけじゃないだろ。少しは知識が役に立つかもしれないが、高校生が受験用に学習する内容を仮に全部暗記したとしても、たかが知れている。
こんなに傲慢な城崎がこれから先うまくやっていけるだろうか? むしろ心配だ。
「城崎、お前は高校では天才と呼ばれてて凄かったかもしれないけど、この世界でも同じだと思うのは甘いんじゃないか?」
これは皮肉ではない。純粋な意見だ。
けれど、城崎は俺にコケにされたと思ったようで、明らかな敵意を向けてくる。
「ふんっ、あなたが私を心配するなんて舐められたものね。安心して、私は凄く頭がいいから。頭が良すぎて困ってしまうくらいよ。あなたみたいなバカの方が人生楽しそうで心底羨ましいわ」
自分は頭がいいと自称する城崎。ここまで自信満々になれるのは、どうしてだろうか。
「さっきから俺のことバカだっていうけど、何か根拠があるのかよ」
城崎はバカって言う方がバカだという法則を知らないのかもしれない。これに言い返せなかったら城崎はバカだ。
「あるわ。あなたは周りの状況が見えてないのよ。今のんきに牛乳配達をしているのがその証拠よ」
「どういうことだ? 牛乳配達することの何が悪い?」
城崎はあきれたようにため息をついた。
「本当に……ここに来るまで一度も頭をよぎらなかったの? あなたがここに居る間、エルさんは――――どういう状況に置かれることになるのかしら?」
エルの状況? 朝一緒に起きて、配達の準備をしてもらって今は……。
――それに気づいた瞬間、頭が真っ白になった。
城崎の言う通りだ。俺はバカだった。
昨日あんなことがあったばかりなのに俺はエルを一人だけ家に残してきた。しかも、その危険性にまったく気がつかなかった。
もし、その間におかっぱ頭が家に踏み込んだりしたら――
心臓がバクバク飛び跳ねる。一刻も早く家に戻らないとエルが危ない。
俺は椅子から立ち上がり、即刻部屋を飛び出そうとしたが、
「待ちなさい」
城崎に腕を掴まれ、止められた。
「離せ! 俺は今すぐ帰らないといけないんだ!」
必死に振り払おうとするが、城崎は離そうとしない。
冷静な瞳でじっと俺を見つめ、落ち着いた声音で俺に告げる。
「エルさんは心配いらないわ。今のはただの確認よ」
「確認とか何が言いたいのかわからないが、エルがピンチなんだ! 行かせてくれよ!」
「落ち着いて、私の話を聞けばエルさんが大丈夫な理由がすぐにわかるわ」
城崎はいつになく真剣な表情で必死に俺を説得する。
そこまで言うなら……何かあるのかもしれない。
深呼吸をして、はやる気持ちを抑え込む。
「…………わかった。でも手短に頼む」
城崎に催促され、いったん椅子に戻って座る。
「まったく、ここまで取り乱すなんて想定外よ。そんなにエルさんのことが大事なのね」
「当たり前だ。それでエルが大丈夫な理由ってなんだよ」
「あなたが理解しやすそうな順序で説明してあげようと思っていたのだけれど……もういいわ。最たる根拠を最初に説明してあげる。アントーレという男とエルさんの因縁はいつからだと思う?」
たしかアントーレはおかっぱ頭の親子の父の方だな。
「だいぶ前からじゃないか? エルの父親が亡くなる前からだと聞いたが」
「その父親が亡くなったのはいつ頃かしら?」
「えーと……エルがまだ幼かったころだと言っていた気がするな」
「そこよ。エルさんは父親を亡くしてから高原に一人で住んでいるのよね? 帰宅中でも、就寝中でもアントーレはいつでもエルさんを襲うことができたはず。彼はこの町でも有数の権力者よ。その気になれば、家来や傭兵を数人を引き連れてエルさんの家を容易に襲撃できるわ。それなのに彼は実行しなかった。それがエルさんの心配をする必要がない理由の一つよ」
……言われてみれば、確かにその通りだ。エルは俺が来る前は一人で暮らしていたと聞いた。
おかっぱ頭がエルに乱暴をしたいなら、いつでもチャンスがあったはず。今まで何も行動しなかったのはおかしい話だ。
「そもそもの話をするわね。アントーレの目的は何だと思う?」
「……エルにひどいことをすること、じゃないか?」
「おおむね合っていると思うわ。正確には『エルさんの父親に対する復讐』、といったところじゃないかしら。父親はもう亡くなってしまったから、今は代わりにエルさんを貶めようとしているの。だとしたら、彼が隙だらけのエルさんを襲わなかったのはやっぱり変よ」
「うーん……俺もおかしいと思うけど、理由が全然思い浮かばないな」
城崎は淡々と続きを述べる。
「彼の言動には他にも不審な点があるの。それらを考慮すれば自ずと解答が導き出せるわ」
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