第20話 少しくらいなら問題ないか

『マスター、そろそろ魔力が枯渇します』


「もう切れるのか、今日は早いな」


 帰り道を半分過ぎたくらいで相棒からストップがかかる。魔力切れだ。


 往路は町まで一直線のルートを辿るが、復路はエルが普段使っているのと同じなだらかなルートを辿る。


 なぜかと言えば、Aジャンプでは高い崖を降りることはできても、登ることができないからだ。ジャンプして落下すれば崖下まで100mくらいあっても無傷で降りることができるが、逆にジャンプ時の上昇は最大でも7m前後。


 だからエルの家から一直線で町まで降りる高低差が激しいルートは帰りには使えない。ダウンヒルは得意だが、ヒルクライムは苦手だ。


 なだらかな道であれば【ちくBダッシュ】が活きるので、帰り道はダッシュのみ使用する――が、今日は魔力切れを起こした。


「昨日は1往復分持ったんだけどなぁ」


 俺の魔力量はその日の調子によって変わる。昨日は『普通』、今日は『不調』だ。


 魔力の回復手段は時間経過。調子が良かったり、食事をしたり、寝たりすると回復速度が早くなる、らしい。全部相棒の受け売りだ。


「残りの道は徒歩で帰るしかないか……」


 全体の半分とはいえ1時間30分近くも坂を上るのは、やっぱ辛えわ。




    ◇    ◇




「おかえりなさい、ツバキさま!」


「ただいまだ」


 家に戻るとエルが温かく迎えてくれた。まるでお嫁さんだな。ふへへ。


「その……ミルクは、買って貰えましたか?」


 エルは不安そうに俺に尋ねた。


 昨日もこんな調子だったな。久しぶりに売るから心配なようだ。


 俺は意気揚々と空のビンだけになった鞄の中をエルに見せた。


「どうだ! 全部売れたぞ!」


「し、信じられませんっ! つい先ほどおでかけになったのにもう帰ってきて、しかも全部売り切るなんて……! ツバキさまは凄いです!」


 朝に家を出て、戻ってくるまで約2時間30分だった。片道3時間かけて歩いていたエルからしてみればありえない速度だろう。


「まあ、確かに俺のビーチクスキルは凄いが、それだけじゃないぞ。エルのミルクが旨いからみんな買ってくれるんだ。町には販売をずっと待ち望んでいた奴らが大勢いたぞ」


「それは本当ですか! 皆さんが喜んでくれたなら、わたしも嬉しいです。ツバキさま、手伝ってくれて本当にありがとうございます」


 改めて礼をされた。礼をすべきなのは俺の方なのにな。エルには返しきれないほど恩がある。必要ならいくらでも体で払ってやるさ。


 というか、もし相手がエルだったら喜んで体を払うぞ。もちろん性的な意味で。


「わたしはこれから町に向かいます。ツバキさまはゆっくり休んでいてください」


 エルは愛用のかごにバターとチーズを入れている。今日は町に行く日のようだ。


「俺は昼飯を食べて少し休憩したら、もう一回ミルクを売りに行くつもりだが、そのとき一緒におぶって連れて行こうか?」


 3時間くらい休憩すればある程度魔力がたまるはずだ。町までの片道分ならスキルを使えるだろう。


「1日に2回も往復するんですか!?」


「ああ、早く金を貯めたいんだ。別に構わないだろう?」


 昨日エルにはミルク販売で得たGの半分は俺が貰うと宣言した。


 ――が、もちろんそのGは自分の物にするつもりが無い。全部エルに渡してロバを飼うお金として使って貰う予定だ。


 エルのことだから最初から全部渡すと話したら、俺が稼ぎに出かけることに反対するに違いない。だからGの半分は俺が貰う約束をし、俺が稼ぎたいからやる、という建前でミルクを売り始めた。こうすればエルが俺に対して強く反対することができないからな。


「そうですけど……。くれぐれも無茶はしないでくださいね。また血だらけで帰ってきたらダメですよ」


「大丈夫だ。もうダッシュ中にジャンプしたりしない」


 あれは危険行為だ。二度とやらないと誓った。


「あと、おんぶは必要ないです。ツバキさまの負担を増やしたくないんです」


「そうか……わかった。じゃあまたあとで会おう」


「はい! 行ってきます!」


 両手にかごをぶら下げて町に向かうエルを見送った。俺が家に残ってエルを見送るなんて新鮮だな。


 さてと、俺は昼食前にひと眠りしよう。朝早かったから眠くて仕方ない。




    ◇    ◇




「ふぅ……」


 食後にコーヒーを飲んで一息つく。この世界でもコーヒー豆は出回っているようだ。焙煎された豆を挽いて布でろ過すれば飲むことができる。


 至福の時間だ。


「もう少し休憩したら出発するか……」


 でも……やることがないんだよな。


 準備は乳を搾って、暖炉でミルクを沸騰させて、洗ったビンに注ぐだけだし。


 何か時間をつぶせるものはないかと家の中をキョロキョロ見渡す。


 ――そこで、あることに気づいてしまった。


「もしかして……今この部屋には俺しかいないのか!?」


 当然と言えば当然だが、意識していなかったから気がつかなかった。


 ここはエルの家だ。木造の小屋ではあるが、一人暮らしの女の子の家であることはまごうことなき事実だ。


 女の子の部屋にお邪魔して『飲み物持ってくるね』とか言われて、その間に部屋を探索する。誰もが思い描くシチュエーションだ。


 しかも、町に出かけたエルは日が暮れるまで絶対に戻ってこないだろう。


 だとすれば……。いや、それはダメだ。と自問自答する。


「でも、興味はあるよな」




 頭の中の悪魔が『少しくらいなら問題ない』と囁いたので、それに乗ることにした。

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