第30話 エルさんはどちらかしら?

「不審な点かぁ……」


 あのおかっぱ頭はエルにいちゃもんをつけて罵倒していただけに思えるが……。


「昨日の出来事を振り返りましょう。まず、アントーレはエルさんが高梨くんに牛乳を販売させていたことを咎めた」


 なるほど、そこが不審な点だな。


「確かにそれはおかしい話だよな。俺がミルクを売るのになんの問題があるんだよ」


「そう? 私は大問題だと思ったのだけれど。あなたが牛乳を販売するなんて不衛生の極みだわ」


「それはお前の個人的な意見だろ!? 俺はちゃんと毎日風呂入ってるし、歯も磨いているぞ!」


 人の持ち物を触って、○○菌がうつった~! とか言い出して鬼ごっこを始める小学生みたいな価値観はやめてくれ。


「あなたが汚いという話は別にしても、あなたには広場でヴォルドバルドと揉め事を起こした事実がある。『町を管理する立場として、不審人物である高梨くんに商売をさせるのは見逃せない』。この意見は筋が通っているわ」


「それは……そうかもしれんが……」


 結構な騒ぎだったし、厄介者扱いされても仕方がない。あの騒動を見物していた町民の多くは、いまも俺のことを勇者を自称する偽物と思っているだろう。


「そしてもう一つ。『牛乳を飲んでお腹を壊した人がいた』。これもアントーレがエルさんを糾弾する理由だったわよね」


「それこそ言いがかりだ。ミルクを飲んで腹が痛くなるやつはいるけど健康を損ねるほどじゃない。城崎だってそう説明しただろ」


「私たちの常識で考えれば、それが正しい見解よ。でも、この町では牛乳はまだ飲用として広まっていないの。この町の人にとって牛乳の成分は未知の存在に等しい。もし、牛乳を飲んで調子を悪くした人がいたら危険とみなされてもおかしくないわ。アントーレがエルさんを責めるのは無理もない話よ」


 言われてみればそうかもな。城崎の意見は間違ってないと思う。ただ、それにしても、


「さっきからやけにあいつの肩を持つじゃないか。エルが悪いって言いたいのか」


「そうじゃないわ。私が伝えたかったのはアントーレの意見にも正当性があるってことよ。こじつけに近い部分はあるけれど大きく誤っているわけではないわ。本来であればエルさんは品行方正でつけ入る隙がなく、昨日みたいに糾弾するのは困難。でも、あなたというイレギュラーが関わった結果、ウィークポイントが生じてそれをうまく突くことができたのよ」


「……俺が悪いっていいたいのか?」


「否定できないわね。昨日の一件にはそういう側面もあるわ。とにかく、本題はここからよ。ようやく見つけ出した弱点を使ってアントーレがエルさんに与えた罰はなんだったかしら?」


 得意げな顔で俺の意見を伺う城崎。自分の推理を語るときの城崎はいつになく饒舌だ。まるで得意分野について喋るときのオタクみたいだ。


 城崎はたぶんミステリー小説とか好きなんだろうなぁ。


 だが、こういう一面は意外とかわいくもあるな。


 まあいい、質問に答えてやろう。


「エルの商売を禁止することだろ?」


「正解よ。危険物を販売したことに対する処置としては妥当ね。でも、回りくどいわよね」


「俺は城崎の説明の方が回りくどいと思えるんだが……」


 どうして探偵を気取るやつはもったいぶった話し方をするんだろうか。サクッと犯人を言えばいいのに。


 それを聞いた城崎は少し機嫌を損ねたようで、唇を尖らせる。


「あなたがわかりやすいように心がけていたつもりなのだけれど……。だったらストレートに話してあげる。エルさんを貶めたいなら商売禁止を命じてじわじわと追いつめるより、直接辱めを強要した方が簡単じゃないかしら。彼の権力があればそれくらい訳ないわ。実際あの親子は気に入らない相手がいたら、すぐに難癖付けて奴隷にしたり処刑したりしているそうよ」


 ……それもそうだな。そこまでの権力があるなら、エルの弱みを握ったせっかくの好機に便乗して自分の思い通りにしてしまえばいいじゃないか。


 あのクソ息子はエルを奴隷にしたがっていたんだから、クソ父は望み通りに奴隷としてプレゼントしてしまえば良かったはずだ。


「じゃあ、あなたの勿体つけるなという要望に沿って、次に進まさせてもらうわ」


 随分と根に持った言い方をするな。よほど腹が立ったらしい。


「アントーレの処分にはもう一つ回りくどい部分があるの。それは、約束を破った場合の罰則よ。彼は『今後エルさんから物を買った人は処罰の対象にする』、これしか言ってないのよ。物を売った張本人であるエルさんの処罰を真っ先に考えるのが普通じゃないかしら?」


 ……いや、それは誤解だと思うな。


「ああ……城崎は直接その現場を見ていなかったから知らないだろうが、エルを庇った町民がいたんだよ。おかっぱ頭はそいつにムカついてエルの味方をする町民に警告しただけだと思うんだ」


「それくらい知ってるわよ。あなたが帰った後、騒動を見ていた人に聞き込みしたもの。その上で疑問に思ったのよ。帰り際、アントーレは再度エルさんに販売をしないように釘を刺したわよね? その時も彼は町民への警告はしたのに、エルさんがそれを守らなかった場合の処分について触れなかった。本命はエルさんを処分することよね。町民の処罰に強く意識を向けているのはおかしいわ」


「……つまり、どういうことなんだ?」


 色々話を聞いたけど、その先が見えてこない。


「ここまでくれば、あとは難しくないわ。アントーレのエルさんに対する言動の狙い――それはエルさんを精神的に攻撃することよ。商売を禁止すれば、お金が不足して徐々に生活が貧しくなる。耐えきれなくなって誰かに物を売ったら、その人が処分されてしまう。そうやって追いつめる算段だったのよ」


 そ、そんな壮大な計画があったのか! と言いたいところだが、


「考えすぎじゃないか? あいつらがそこまで深く考えてなかっただけかもしれないだろ」


「いいえ、彼は間違いなく策を練って行動しているわ。あなたは知る由も無いけど、私たちは彼に何度も嫌がらせを受けてきたのよ。どれもこれもめんどうで狡猾な罠だったわ……。本当に最悪……思い出したら頭が痛くなってきたわ……」


 城崎は頭を抱えて呻きだした。


 あの男、城崎をここまで悩ませるなんてすごいじゃないか。例の騒動がなければ俺は弟子入りを志願していたかもな。


 悩みこむようすを愉快に感じながら見学していたら、城崎は恨めし気に俺を睨む。


「他人事だと思っているようだけど、あなたも彼の術中にハマりかけていたのよ。たまたま回避できたのはラッキーだったわね」


「俺が? いつ?」


「あなたにスキルを使って自分を攻撃するように過剰に煽ったらしいじゃない。あれは彼が仕掛けた罠よ」


 そんなことあったな。俺は暴力が嫌いだから何もせず、無駄に終わった行動だったが。


「あれは俺をバカにしたかっただけじゃないのか?」


「煽るにしても悔しかったら自分を攻撃しろ、なんて言い過ぎよ。きっとあなたの攻撃を受けた後、極端に痛がってエルさんの良心を傷つけるつもりだったのよ。まるで当たり屋みたいな手口ね。いかにも彼が思いつきそうなことだわ」


 ……一理あるな。もし俺が親子を痛めつけてあいつらが泣き叫んだりしたら、優しいエルは自分が原因で俺が暴力沙汰を起こし、人を傷つけたことを悲しむだろう。その光景は想像に難くない。


 おかっぱ頭がいつもそんな姑息な手段で迫ってくるとしたら……城崎が苦い表情をするのも頷ける。


「なるほど、城崎でも苦労するわけだ……」


「そうね、彼の悪知恵にはさんざん手を焼いてきたのよ……。毎回毎回対処法を考えさせられるこちらの身にもなって欲しいわ」


 深く嘆息を漏らす城崎。それでも、おかっぱ頭に城崎は対抗できているらしい。


 これまでの推理を聞いて感じたことだが――――


 俺は、城崎に対する評価を改める必要があるな。


 今までは、頭がいいといっても塾に通い詰めているガリ勉が成績を誇っているだけだと高をくくっていた。


 でも、今は違う。城崎は冷静に状況を分析し、俺が思い至らなかった点をいくつも指摘した。その指摘はどれも鋭く合理的で、俺は何度も感心させられた。


 とても、つい最近まで俺と一緒に授業を受けていた同級生とは思えない思考回路だ。驚愕に値する。


 城崎は――――俺の予想をはるかに超えた知能を持っているようだ。


「でも、さっきも話したことだけれど、彼は普段気に入らない相手がいたら即処刑するなり直接的な行動をとるわ。私たちにそれをせず嫌がらせを続けるのは、プレイヤーには神器があって抵抗されたら敵わないからよ。それなら――」


 城崎が何を告げようとしているのか、わかる気がする。


「――エルさんはかしら?」


 ……答えるまでもない。父親を亡くしてからエルは一人ぼっちで高原の一軒家に住んでいた。おかっぱ頭はそんな無防備なエルを何故か襲撃しなかった。


 そして、エルがミルクを売ったことに対する罰。あれは精神的に追い詰めるのが狙いだと城崎は言った。


 あの男がエルに対してわざわざ遠回りの手段を用いて嫌がらせをする理由。それってまさか――




「私はあなたに説明した内容をまとめて、こう結論付けたわ。エルさんは並大抵でない強さを持っている、と」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る