第24話 俺を見くびるんじゃねぇぞ
「ツバキさま! ダメです!」
エルは驚き、俺を制止するための声を張り上げた。
でも……悪いな。俺は止まるつもりはない。エルがひどい言葉で傷つけられているのを、ただ黙って見ているだけなんてできるわけがない。
俺が飛び出ても状況は好転しないかもしれない。それでも、文句を言いたい。少しでも可能性があるならそれでいい、俺はエルの助けになりたいんだ。
壮年の男はゆっくりとこちらを振り向いた。
「おや? 随分と威勢のいいお嬢さんですね。もしかして、あなたが噂の偽勇者ですか?」
「偽物ではないが、お前の予想した女であっている」
やはりそうか、と男はにんまりして呟く。
「それで? 偽勇者サマは突然勇み立ってどうしたのですか?」
「俺はお前らに言いたいことがある。エルは優しいし良い子なんだ。だから、エルを陥れようとしたり、ふざけたことを抜かしたりするのは止めろ」
「ハッハッハ! かっこいいことを言いますねぇ! まるで本物の勇者みたいだ!」
壮年の男はからかうような笑い声で俺を嘲る。
かっこいいわけがないだろ。だって俺はただこの場に立っているだけだ。
「私たちにどうしろと言うのです? もしかして、偽勇者サマは私たちに謝罪して欲しいのですか?」
「そうだな。悪いと思ったなら謝ってくれ」
「アッハッハ! 偽勇者サマは私を笑い死にさせたいようですねぇ! 謝るわけがない。そこの危険な化け物女は大好きな家畜のように私たちが管理してあげると言っているんです。何か問題があるんですかぁ?」
まだ口が減らないようで、矢継ぎ早に中傷を続ける。
「そうだ! そこの女が大切なお友達だというなら、寂しくならないようにあなたも一緒に入荷してあげましょう! ああ、私はなんて慈悲深いのでしょうか!」
腹を抱えて言いたい放題攻撃的な言葉を吐く壮年の男。
息子らしき若者もそれに続く。
「え? 2人も僕様に買ってくれるの? 2人同時は初めてだから、ちゃんと調教できるか心配だなぁ……」
ニチャアと糸を引いた唾液を見せながら、俺とエルの体を嘗め回すように交互に見つめる息子。
オエッ……そういう目で見られると吐き気を催すな。元男でもいける口か? 俺はそういう趣味はないぞ。
それはエルも同じ――いやそれ以上に嫌悪感があるようで、震える両腕で自らの身体を抱きしめ、目を逸らした。
俺は城崎のおかげで罵倒されるのは慣れっこだが、エルは耐性がないみたいでひどく怯えている。これ以上好き勝手言わせてたまるか。
「俺のことは好きに言ってもいいが、エルを傷つけるのは止めろ!」
「はあ……若いですねぇ……。止めろ止めろと叫ぶだけで、相手を止めさせることが出来たら人生苦労しませんよ。私を黙らせたいなら……そうですねぇ……実力行使に踏み切ってみてはどうでしょうかぁ? あなたが勇者サマなら素晴らしいスキルをお持ちなんでしょう? それを使って私たちをボコボコにしてしまえばよいではないですか! もっとも、あなたにスキルが使えたら、ですがねぇ!」
「お父様、それは無理だよ。だってそいつは偽物なんだよ。スキルなんか使えるわけないって!」
ゲラゲラと大笑いをするおかっぱ頭の親子。
こいつらは俺がスキルを使えないと思っているが……
実際は使える。
この世界ではプレイヤー以外の人はスキルのような特別な力を持っていない。【ちくBダッシュ】の高速移動中にドロップキックをお見舞いすれば、簡単にやっつけることができるだろう。
「さあさあ、早くスキルを見せてくださいよぉ! 偽勇者サマぁ!」
したり顔で煽り立てる壮年の男。
――ふざけるな! 俺を見くびるんじゃねぇぞ!
「俺は――――スキルを使わない!」
「なに……!? ……使わない、じゃなくて使えないの間違いでは? 物は言いよう、ということでしょうか。いやはや、偽勇者サマは嘘がお得意ですねぇ!」
「……お前らがいくら俺をバカにしても、言葉だけじゃ俺はスキルを使わないぞ!」
当たり前だろ、だって俺は――
「俺は暴力が嫌いなんだ! お前らが俺やエルに手を出していないのに、自分から一方的に殴り掛かるなんてありえない!」
俺はいつも放課後の教室で集団リンチされていた。どうして自分がそんな目にあうのか、全く見当もつかない。
……城崎は俺の言動がおかしいからだというけど、俺自身では何が悪かったのかわからなかった。
それなのに、俺はいつも殴られ蹴られた。集団という強い力には逆らえなかった。
城崎は言っていた『相手が悪い行いをするたびに痛みを与えれば、そいつはきっと必死に正しい行いをしようとするだろう。動物の調教と同じ、人にも応用できる相互理解のための一番簡単な方法だ』と。
他人に言葉を使って自分の考えを理解させるのが難しいのはわかる。それと比べて、痛みを与えるのは簡単だ。攻撃すればいいだけ、ドラクエならAボタンを連打するだけだ。
でも、俺は何回リンチされても城崎たちの主張を理解することができなかった。ただ身体が痛むだけ。だから、暴力で自身の意見を伝えるのは間違っているんじゃないかと思ったんだ。
俺はスキルを使って目の前のおかっぱ頭の親子を攻撃したりしない。本当にムカつくやつらだが、それでも強い力を使って相手を無理矢理従わせようとすることは意味がないと信じているからだ。
まあ……こいつらが俺たちに危害を加えるようであれば、この限りではないが。それでも最小限に留めるつもりだ。過度なダメージを与えることはしない。
「……暴力が嫌いだなんて言い訳がお上手ですねぇ! 意気地なしなだけではないですかぁ?」
そう言った壮年の男の表情は、少し不満げだった。
……なんかわからないが俺の非暴力の姿勢はこいつに効いたみたいだ。
まさか俺に殴って貰いたいのか。Mなのかな?
「じゃあ、あなたはいったい何のために私たちの前に現れたのですか? わがままを喚いているだけで、その女の役に立っていないじゃないですか!」
うぐっ……それは耳が痛い話だ。
「そんなことありません! ツバキさまはわたしに勇気をくれました! アントーレさまの処罰には賛成できないと言ってくださったんです! ツバキさまがそう言うのであれば、わたしもアントーレさまのご意向に従うことはできません!」
エルが珍しく強い口調で必死に擁護してくれた。先ほどまでの弱った姿から回復してくれたのは嬉しいけど……。
おかっぱ頭の親子とエルは睨みあっている。まさに一瞬即発だ。
……すまない。俺はやっぱり状況を悪くしてしまったようだ。
――そして、どうやら悪状況は悪状況を呼ぶようだ。遅れて到着した第三者の声が轟く。
「オイッ! なんだかおもしれーことになってンじゃねぇか! 俺様も混ぜてくれよ!」
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