第23話 エルは俺の恩人なんだ
エルは足元に視線を落とし、何かを堪えているようだ。
緑髪でおかっぱ頭の男たち――あいつらがエルを見る目はひどく気にいらない。
広場で何をしているんだ?
とりあえず状況を把握しようと思い、俺は群衆に紛れて様子を伺う。
壮年の男がエルに言葉を投げかける。
「今までは寛大な措置であなたを見逃していました。私は特別にこの町でほそぼそと商売をすることを許可してあげていたんです。あなたの父が私にした仕打ちを顧みれば、かなりの恩情をかけていたつもりですよ」
でも、と男は続ける。
「最近ある噂を耳にしました。あなたが勇者を騙る不届き者を利用して怪しげな液体を大量に売りさばいている、と。これは由々しき事態だと思いませんか? この町を管轄するものとして見過ごすことはできませんよねぇ?」
男はニタニタしながらエルに詰め寄る。理由は何でもいいから、ただエルを糾弾したがっているように思えた。
どうやら俺がミルク配達をしたことが気に食わないらしい。
エルは震えていた拳をぎゅっと握って必死に弁明する。
「わたしがミルクの販売を頼んでいるツバキさまは本物の勇者さまです。それに、ミルクはちゃんとした飲み物です。販売しても問題はありません」
だが、その男はエルの言葉に耳を傾けるつもりは無いようだ。ニヤリと笑って、あらかじめ準備していたかのように
「でも、その女は勇者の証たるスキルを使えなかったそうじゃありませんか。それだけではありませんよ。あなたが作った飲み物を飲んで腹を下したという方がいらっしゃったんです。町民の健康を損ねたと聞いては黙っていられません。何か、悪いものでも入れていたんじゃないですかぁ?」
「確かに……一部の方はミルクを飲むとお腹を下しやすくなるとは聞いていました。でも、それは悪いものが入っているからじゃないんです! そういう人でも温めて少しずつ飲めば大丈夫だとお父さんが言っていました!」
「よりによって、あなたの父がねぇ……。私には到底信じられない戯言です。やはり、先ほど申し上げた通りあなたは今後この町で物を売ることを禁止するべきだと判断しました」
「そ、そんな……」
理不尽なほど厳しい宣告を受け、エルは身を震わせる。
……エルとこの男には何か深い因縁があるみたいだ。
その内容はわからないが、どうやら俺のせいでエルは業務を禁止させられそうになっているらしい。
現況を伺っていたが、かなりまずい状況のようだ。名乗り出るべきだろうか? でも場を荒らして余計エルに面倒をかけることにならないか……?
広場で赤髪に絡まれた一件を思い出す。俺はこういうとき他人の怒りを買いやすいタイプだと自覚がある。こんな性格だから城崎も俺に苛立って虐めをエスカレートさせたのだろう。
俺がここで飛び出したらもっとひどいことになるかもしれない。
そう思って踏み出そうとした足を踏みとどめた。まだ様子を見よう。
その時、傍にいた男が声を上げた。
「お待ちくださいアントーレ様! それはあまりにも酷な処置ではありませんか? 僕はエルさんが問題を起こしたとは思えません!」
「そうだそうだ!」と周囲の人も賛同する。町の人はエルの味方をしてくれるようだ。
おかっぱ頭の男はその煽りを受けて、チッと舌打ちし町民に向けて宣告する。
「貴様ら……。町の長である私に逆らうのか? それがどんな結果になるのか覚悟しているのだろうなぁ?」
その言葉を受けて、非難していた町民は全員黙り込んでしまった。この男はよほど強い権力を有しているようだ。
「今後この女が作った物を買ったやつは処罰の対象とする。そこの男、構わないな?」
最初にエルをかばった男は、おかっぱ頭に睨みつけられ「はい……」と短く答えた。
その光景を呆然と眺めていたエルは、か細い声で質問した。
「どうしてこんなことをするのですか……?」
「どうして、だと? それはあなたが悪いからですよ? あの化け物が死んだ後、すぐにでも処分してやりたかったところですが、当時多くの方がまだ幼いからという理由だけであなたをかばった。だからひとまず見逃してあげました。その後も素行に問題が見られなかったから口出しはしませんでした。でも、今回あなたは怪しい女を町に送り付けて、あろうことか危険な飲食物を販売させていた。せっかく私が情けをかけていたのに、それを裏切ったのはあなたですよ!」
そんな暴言に対して、エルは納得がいかないという顔で反論する。
「でも、昔はミルクの販売を認めていたじゃないですか。お父さんがいたころは問題にしていなかったはずです」
「うるさいッ! あの化け物が手に負えなかったから仕方なく認めていただけだ! それに健康被害があったのは今の話、昔は関係ない!」
男は口調を荒げて激高した。
どうする? 割って入った方がいいのか?
けれど……きっと俺には何もできないだろう。それどころかエルは、俺が事を荒立てるのを望まないかもしれない。余計なことはせず黙って見ているしかない……のか……?
「わかりました、ミルクの販売はやめます。だから、せめて今までと同じ物を売ることは許していただけませんか?」
エルが下手に出たのがよほどうれしかったのだろうか、男は口調を戻して憐れむような態度を見せる。
「そうですよねぇ……。何も売ることが出来なくては生活に困ってしまいますよねぇ……。はてさて、どうすればいいんでしょうか?」
そこに――男の隣で愉快そうに会話を聞いていた、もう一人の若い方のおかっぱ頭の男が下卑た視線をエルに送りながら口を挟んだ。
「お父様、だったら僕様にその女を飼わせてよ。エサも用意するからさ。良い体してるし裸にして首輪をつけて動物みたいに散歩させたら愉快だと思うんだよね」
「ハッハッハ! いい考えだトーニ! あの化け物の子供にはふさわしい末路ではないか!」
――ブチッと脳内の血管が切れたような感覚があった。
許せない。エルは良い子なんだ。身元不明の俺を手厚く看病してくれて、広場で情けない姿を見せたけどそれでも慕ってくれて、お金に余裕がないのに嫌な顔一つせず歓迎してくれた。
あんなにも優しくて温かいエルを罵倒し、いつもの笑顔を曇らせたのが許せない。
そして今、ふざけたことを抜かしたあいつらがどうしても許せないんだ!
あいつらとエルの因縁なんか知ったことではない。俺に何ができるかなんて、もうどうでもいい。余計なお世話かもなんて考えるのはやめた。
たまらなく、文句を言わずにはいられない。躊躇せず足を踏み出して叫んだ。
「おいッ! 俺の恩人にふざけたことを言うんじゃねぇよ!」
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