第28話 ここがあいつらのハウスか

 いつものカバンを肩にかけて山を下り、町に着いた。


 タイムは19分46秒、ついに20分を切った。


 これから向かう先は広場ではない。


「これがあいつらの泊まっている宿か……」


 町の中でも金持ちが住んでいそうな、広い土地に大きい家がゆとりを持って並んでいる区画。そこに建てられている石造りで3階建ての町宿。そこに5人のプレイヤーが滞在していると聞いた。


 ドアを開け、中に入る。大きめのダイニングテーブル、座り心地が良さそうな2人掛けのソファー、調理前の食材が置かれている台所。


 共有スペースと思われる空間が広がっていた。


 そこでは一人の大人っぽいお姉さんが朝食の準備をしていた。俺の訪問に気づき、声をかけられた。


「旅の方ですか? 申し訳ございません。今この宿は満室なんです」


「いや、俺は食料を売りに来たんだが……」


「あなたがそうなんですか! 話は伺っております。どうぞお入りください。皆様は上階の個室にいらっしゃいます」


 案内された階段を上る。隅々まで綺麗に掃除されている。いい宿なのだろう。


 城崎が俺とエルに提案した方針はこうだ。


『わたしたちの宿までミルクを届けてくれれば少し色を付けた値段で買ってあげるわ。宿の中で取引すればあの男にバレる心配はないし、万が一バレても相手がわたしたちなら簡単には手が出せないはずよ』


 さすが才女と呼ばれるだけのことはある。凄く頭がいい方法に思えた。


 俺たちは生活するための金が少しでも欲しい状況だし、城崎たちは家から出ることなくミルクを買うことができる。ウィンウィンだ。


 日本でもデリバリーサービスが流行っていたからな。ある意味イマドキの販売形態と言える。


 しかもおかっぱ頭に見つからない。現場を押さえられなければ、なんとでも言い訳ができるから安全だ。


 2階には部屋が2つあった。宿の大きさを考慮すると、1部屋12畳はあるんじゃないだろうか。都内なら家賃は10万近くだろうな。


 とりあえず、階段に近い方のドアをノックする。ドタドタとした足音が聞こえ、ドアが開いた。


「うるせぇなァ! 朝早くから俺様になんの用があンだよ! ……なんだテメーかよ」


 しょっぱなからハズレを引いてしまったようだ。中から出てきたのは眠そうにあくびをする赤髪。


「お前もミルクの配達を頼んだだろ。いいから受け取れよ」


 手っ取り早く受け渡しを済ませて立ち去りたかった。また絡まれたら面倒だからな。


「これってあの乳デカいねーちゃんが作ってンだろ? テメーはあの女と一緒に住んでんのか?」


 エルについて質問をされた。こいつもエルに気があるのだろうか? まあ、エルほど魅力的なら無理はないか。


「そうだ。今朝エルが用意してくれたのを持ってきたんだ」


「ハッ! ずぶとい野郎だな。アブねーとこを助けられただけじゃなく養って貰うなんて恥ずかしくねーのかよ」


 どうやら俺をバカにしたかっただけみたいだ。


「悪いと思ってるからこうして少しでもと手伝いをしてるんだ。もう用事は済んだだろ。俺は他も回らないといけないんだ」


「つれねー野郎だな。まあいい、金は払ってやるからまた持ってこい」


 そういうと赤髪は乱暴に扉を閉めた。なんだかんだ言いつつもしっかりミルクは受け取るんだな。気に入っているのか?


 気を取り直して隣のドアをノックした。そして扉が開かれる。


「うむ、ツバキ君かね。朝早くからご苦労だ」


 ガッチリした体格をしている銀髪のじいさん、ベルトスが現れた。


「居候の身だからな。これくらいなんてことない」


 Gゴールドを貰いミルクを渡した。


「ところで、ワシらは今日もモンスターを狩りに行くのだが、ツバキ君も一緒にどうかね? 今日の相手は小物だから昼前には終わらせるつもりだ」


 相変わらず親切なじいさんだ。誘いはありがたいが、断ろう。


「いや、遠慮しておこう」


「ふむ、ヴォルドバルドとの諍いいさかいも落ち着いたと思ったのだが」


 ヴォルドバルド……赤髪のことだな。確かに、さっき会った感じだと俺が同行しても即トラブルにはならないかもな。


 今は他のやつらとも交流があるし、何かあっても城崎以外は味方してくれそうだ。


 だけど……俺にはモンスター狩りをしない理由がまだある。


 それは俺の職業――【狂信的性癖追求者】のデメリットが関係している。


 相棒によるとユニーク職業はレベルが1で固定されてレベルアップしないらしい。つまり、俺がモンスターを狩って経験値を得てもまったく意味がないのだ。


「まあ、気が向いたら参加させてもらうさ」


「ツバキ君に参加する意志がないのであれば無理強いはせんよ。ただ、モンスターを倒して得られる経験値による職業のレベルアップ。その結果生じる肉体の強化は、ゲームの参加者が戦う上で重要な要素になるはずだ。それは念頭に置いて欲しい」


「わかった。その忠告は受け取った」


 ではまた、と告げてベルトスは部屋に戻った。


 俺は3階に上がった。そこには同じく部屋が2つあった。


 ……あれ? 一人分部屋が足りなくないか? 別の宿に泊まっているとは聞いてないが……。


 とりあえず、この階の住人にミルクを渡そうと思い近くのドアをノックする。


「はーい! 今出るね」


 ドアの向こうから活発な声がした。これはリーシェルの部屋だな。


 少し待つと、ガチャっとドアが開けられた。


「おはようツバキ! こんな格好でごめんね」


 リーシェルは――大きいタオルを一枚巻いているだけだった!


 胸元ではひかえめな膨らみが小さい谷間を作っている。簡単に留められたタオルはふとした衝撃ではらりと落ちてしまいそうだ。


 衝撃的な光景に目を見張っていると、奥から誰かの声が聞こえた。


「おや? ツバキさんが来ているのかい? 僕も今そっちに行くよ」


 聞き覚えのあるアホっぽい声する。


「ちょ、ちょっと! アンタ今裸なんだから出てきちゃダメよ! ツバキに汚いもの見せたら許さないわよ!」


 クロードも一緒に住んでいるのか? それに、朝から二人で裸ってまさか……


 お、思わないぞ。俺はクロードが羨ましいとか絶対思ったりしないし敗北感を覚えたりしないからな!


「朝からせわしなくてごめんね。ミルクありがとう。これ受け取って」


 ササッと取引を終わらせ、大急ぎで部屋に戻るリーシェル。


 ……まだ朝なのに気分が落ち込んだ。これが格差社会ってやつか?


 でも多分ここから更に気分は沈むな。次の部屋は城崎確定だ。ひどい仕打ちが待ってるに違いない。


 俺はボス部屋の大きい扉を開く前のように、深呼吸をして精神を落ち着かせた。


 城崎の神経を逆なでしないように細心の注意を払って、コンコンと控えめに扉をノックする。


 すると、数秒も待たずに扉が開かれた。


「あら高梨くん、本当に来たのね」


 意外にも不機嫌でなく、さっぱりとした面構えをしている城崎。


「昨日約束したからそりゃ来るだろ」


 この宿にミルクを届けることを提案したのはお前だぞ。


 俺はミルクを手渡し、金を受け取った。


 もう用はない。さっさと退散しよう。ただでさえさっき仲睦まじいカップルを見せつけられて精神が削られているのに、城崎に追加攻撃を喰らったら立ち直れなくなってしまう。


「ねぇ……。今時間あるかしら?」


 普通の女の子に言われたらウキウキしながら誘いに乗るところだが、城崎のそれは死刑宣告だ。


「悪いが、お前に付き合う時間は無いんだ」


 すぐに断って扉を閉めようとする。


 だが――


「時間、あるわよね? 中に入りなさい。少し話があるだけよ」


 城崎は俺の腕を掴んで部屋に引き込んだ。きっとストレスが溜まってるんだろうなぁ……。


 城崎の部屋は物が少なくシンプルに整理されていた。清潔な部屋からは爽やかな香りがする。


 食事や入浴やトイレは別の場所でするのだろう。置いてある家具はベッド、椅子、姿見くらいだった。


 俺の目を引いたのは壁に掛けられている城崎の制服。それの下に置いてあるスクールバッグ。城崎が異世界に持ち込んだ荷物だ。見慣れているはずなのに、この部屋では凄く異物感がある。


 城崎はベッドに座り、俺に椅子に座るように促した。


 短めのスカートからは城崎の細くてスベスベした太ももが露出している。それをチラチラ見ているとジトっとした目つきをされた。


「もしかして、あなたはその露骨な視線が他人に気づかれていないと思っているのかしら?」


 ……思っていた、とは言えなかった……。


 俺ははぐらかすように本題を切り出す。


「それで、俺を呼んだ理由はなんだ? どうせいいことが起きるわけじゃないのはわかってるんだ」


「あら、ちゃんと学習できていたのね。驚愕に値するわ」


 ムカつく返答をする城崎。いつも隣の席の城崎にバカにされていたことを思い出した。


「少しだけあなたに忠告してあげようと思ったのよ」


「忠告? 城崎が俺にか?」


 裏があるとしか思えない。そんな親切なことをされたことは一度もなかったし。


「同郷のよしみよ。私には関係ないことだけど、あなたにとっては重大なことだろうから特別に進言してあげようと思っただけよ」


 城崎に情というものがあるのだろうか……疑わしい。


 でも、話を聞くだけならタダだし聞くだけ聞いてみようかな。


「それで、俺に何を忠告してくれるんだ?」


 城崎は俺を真っすぐに見つめて、冷静な口調で話を始めた。




「私はエルさんを信用しすぎないほうがいいと思うわ。彼女には何か大きな隠し事があるはずよ」

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