第2話 暴力ヒロインはもう流行らない

 つまるところ、彼女らによると俺の初日の宣言には、致命的な欠陥があったらしい。


「本当にあきれた男ね。今までどうして自分が煙たがられているか理解していなかったなんて」


 やれやれと城崎しろさきは肩をすくめる。


「とても納得はできないが、百歩譲って俺の発言がおかしかったとしてもいい。だが、パンを買い間違えただけで殴る蹴るの暴行を加えるのは行き過ぎだろ! 10年前のラノベヒロインかよ!」


 理不尽に暴力を振るうヒロインの時代は、とっくの昔に終わっている。不人気ヒロイン行き直通列車に乗車しかけている城崎に、俺は警鐘を鳴らしたくなった。


 城崎麗華たんの濡羽色の髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!俺の想いよ城崎へ届け!!私立桃百合高等学校の城崎へ届け!


 俺の殊勝な想いを知る由も無い城崎は、毅然とした態度でクレームに対応する。


「こちらからも質問するけど、あなたは何故パンを買いに行かされたのか覚えているかしら?」


「そりゃあ、城崎が買いに行けって昼休み命令してきたからだろ?」


「じゃあ、どうして命令をされるハメになったのかしら?」


「…………さぁ? なんでだ?」


「…………はぁ、あきれて物も言えないわ。あなた、昨日何をしたかも覚えてないのね……」


 ……昨日? あぁ、そうか! 城崎はあれのことを言っていたのか!


「ちょうど今思い出した。3時限目女子がプールに入っている間、自習をサボって屋上から双眼鏡で水着姿を観察してたことだな。かなり距離が離れていたから気づかれないと踏んでいたんだが、バレていたとは恐れ入った」


「違うわよ! というか、あなたそんなこともしていたの!?」


 間違えたようだ。意図せず墓穴を掘ってしまった。


「私が言いたいのは……ほら、あ、あれよ……」


 城崎は、とても高校2年生とは思えない爆乳を両腕で抱えるように腕を組み、落ち着かない様子でキョロキョロと周りを見回す。


 その様子(特に胸)を観察していた俺は、ふとが頭をよぎった。


「あ、もしかして昨日城崎がブラ着け忘れてたことと関係しているのか?」


「……っ! そ、そ……そうだけどっ! でもストレートに言うなっ! 変態!」


 さんざん蹴り飛ばされて、地面に座りながら背中を壁にもたれていた俺に城崎は追加の一撃を加える。おいおい、オーバーキルでの死体蹴りはマナー違反だぞ。ルールを守って楽しくリンチ。


「そ……そもそもブラ着け忘れてきたお前が悪いじゃねぇか……。あの日はてっきり俺に心を開いて、シャツに浮いた乳首を見せてくれていたと思ったぞ……」


 だって普通ありえるか? うっかりブラを着け忘れるなんて。


「た、確かにブラを着け忘れたのは私のミスよ。でも私言ったわよね! このことは誰にも言うなって! なのに、どうして昼休みにはクラス全員に知れ渡っていたのよ!」


「俺は前の席のみっちゃんに『俺の見立てだと、城崎の乳首は直径11mm、長さ12mm、乳輪の直径は35mmだ!』という話をした程度で、城崎がブラ着け忘れたことは一言も言わなかったぞ!」


 俺は必死になって無実を訴えた。


 ちなみにみっちゃんとは、ただ一人まともに俺と口を聞いてくれるクラスメイトの北条三月ほうじょうみつきのことだ。ただ、「乳首を見せて欲しい!」と幾度も頼んでいるが、微笑を浮かべるばかりで要求には応じてくれない。


「あなたがそんなことをおおっぴらに話したから、みんな私に注目したんじゃない! やっぱりあなたの責任よ!」


 ……確かに、そう言われてみれば俺の責任かもしれない……。


「でも私はとーーーーっても寛容だから一週間パシリをすること、それで許してあげる――そう言ったわよね?」


「……肯定だ」


 つい、軍隊式の返答になってしまった。


「それにもかかわらず、せっかく与えてあげたチャンスをふざけた理由で棒に振られたら……暴力に訴えたくもなるんじゃないかしら?」


「…………はい、すみませんでした」


 俺は痛みを押して正座し、深く頭を下げた。


 そこで、ふとが浮かぶ。


 ……いや、まてよ? だったら――


「他の子たちはどうなんだよ? 俺は他にもなにかやらかしてたのか?」


 先ほどからずっと黙り込んで、俺を囲んでいた3人のクラスメイトにそれぞれ視線を送り、返答を促す。


「ワタクシは単純に愚民を虐めるのが好きなだけでしてよ! オーホッホッホッ!」


「あーしは面白そうだったから見てただけですけどー」


「せ、拙者はこういう過激なプレイに少しばかり心ひかれただけでござる」


 揃いも揃ってクソ野郎ばかりだった。てか、ずっと黙って静観してた割にお前らキャラ濃いな!

 城崎はギリギリ許してもいいけど、お前らは許さんからな! いつか絶対に乳首こねくり回してキャンキャン鳴かせてやる!


「じゃあ、私は塾があるから退散させて貰うわ」


 城崎は、用事は済ませたと言わんばかりに、俺に背を向け、教室の出口に向かって歩き出す。


 ――その瞬間、全身が弾け飛ぶような衝撃が全身を走り、視界がぐちゃぐちゃに跳ね回った。




 数秒後、閉じられていた瞼を開けると、丁寧に整理された本棚が立ち並ぶ、図書館を連想させる部屋に俺は立っていた。


 部屋の中央にあるアンティーク調の椅子には、金髪碧眼のどこか神々しい少女が腰かけていた。

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