第3章 船町北高校入部

第6話 特待生はユーティリティー

「来年入ってくるあのユーチューブの特待生、どこでも守れるらしいぞ」


 船町北高校野球部員達の間で、そんな噂が広まっていた。


(やばい、俺レギュラー外されるかも)


 部員の中で唯一の1年生レギュラー星広宣は危機感を抱いていた。俊足を生かした守備力を買われて秋季大会から9番の外野手としてレギュラー入りを果たした星だったが、打率はわずか1割6分6厘。層が薄く他に良い選手がいないため運良くレギュラー入り出来たことは、星自身が一番理解していた。


(もっと頑張らないと)


 星は自分の俊足を生かしたバッティングスタイルを磨き続けた。少しでも内野安打になる確率を上げるため、左打者の星は徹底して逆方向に球を飛ばす練習を繰り返した。また、セーフティーバントやバントに見せかけたバスター、そして盗塁の練習にも力を入れ、星は確実に力をつけていった。


 黒山、白田、水谷の3人のピッチャーを除く他のレギュラー陣も星と同じように危機感を抱いていた。チーム内で打率3割を超える選手は、ピッチャーと兼任で外野手としても試合に出ているこの3人だけ。他のレギュラー陣も星同様に今まで以上にバッティング練習にも力を入れるようになっていった。


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 西暦2016年。4月1日。船町北高校野球グラウンド。


「みんな集合! 彼が噂の特待生、安達君だ。入学式は来週だが、今日から練習に合流してもらうことになった。じゃあ安達君、自己紹介を」


「みなさん初めまして。安達弾です。自分はまだまだ未熟者でチームの力にすぐにはなれないかもしれませんが、これから一生懸命練習に励み少しでもチームの勝利に貢献出来るよう頑張りますのでどうかみなさんよろしくお願いします」


 安達の自己紹介が終わると、一斉に大きな拍手が沸き起こった。


(あのバッティングセンス、そしてどこでも守れるユーティリティープレイヤーでありながらのこの謙虚さ。彼を特待生にして本当に良かった)


 鈴井監督はそうしみじみと実感していた。


「よし、それじゃあ柔軟体操とキャッチボール始めるか。星! 今日から安達君と組んで練習してくれ」


「はい! 安達君、よろしくね」


「星先輩、よろしくお願いします」


 柔軟体操を終え、キャッチボールを始めた2人。星が安達の胸元に投げた球を、安達はポロリと落とした。


「安達君、緊張してる?」


「いえ、すみません」


 続けて安達が星に投げた球は、星の頭上1メートル上を超えていった。


「安達君、やっぱり緊張してるでしょ。もっとリラックスリラックス」


「いえ、緊張はしてないですよ。ただ、キャッチボールやるの初めてなもんで。すみません下手くそで」


「はっはっは! 安達君はおもしろい冗談を言うね」


 初めはそう笑っていた星だったが、何度も球を落としたり大きく外れた球を投げてくる安達を見て、星の顔は次第に曇っていった。


「もしかして安達君、キャッチボールやったことないって本当なの?」


「キャッチボールっていうか、ピッチングマシンの球を打つ以外は何もやったことないです」


「えーーーー!!!!」

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