第380話 古田の右

「古田が右で登板した試合では、100%ナックルボールしか投げていない。つまり、ナックルだけに狙いを絞ればいいってことだが、このナックルが非常に厄介だ。まずはこのグラフを見てほしい」


 そう言って鈴井監督がホワイトボードに張り出したグラフには、古田が今まで公式戦で投げた全ナックルボールのコースとどのような変化をしたかが一目でわかるようになっていた。


「ある程度変化する方向に偏りでもあれば狙いを定めやすいと思って調べてみたが、結果は御覧の通りだ。古田のナックルは、ほぼ偏りなくコースも変化する方向もキレイにバラッバラにバラけている。まさに理想のナックルと言えるな。こんなナックルを投げられる投手は、日本のみならず世界でもそうはいないぞ」


「あのー監督。古田を褒めてばかりいないで、そろそろナックルを打つための対策を教えてください」


「古田のナックル対策はだな……ない」


「ちょっと監督!」


「そりゃないっすよ」


「しょうがないだろ。ただでさえナックルなんてレアな変化球を投げる投手は滅多にいないのに、ここまで完成度の高いナックルを投げられたんじゃ、対策もクソもない。まあ強いて言うなら、できるだけ打席の後ろに立ってギリギリまで変化を見極めながらバットを短く持って何とか当てにいくとか、あとはできるだけ内角に立ってデッドボールを狙いにいくとか、それくらいしか思いつかんな」


 あからさまにガッカリとした表情で、鈴井監督を見つめる選手達。


「まあまあそんな顔するなよ。例えどんな方法でもまぐれでもいい。出塁さえできれば、一気にチャンスがやってくる。古田のナックルは球速が100キロ前後。お前達の足なら容易に盗塁が可能だ。まあそれでも、相手のキャッチャーはかなり肩が強いみたいだからくれぐれも油断はするなよ。ただし、例え盗塁で3塁まで進めたとして、そこから1点を取るのはかなり難しいぞ。スクイズをしようにも、古田のナックルはバントですら当てるのは至難の業だからな」


「古田の話を聞けば聞くほど、絶望的な気持ちになってくるな」


「左右の違いはあれど、比嘉のおかげでキレのあるストレートに対する耐性があるうちの打線にとっては、全くの未知数な右のナックルと比べたらまだ左の方が打ち崩せるチャンスはありそうだ。明日の試合、うちとしては左で先発してくれることを祈りたいな。では次に、秋田腕金高校の打線や守備についての情報を整理していくぞ」

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