第19話 騒がしい奴らだ

 この金髪は確かプレイヤー集団にいたやつだな。


 ぼーっと眺めていると金髪は何か思い当たったように口を開いた。


「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はクロード・アッシュガルドと言うんだ。君の名前は?」


「俺はツバキだ」


「ツバキさんと言うんだね。うん、いい名前だ」


 人が良さそうな爽やかスマイルで話しかけてくるクロード。(心は)男の俺がつい目をそむけたくなるほど、こいつは顔が整っている。某事務所がセンターで売り出しそうなレベルだ。


「それで? 俺に何か用か?」


 買い物が終わったならどっか行ってくれとでも言いたげに告げる。別に一緒にいると敗北感を覚えて精神的に辛いと思ったわけではない。決して。


「実は広場で待ち合わせをしているんだけど、相手がまだ来ていなくてね。そしたら、この白い飲み物をおいしそうに飲んでいる人を見かけたんだ。気になって声をかけたら、ここで売っていると言われて買いに来たんだよ」


「へぇー」


 訊いてもいないのに経緯を話してくれた。正直どうでもいい。


「ところで、この飲み物はいったい何なんだい? 白色の飲み物は初めて見たよ」


「知らないのか? それはミルクだ」


「ミルク……やっぱり聞いたことが無いね。どんなものなのかな?」


 こいつミルクを知らないのか? 世間知らずのおぼっちゃんってやつかな。


「牛の乳を搾って出すんだ。乳を握ると凄い量が出てくるんだぞ」


 俺はこのイケメンにミルクでマウントを取った。


「なるほど、ウシというモンスターの母乳ということだね。興味深い」


 クロードはじっくりとビンを眺めた後、ポンと蓋を外した。ここで飲むつもりなのだと思ったが……


「…………」


 ビンの飲み口を見つめたまま硬直している。何してんだ?


 一向に動かないクロードを見かねて声をかけた。


「飲まないのか?」


「……いや、味は気になるんだけど、少し気がひけてしまってね」


 見たことない飲み物を前にしてビビってるようだ。まあ知らない動物から出したと聞いたら無理もないか。


「いいから飲んでみろよ。ひどい味じゃないはずだ」


「そうは言われても……。なかなか決心がつかなくて……」


 こいつ顔はキリッとしてるくせに意外と小心者なのか?


 そのあとも、クロードは匂いを嗅いだり、軽く振って見たりして飲もうとしない。さっさと飲めよ。


 その様子を見てじれったくなった俺はたまらず話しかける。


「大丈夫だと言ってるだろ? いいから早くしろよ」


「うーん、それはわかってるんだけど……」


 クソッ! なんでくだらないことで精神を摩耗しないといけないんだ! 早く帰りたいのに無駄に気になるじゃねぇか!


 ……わかった。無理矢理飲ませよう。


「おいクロード、目を閉じてくれないか?」


「目を? どうしてだい?」


「ちょっとしたサプライズがあるんだ。少しでいいから頼む」


「サプライズ? 何だろう楽しみだな」


 そう言ってクロードは目をつぶった。こいつ人を疑うことを知らないのか? ちょっと心配になったぞ。


 俺はクロードが握っていたビンをサッと奪い、クロードの口にミルクを勢いよく流し込んだ。


「――――ぐ、ゴホッ!? ゲホッ、ゴホッ……」


 クロードは思いっきりむせて口や鼻からミルクを垂れ流した。


 しまった、やり過ぎたか。


「……ふぅ。まったく、びっくりしたじゃないか」


 汚れた顔を服の袖で拭うクロード。……さすがに怒っただろうな。


「でも……うん。このミルクという飲み物は甘くておいしいね。気に入ったよ」


 俺の強行を意に介せずクロードは残りのミルクをゴクゴク飲み始めた。


 あれで怒らないのか……。もしかしていいやつなのか?


 ミルクを飲み干すとクロードは改めて俺に視線を向ける。


「前に広場であったときも思ったけど、ツバキさんは面白いことをする人だね。君みたいなタイプの人は初めてだよ」


 感心したように語るクロード。こいつの中で俺はおもしれー女にカテゴライズされたらしい。


 ニコニコしながらじっと俺を見つめてくる。俺は何故か気分が悪くなってきた。言い表せないが、なんかこう……嫌な感じだ。


 居心地の悪さを感じていると、遠くから誰かが駆け寄ってきた。


「こ、ここにいたのね、クロード! 待ち合わせ場所にいなかったから探したわよ!」


 急いでいたようでハァハァ言いながら膝に手をつく青髪ポニーテールの女。こいつもたしか……。


「ごめんよリーシェル。ツバキさんに相手をしてもらっていたんだ」


「ツバキさん……?」


 俺に気がつき、注目する青髪。


「あれ? アンタ、ヴォルと揉めてた子じゃない。ねぇ、クロードと何してたの?」


「何って言われてもな……」


 俺はこいつと何をしていたんだろう? 返答に困るな。


「ツバキさんは僕にミルクという飲み物を売ってくれたんだ。はい、これはリーシェルの分だよ」


 代わりに回答してくれた。ついでに確保していたミルクを渡している。天然っぽいが、さりげない気配りができている。


「ありがとう! ミルクかー、この世界では初めて見たわ。アンタが作ってるの?」


「売ってるのは俺だが、牛を育ててるのは別のやつだ」


「ふーん、そうなんだ」


 リーシェルと呼ばれた女はビンの蓋を開けると、そのままミルクを飲み干す。


 こいつはクロードと違ってミルクを知っているようだ。いや、それが当たり前だよな。この金髪が世間知らずなだけだろ。


「ぷはー! これおいしいわ。いい牛を育ててるわね」


「わかるのか?」


「まあね。アタシは酪農したこともあるから。ここに来る前は生まれ育った村でずっと生活していたの。その村で牛の飼い方も習ったわ」


 エルとは違ってサッパリした印象だが、同じ村娘のようだ。当たり前だが、おっぱいはエルよりも小さい。というか俺よりも小ぶりじゃないだろうか。


「僕はこの世界に来る前は、シュロムカルドスと呼ばれる世界の中のサムラアダムスグル地方の南東に位置するアッシュガルド王国の人口約2000万人の首都アセルブルグデルムのマゼスダルバラ宮殿で生活していたんだ」


 ……こいつ今なんて言った? まったく頭に入らなかったぞ。


「まったくもう、そんな長い名前一度に覚えられるわけないっていったじゃない。クロードは王子だったらしいわ。宮殿で生活していたから世間知らずなところがあるのよ」


 この男、ガチで王子だったのかよ。ミルクがわからなかったわけだ。


「ああ、なるほど。それはさっき体験した」


「大変だったでしょう! この前なんかお金持ってないのに店のパン食べたのよ!」


「まあまあ、それは反省したじゃないか」


「それだけじゃないの! 自分で服は着替えられないし、ちょっと目を離したら勝手にいなくなるし、買い物を頼んだら全く別の物を自信満々で買ってくるの!」


 それはやばい奴だな! こいつ顔はイケメンなのに残念過ぎるだろ……。


「ごめんよリーシェル。僕も早くこの生活に馴染めるよう努力するよ」


「まったく、世話が焼けるんだから……。…………たまにはかっこいいとこもあるんだけど……」


 青髪はうんざりしたように呟いた。最後の方は声が小さくて聞き取れなかったな。


 青髪は気を取り直したように顔を上げ、こちらを向いた。


「あいさつが遅れたわね。アタシはリーシェル。アンタはツバキで良かったわよね?」


「そうだ。よろしく頼む」


「ツバキも勇者なんだっけ? そのことでヴォルと揉めてたけど実際はどうなのよ」


「俺も勇者だ。城崎と同じとこから来たんだ」


「シロサキ……レイカの二つ名だったかしら。レイカはアンタの話は一切しなかったけど……。まあいいわ、ここで嘘をつく理由も無いし信じるわよ」


「僕は初めから疑っていなかったよ。少し浮くことができるスキルが使えるんだよね」


 それは嘘だったが……今は【Aジャンプ】があるからまるっきり嘘ではないな。それをクロードが信じたのはいいやつだからか単純にアホなのかはわからんが。


「僕のスキルは【斬撃波】だよ。剣から斬撃を飛ばせるんだ」


「ちょっ……! それ軽々しく言っちゃダメだって散々教えたじゃない! もう忘れたの!?」


「あっ……。でもツバキさんはスキルを僕たちに教えてくれたから、僕が教えないのはフェアじゃないと思ったんだ」


「まーた取ってつけたような言い訳して……。それにアタシはツバキの浮くスキルが本当だとは思ってないわよ。まあ、もう遅いしいいけどね」


 思わぬところで新しいスキルの情報を手に入れた。斬撃を飛ばせるとか、いかにも勇者みたいでかっこいいな。使い手はアホみたいだが。


「アタシたちはそろそろ行くわ。みんなで集まってモンスターを狩りに行くのよ。ツバキも……一緒には無理よね」


「なんだ、赤髪もまだ共に行動してるのか?」


「そうよ、アタシも意外に思うけど、ヴォルも一緒にベルトスさんの教習に参加するわ」


 広場で俺を助けたベルトスというじいさんの試みはまだ続いているらしい。赤髪がずっと一緒なのは意外というか、もはや不気味だ。


「それじゃあね。暇があれば牧場にも行ってみたいわ。また会いましょう」


「またね。ツバキさん、またミルクを貰いに来るよ」


 空のビンを俺に手渡して二人は去っていった。騒がしい奴らだったな。特にクロードが。


 俺もミルクは売りさばいたし、家に戻るとするか。




 そういえば城崎はどうしてるのか聞けばよかったな、とか考えながら帰路に就いた。

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