なんて言ってるの? 〜 君の影 〜

やがて4人は宿泊エリアの駅に到着した。

そこにはカラカルが乗ってきたというモノレールが停まっていて、窓越しに1台のラッキービーストが運転席にいるのが見える。

そしてあの子がドアに描かれている手形マークに手をかざすと、ドアが開いてアナウンスが流れた。


ラッキービースト「じゃんぐる行キものれーるハ、間モナク発車シマス。オ乗リノオ客様ハ、閉マル扉ニゴ注意クダサイ。」

それから4人はモノレールに乗り込んだ。


カラカルとイエイヌは、興味津々な様子で車内を見回している。

カラカル「箱の中って、こうなってたんだ。」


イエイヌ「わあ、ながーい椅子があります。」


しばらくすると、ドアが閉まった。

ラッキービースト「発車シマース。」


その言葉が終わると同時にモノレールが動きだし、車体がガクンと揺れた。途端にカラカルとイエイヌはバランスを崩し、床に尻餅をついた。


あの子「2人ともしっかり。」

あの子は2人に手を差し伸べて立ち上がらせると、座席に座らせた。


窓の外では、色とりどりの景色がすごい速さで流れてゆく。それに気がついた2人はびっくりしたような顔をしていたが、すぐに座席に膝をつくと、はしゃぎながら眺め始めた。

イエイヌ「すごい、お外がビュンビュン動いてます!」


カラカル「こんなにでっかいのに、あたしくらい速く走れるのね!」


その様子を見て、彼はアムールトラと一緒にモノレールに乗った時の事を思い出した。そういえば、彼女も夢中で窓の外を眺めていたものだ。


アムールトラ「おおー!初めて乗ったけどこれは凄いや。座ってるのに景色が動くなんて、不思議な気分だよ。キミにはこれが当たり前なのかい?きっとパークの外には、私の知らない面白い事がたくさんあるんだろうな。」



そんな回想に浸っていると、アナウンスがした。

ラッキービースト「マモナクじゃんぐるニ到着シマース。」


そうしてモノレールがジャングルエリアの駅に到着した。

4人が車両から降りると、ゴリラ達、ジャングルのフレンズが待っていた。


あの子は彼女達と話をしながら、ジャングルを見て回った。

さすがのラッキービーストでも整備し切れないのだろう、かつての道は草木が生い茂りすっかり埋まってしまっている。そのため草をかき分けたり倒れた木を乗り越えたりして進んだのだが、すぐに息が切れてしまった。子供の頃は簡単に木々の間を走り抜ける事ができたが、今ではとても無理だった。


ジャングルの奥へと進むと、研究所が見えてきた。ここも鍵は開いており、難なく中へ入ることができた。

するとそこには、研究に使われていたであろうコンピュータや、ヒトが入れるくらいの大きなカプセルが並んでいた。建物に電気は通っていたが、機器はどれもケーブルが抜かれていた。


他のみんなもここに入った事がないそうで、物珍しそうにキョロキョロとあたりを見回したり、キーボードを叩いたり、ガラスに映った自分の姿に手を振ってみたりしている。


ポイポイによると、既に全ての情報は電子データにして外部に移され、危険な物質なども処分されているため、もう誰が何をしようが問題ないのだそうだ。


あの子「触ると隔離施設がおかしくなるような事はないの?」


ポイポイ「ダイジョウブダヨ。施設ノこんぴゅーたハ完全ニ独立シテイルカラ、外部カラ操作スル事ハデキナインダ。」


どうやらこちらができるのは、外から見守る事と、アムールトラが起きたら察知する事だけらしい。


またある机の上には、白衣を着た黒髪の女性と、サーバルに似た緑色のフレンズの写真が飾ってあった。そして、それはカコ博士とセーバルだとカラカルが教えてくれた。


その近くの戸棚の中には、『アムールトラ』と書かれたファイルが何冊も置かれていた。開いてみると、その日の彼女の体調や実験の内容、研究者との会話や様子の変化などが細かく記録されていた。

興味深かったが、あいにくじっくり目を通している時間は無い。これくらいにしてここから出ようと思った時、ふと『約束』と書かれた付箋が貼られている一冊が目に留まり、あの子はそれを持ってゆく事にした。


研究所を出ると、みんなで駅に向かった。

その道すがら、彼を最後まで見送りたいと、ジャングルのフレンズ達も一緒にサバンナへ行く事になった。そしてみんなでモノレールに乗った。



それから行く先々で、彼はフレンズ達とエリアを回り、それが終わると一緒にモノレールに乗った。こうしてサバンナへ向かう頃には、車内はフレンズでいっぱいになり、とても賑やかになった。


明るい笑顔に楽しげな笑い声、外のヒトからは失われてしまったものばかりだ。

無気力な世界で暮らしている時は気にならなかったが、いきいきしているフレンズ達を眺めていると、彼にはこれまでの生活が酷く寂しいものに感じられた。


その時フレンズの陰から、変わってしまう前の姿をしたアムールトラが現れた。そして彼女は彼の前でかがむと、何かを呟きながら小指を伸ばした右手を差し出した。


ラッキービースト「ゴ乗車、アリガトウゴザイマース。さばんな、さばんなデス。オ降リノ際ハオ忘レ物ニゴ注意クダサイ。」


アナウンスがして、彼は目を覚ました。イエイヌとカラカルが心配そうに彼の顔をのぞき込んでいる。


イエイヌ「大丈夫ですか?」


カラカル「具合でも悪いの?」


どうやらあれは夢だったらしい。彼は落胆したが、それを2人に悟られないよう寂しげな笑みを浮かべた。

あの子「ごめん、うとうとしただけだよ。今日は早起きしたから、そのせいだね。」




モノレールがサバンナの駅に到着する頃には、日が傾き始めていた。そして車両から降りると、みんなで隔離施設へと向かった。


「アムールトラに会えるかな。」「あの子がいるから、起きるかもだよ〜。」「楽しみだね。」「感動の再会〜。」

みんなでワイワイ話しながら歩いていると、隔離施設に到着した。

それは相変わらず、周囲に威圧感を放ちながらそびえ立っていた。


カラカル「セルリアンの気配…。何度来ても、イヤな感じね。」


カラカルはこう言って眉をひそめた。なんでも縄張りの見回りも兼ねて、定期的にここを見に来ているそうだ。


あの子は施設の扉の前に立った。

この向こうにアムールトラがいると思うと、胸が高鳴った。

そして彼はそっと扉に手をかけた。もし今彼女が目覚めれば、すぐさまロックが外れ、ポイポイが知らせてくれる。


そんな一縷の望みを抱いて扉を力一杯引っ張ったが、扉は硬く閉ざされたままだった。

予想はしていたが、彼はがっくりと肩を落とした。だがどこかで、今の自分を見せずに済んで良かった、という気持ちがあった。彼はみんなに力のない笑顔を向けた。


あの子「どうやら、まだ眠っているみたい。」


カラカル「うーん、今日こそ起きると思ったんだけどな。」


イエイヌ「アムールトラさーん、大切なヒトが来てくれましたよー。」


他のフレンズ達も一緒になって、ひとしきり呼びかけた。しかし残念ながら、何の反応もなかった。

そうして、みんな後ろ髪を引かれる思いでそこを後にした。


そして、あの子が俯きながらポツリと呟いた。

あの子「さよなら、アムールお姉ちゃん。」


するとカラカルが、ポンと彼の背中を叩いた。

それはとても小さな声だったが、耳が良い彼女には聞こえていたのだ。




こうして長い1日が終わり、とうとうお別れの時が訪れた。

一行はサバンナエリアのゲートまでやってきた。その向こうには、空港へと続く大きな橋が架かっていて、たもとには自動運転の無人タクシーが一台停まっている。


「それじゃあね。」「気をつけてね。」「忘れないよ。」

フレンズ達は口々にお別れの言葉を口にした。

あの子「ありがとうみんな。元気でね。」


イエイヌは、耳を伏せてしょんぼりしている。

イエイヌ「お元気で。」


その様子を見たあの子は、彼女の頭を撫でた。それからポイポイを抱き上げると、カラカルに手渡した。


あの子「ポイポイはここで、アムールお姉ちゃんを待ってて。そしていつか目を覚ましたら、迎えにいってあげて。」


ポイポイ「…ホントウニ、ソレデイイノ?」


ポイポイに聞き返されたのは、これが初めてかもしれない。けれども彼は、悩みながらもこう答えた。

あの子「…うん。もし何か聞かれたら、お姉ちゃんに僕の映像を見せて、心配しないでって伝えてよ。」


ポイポイ「ワカッタ。」


カラカル「しっかりね。」


彼は無言でうなずくと、ゲートに向かって歩き出した。


するとポイポイからメロディが流れ始めた。それはアムールトラとお別れする時、みんなで歌ったあの歌だった。フレンズ達はメロディに合わせて歌いながら、手を振ってあの子を送り出した。


そしてあの子もみんなに手を振りながらゲートを出た。

涙で潤んだ目でみんなを見ていると、またアムールトラが現れた。彼女はみんなの後ろで寂しげな顔をしながら、小指を伸ばした右手を差し出して何か呟いている。


不思議な事に、彼女の言葉は聞き取れなくても、何を言いたいのかは彼には分かっていた。しかし漠然としたイメージのみで、それが具体的に何なのか、どうしても理解できなかった。

やがて歌が終わると、彼女の姿も浮かんだイメージも消えてしまった。


あの子はタクシーの後部座席に乗り込みドアを閉めると、窓を開けて叫んだ。

あの子「さよなら、みんな!」


そしてタクシーは彼を乗せて走りだした。

しだいにその姿が小さくなってゆき、とうとう見えなくなった。


「行っちゃったね。」「寂しいね。」

フレンズ達は名残を惜しみながら、各々のすみかに帰っていった。


一方カラカルはポイポイを抱いたまま、イエイヌと一緒にその場に残り、橋の向こうを見つめていた。


カラカル「あんたは帰らないの?」


イエイヌ「大きな船が飛ぶところを見てみたくて。」


それを聞いて、カラカルは憂いを帯びた顔でイエイヌを見た。

カラカル「そっか。」



やがて日が沈みあたりが暗くなり始め、空に一番星が輝きだした。


ポイポイ「ソロソロ出発ノ時間ダヨ。」

その言葉が終わると、橋の向こうで一機の宇宙船が飛び立った。


イエイヌ「わあー、あれがそうなんですね。」


カラカル「あの子もあたし達のこと、見てるかな。」


2人が宇宙船に手を振っていると、宇宙船のそばに突然山が現れた。

カラカル「ん?」 

イエイヌ「なんでしょう、あれ?」


すると黒い山に大きな目玉が現れて、宇宙船を睨みつけた。それは山などではなく、ドーム状の巨大セルリアンだった。そして体を震わせると、宇宙船を追いかけてグングン空へと伸びていった。


それを見た3人は、宇宙船に向かって必死に叫んだ。

ポイポイ「キケン!キケン!」

カラカル「捕まっちゃう!もっと高く飛んで!」

イエイヌ「危ない!早く逃げてください!」


3人の思いが通じたのか、宇宙船は一足早く空へと消えていった。

だがそれを追うセルリアンの体はどんどん細長く伸びてゆき、ついに先端が見えなくなった。それはまるで、一本の黒くて巨大な塔がそびえ立っているかのようだった。


ひとまず宇宙船が逃げられて、3人は安堵した。

ポイポイ「ヨカッタ。」

カラカル「びっくりした〜。なんなのあれ?」

イエイヌ「これまで見たことがないような、大きなセルリアンでしたね。」


ふと、カラカルの耳がピクンと動いた。誰かが橋の上を走って、こちらに向かって来る音が聞こえる。イエイヌも匂いで気付いた。


そちらを見ると、あの子が猫を抱き抱えながらこちらに走って来ている。そして彼の背後には、1匹の小型セルリアンが迫っている。

それに気付いた2人は無茶を承知で、彼を助けるためにゲートから飛び出そうとした。ところが徐々にセルリアンの体が砕けてゆき、薄闇の中に消えていった。


それからあの子が息を切らしながらゲートを潜り抜けてきた。そしてバッタリとその場に倒れた彼に、3人が駆け寄った。


イエイヌ「しっかりしてください、大丈夫ですか!?」

カラカル「一体どうしたのよ!?」

ポイポイ「キュウケイ、キュウケイ。」


彼はしばらくあえいでいたが、どうにか息を整えて起き上がると、これまでの事を話し始めた

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