第3話 俺はどうしてもすぐ知りたいんだ

 ここは……? どこだ?


 状況を呑み込めず、俺は木製本棚が幾つも立ち並ぶ、古風な空間に立ち尽くしていた。


 先ほどまで俺は教室にいたはずだが……。


 とりあえず、詳しい状況を確認しようと思い、辺りを見渡すと見覚えのある黒髪長髪の女を発見できた。


 彼女――城崎麗華しろさきれいかも急な状況の変化に追いつけていないようで、珍しくオロオロとした表情をしている。


「い、いったい何が起こったの!? ここはどこなのよ!?」


 城崎は声を荒らげて、隣に立っている金髪縦ロールに尋ねる。


 どうやらあの時教室にいたメンバーがこの部屋に集まっているようだ。


 金髪縦ロールのほかに、額当てを装着した忍者、ダルそうにあくびをしているギャルも見える。


 それ以外では、部屋の中央に金髪碧眼の少女がいるが、俺達には目もくれずに読書を続けている。


 ――気にはなっているが、なんとなく声をかけづらい。神々しい雰囲気の少女だ。


 先ほどの城崎の問いに金髪縦ロールが答える。


「ワタクシに聞かれても困りますわ。それよりも、もう少し落ち着いてくださらない? ギャーギャーと騒ぎ立てるのは淑女としてふさわしい行為ではありませんことよ」


 金髪縦ロールはセットが大変そうなふんわりとした高貴な金髪を手鏡を見ながら直している。


 何故か知らんが、妙に落ち着いた様子だ。


 俺は少しでも状況を情報を集めようと思い、他のやつらに声をかけようとする。すると――


「あ……あのぅ……」


 突然、俺の背後から弱々しい声が聞こえた。


 振り返ると、そこには桜色の髪を左右二つに纏めた少女が、本棚に隠れるようにして俺たちを覗いていた。彼女は……


「みっちゃん!? みっちゃんじゃないか! まさか、お前もここに来ていたのか」


 彼女の名は北条三月ほうじょうみつき。俺の前の席に座っているクラスメイトで、ただ一人まともに俺と口を聞いてくれる希少な存在だ。


 俺が驚きの声を上げると、彼女はビクッ!っと全身を跳ね上げた。どうやら驚かせてしまったらしい。


 いつもは俺が声を掛けたらニコニコと笑顔で話を聞いてくれる彼女であるが、今の状況は普通ではない。平常心を失っているのだろう。しばらく待って彼女が落ち着いてから話を続けよう。


 しかし、俺の予想に反して、彼女はまるで落ち着く気配がなく、不審な目で俺を見つめる。


 みっちゃんは意を決したようにまっすぐな瞳をこちらに向けると、ゆっくりと口を開いた。


「え……えっと……だ、誰ですか? わたし、覚えがないんですけど……」


 ……はぁ!? どういうことなんだ!? 俺は今日も顔合わせていたはずなのに!?


 ……待てよ。あまりの異常事態で記憶が飛んでしまったの可能性がある。もしかしたら月曜日に記憶がリセットされる裏設定があるのかも知れない。……今日水曜日だけど。


 ぶつぶつと独り言を話すように、俺はまとまらない考えを巡らせる。と――


「ワタクシも疑問に思っていましたわ。誰ですの? あなたは」


 金髪縦ロールが俺に追い打ちをかけるように言い放つ。


「誰って……さっきまで散々蹴り飛ばしていた相手の顔を忘れたのかよ!」


 これは奴らが考案した新手の虐めか? だが、みっちゃんまで参加するとは思えない……いや、思いたくない。


 信じていた人に裏切られる恐怖に怯えていると、ずっと余裕を欠いてあたふたしていた城崎が何かに気付いた様子で目を見開いた。


「あ、あなた……まさか自分が『高梨椿たかなしつばきだ』とか言ったりしないわよね……?」


「変な聞き方をするな……? 何を隠そう俺は高梨椿だ」


「…………」


 城崎はポカンと口を開けて、茫然としている。


「ほんとうに……椿くん、なの……?」


「え、そマ!?」


「驚愕でござる……」


「さすがにおどろきましたわ……」


 周囲にいた人は口々に驚嘆の声を上げる。


 ただ一人、まったく状況を呑み込めていないのは俺だけのようだ。


「……これを」


 金髪縦ロールはたどたどしい手つきで、俺に先ほどまで使用していた手鏡を差し出す。


「……?」


 俺は疑問符を浮かべながら、それを受け取り鏡面を自分に向ける。そこには――


「な、な、なんだ!? どうして!?」


 肩口に揃えられ少しハネがある栗色の髪を纏い、ヘアカラーと同色のくりんとした双眸がきれいな少女が、鏡の向こうからこちらを見つめている。


 ――いや、おかしいだろ!? だって今鏡を覗いているのは俺なんだぞ!?


 鏡とは光を反射させる器具である。主な使用用途は自分の身なりを確認すること。つまり……


「こ、これが……今の俺……なのか!?」


 思いついたように体を確認する。


 全体的に柔らかい感触の肌、ほどよく引き締まったウエスト。そして最も目を引いたのが……少し控えめながら両手では隠し切れずに溢れてしまうほどの胸のふくらみだ。


 間違いない、俺は女になってしまったようだ。どうしてこうなったのかはわからない。俺は娘溺泉で溺れた経験はないし、お湯をかぶったわけでもない。


 ――だが、俺が今するべきことは決まっている。


 俺はYシャツに手をかけてボタンをすべて外した。そして、Yシャツの下に着ていた肌着の裾を、交差させた腕で掴みバンザイをするように脱――


「待ちなさい! あなた、なぜ突然服を脱ごうとしているの!?」


 急いで駆け寄ってきた城崎が俺の腕を掴み、半分くらい脱いだ状態で制止させられた。


「だって、自分の乳首の色・形・大きさがどうしても気になるじゃないか!?」


 俺にとっては最優先事項だ。今すぐこの場で確認したい。


「女の子のそんなとこを確認しようとするなんて最低よ! やっぱり殺しとくべきだったわ! 死ね、この変態!」


「別に自分の体なんだから問題ないだろうが! いいからこの腕を放せ!」


 俺と城崎は組み合ったまま言い争いを始める。すると――


「……騒がしいですね」


 部屋の中央にある大きめ椅子に深く腰かけていた少女の碧眼がこちらを捉えていた。


 俺たちが困惑している中、この少女はずっと黙って本を読んでいた。この子も俺たちと同様に突然ここに招かれたのだろうか。


 少女は椅子から立ち上がり、まるで飽きるほど口にした経験があるかのようにすらすらと告げる。




「あなたたちは元々いた世界で死亡してしまいました。ですが、生き返るチャンスを与えます。異世界に転生して我々が提示するゲームを勝ち抜いてください」

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