やあ、久しぶり。 〜 懐かしい場所とお友達 〜

アナウンス「ご乗車ありがとうございました。まもなくジャパリパーク、ジャパリパークです。お忘れ物をなさいませんよう、気をつけてお降りください。」


車内にアナウンスが響き渡り、彼は思考を中断した。

バスはセントラルパークへと続く巨大な橋を渡り終えようとしていた。その向こうに、入り口のゲートが見える。


そしてバスがゲートの前で停まった。

彼は運転席に向かって「ありがとう。」と言うと、ポイポイと一緒にバスから降りた。

すると目の前に、懐かしい施設が広がっていた。

朝の光に照らされて、パークはひっそりと佇んでいた。


彼はパークが閉鎖されてからは、1度もここを訪れた事はなかった。長い年月の間に、ゲートはツタが絡み付いてボロボロになっている。

開園していた頃は、いつも大勢のヒトで溢れかえっていて、ゲートをくぐる前から笑い声と歓声が聞こえてきたが、今のパークは静寂に包まれていた。

かつての賑わいを知っているだけに、彼にはより一層静まり返っているように感じられた。


あの子「さてと、出入り口はどうなっているかな。」


勝手に入っても今更咎める者はいないだろうが、シャッターや鉄柵などの堅牢なガードをよじ登らねばなるまい、と彼は考えていた。

だが幸いな事に、どうやらここの管理者もこの施設を残ったヒトが使うのは構わないと考えたらしく、そこには『閉鎖』と書かれた黄色いテープが張られているだけだった。それをくぐり抜けるだけで、簡単にパークに入る事ができた。


彼は入ってみて驚いた。

てっきりパーク全体がゲートのようなボロボロの廃墟になっていると思っていたが、しっかりと手入れがされていた。


パークに生えていた木々が成長して緑が増えていたが、雑草は刈り取られていて、小石やガラスも散らばっていない。どの施設も思い出のままの姿を保っていた。


遊園地では、無人の観覧車とメリーゴーランドが動いていた。

賑わいはないが、どの遊具も錆びていない。どれも問題なく遊べそうだった。


ショッピングモールには、ぬいぐるみ、Tシャツ、キーホルダーなど沢山のお土産が置かれていた。それらはうっすら埃をかぶっていたが、丁寧に並べられていた。


イベント会場は、アムールトラの記念館のままだった。

そこには彼女の写真やイラスト、彼女へ宛てたメッセージなどが大切に保管されていた。



あたりを見回しながら、彼らは誰もいないセントラルパークを歩き回った。ひんやりとした朝の空気に、彼とポイポイの足音が響いた。


やがてホテルが見えてきた。

大きな玄関口にたどり着くと、自動扉がスッと開いた。中はがらんとしていたが、空気は淀んでおらず手入れも行き届いていた。

今にも誰かが出てきそうで、思わず彼は受付の呼び鈴を鳴らしてみた。すると、チーンという音が静寂の中に吸い込まれていった。

しかし、しばらく待っても何の気配もしなかった。


あの子「まあ、そうだよね。」

あの子はため息混じりにつぶやいた。すると背後から小さな音がした。


とっさに振り向くと、何かの影が自動扉の向こうを横切った。すぐさま外に出てあたりを見回すと、小さな影が職員の宿泊エリアの方に消えていった。

あれはラッキービーストだろうか?彼らは影の跡を追いかけた。




そのまま早足で歩いてゆくと、宿泊施設が見えてきた。よく見ると、職員夫婦の住んでいた家の扉が開いている。

もしかしてまだ誰かが住んでいるのだろうか?そう思った時、背後からバッと音がした。彼はとっさに振り向いたが、仰向けに組み伏せられてしまった。


そして胸の上に乗っかっている誰かが声をかけてきた。顔は逆光でよく見えないが、大きな耳が揺れている。

?「見かけない顔ね。あんた、なんのフレンズなの?それともヒト?」


それは聞き覚えのある声だった。

あの子「イタタ。やあ、カラカル。びっくりしたよ。」


名前を呼ばれて、カラカルは怪訝な顔をしながら彼を見つめた。

カラカル「あたしを知ってるの?もしかしてパークの職員さん?」


ポイポイ「カラカル、タベチャダメダヨ。」


カラカル「食べないわよ!って、ボスってフレンズと喋れたの?オレンジ色?え、なんで?」

ポイポイの声を聞いたカラカルは、彼にまたがったままあたふたし始めた。


すると騒ぎを聞きつけたイエイヌが、慌てておうちから飛び出してきた。

イエイヌ「どうしたんですか、カラカルさんっ⁉︎」


カラカル「知らないやつがうろついてたから捕まえたんだけど、あたしの事知ってるみたい。あんた、こいつが誰だか分かる?」


するとイエイヌは、あの子の方をじっと見つめながら鼻をひくつかせた。そしてパッと明るい顔になると、尻尾を振りながら倒れている彼の首に抱きついた。

イエイヌ「この匂い…、うぁ〜、懐かしいなぁ〜!」


カラカル「ちょっと、急にどうしたの!?」


驚くカラカルを尻目に、イエイヌは彼の首にすがりつきながら息を弾ませている。

イエイヌ「覚えてませんか?よくアムールトラさんと一緒にいたヒトですよ!」


それを聞いたカラカルは、彼の顔をまじまじと見つめると、素っ頓狂な声を上げた。

カラカル「え…ええ〜!?」

  



ちょっとしたアクシデントはあったが、彼らはカラカルとイエイヌに連れられて夫婦のおうちにお邪魔した。部屋の壁には、昔イエイヌにプレゼントした絵が飾られていた。そして3人は椅子に、ポイポイはテーブルに座った。


あの子「僕のこと覚えててくれたんだね、ありがとう。」


イエイヌ「私の恩人を、忘れるわけないじゃないですか」


けれどもカラカルは、申し訳なさそうな顔をしている。

カラカル「ごめん、さっきは驚かせて悪かったわね。」


あの子「平気だよ、気にしないで。」


それから彼は、2人にこれまでパークに何があったのかを尋ねた。

それによると、マジックショー会場に巨大セルリアンが現れてから、訪れるヒトは少なくなっていったそうだ。


そしてフレンズもセルリアンを警戒して、よほどの用事のある時以外はセントラルパークに行かなくなり、しだいに自分の縄張りから出なくなったという。パークが閉鎖されヒトがいなくなってからは、歩き回っているのはボスくらいなのだそうだ。


あの子「2人はここで暮らしているの?」


するとイエイヌは、何故か目を泳がせた。

イエイヌ「カラカルさんは、…ええと、たまたま遊びに来てくれたんです。私はご主人が帰ってくるまで、ここでお留守番をしています。」


あの子「どういうこと?」

あの子が尋ねると、イエイヌの顔が曇った。それからゆっくりと語り始めた。


イエイヌ「パークからヒトがいなくなっても、ご主人夫婦だけはここに住み続けていたんです。そして毎日、パークのお掃除をしたり、ボスと一緒に建物を直したり、フレンズとご飯を食べたりしていました。私はそんな2人と一緒に、お仕事をしたり遊んだりしていました。」


あの子『ああ、それでパークは荒れ果ててなかったんだ。』


イエイヌ「でもある日、私に『お留守番を頼んだよ。』と言って、2人だけで出かけて行ったんです。フレンズになってから、こんな事を言われたのは初めてでした。寂しかったですが、私は玄関に立って歩いてゆく2人を見送りました。」


「そうしたら、2人の体がキラキラしだしたんです。なんだろうと思って見つめていると、だんだんキラキラは空に消えていきました。そして気がついたら、2人がいなくなっていたんです。」


「私はびっくりして急いで外に出たのですが、あたりに2人の姿はありませんでした。それから必死にパーク中を探し回りました。他のフレンズさん達にも聞いてみましたが、みんな2人の姿を見ていないと言いました。」


「私はどうしたら良いのか分からなくなりましたが、あの言いつけ通り、ここでお留守番を続けているんです。」


それはにわかには信じがたい、不思議な話だった。

かつて、サンドスターがヒトに影響を与えるのではないか、と話題になったこともあったが、あくまで噂止まりで、ヒトが消えてしまった事など一度もなかった。

2人がパークを出て移住したとも考えられるが、あれほど大切にしていたイエイヌを置いてゆくはずがない。だがイエイヌの様子を見るに、勘違いとも思えなかった。


あの子はしばらく考えた後、ゆっくりとした口調で言った。

あの子「ここは特別な所だから、何が起きてもおかしくないよ。イエイヌさんは偉いよ。自分の気持ちを大事にしてね。」


それを聞いたイエイヌは、寂しそうに笑いながらお礼を言った。


すると今度はカラカルが、ツンとした顔で話しだした。

カラカル「あたしはでっかい箱の上で星を見てたら、いつの間にか寝ちゃって、気が付いたらここに…、じゃない!」


どうやら隠そうと意識するあまり、事実の方を言ってしまったらしい。その様子を見たイエイヌが、全身をフルフルさせながら笑いを堪えている。


カラカルは慌ててごまかそうとした。

カラカル「そう!この子が心配だから、様子を見にきたのよ!それで、用も済んだしセントラルパークを通ってサバンナに帰ろうとしたら、あんたがいたってワケ。」


おそらくでっかい箱とはモノレールの事だろう。遊園地でもそうだったが、乗り物はヒトがいなくなってからも定期的に動いているようだ。


そしてカラカルは、ばつが悪そうな顔をしながら彼を見た。

カラカル「それにしても、あの子だって言われても全然分からないわ。ヒトってこうも変わっちゃうものなのね。」


それを聞いて、あの子は肩をすくめた。

あの子「フレンズと違って、ヒトは歳を取るからね。」


カラカル「そうじゃなくて、なんて言うか…、元気がない!」


すると彼は苦笑しながら、ヒトの世界から情熱が無くなってしまった事、この星にはもうヒトがあまり残っていない事、ヒトがパークを訪れるのは、今日が最後であろう事を2人に伝えた。


それを聞いた2人は目を丸くした。

イエイヌ「パークの外では、そんな事が起こってるんですね。」


カラカル「よく分かんないけど大変そうね。でも、みんなに合わせすぎてない?あんたがやりたい事をやれば、それで良いじゃない。」


あの子「やりたい事、か。」


そう言われて、あの子はハッとした。言われてみれば、しばらく考えた事がなかった。


そこへ、ポイポイという足音が聞こえてきた。そうして玄関からラッキービーストが入ってきて、彼を見て挨拶をした。

ラッキービースト「ハジメマシテ。ボクハ、ラッキービーストダヨ。ヨロシクネ。君ノ名前ヲ教エテ。君ハ何ガ見タイ?」


するとカラカルが、物珍しそうにラッキービーストを見た。

カラカル「へー、ボスってヒト相手だとたくさん喋るのね。」


あの子「さっきから聞きたかったんだけど、ボスって?」


イエイヌ「ジャパリまんを配ったりケガした子を助けてくれたりするので、みんなボスって呼んでるんです。なぜかフレンズとはお話ししてくれないんですが、ご主人夫婦とはよく話してました。他にも建物を直したり、パークの案内もしてくれますよ。」


するとポイポイがテーブルから降りて、ラッキービーストと向かい合った。そしてチカチカ目を光らせながら、何かやり取りをし始めた。


ポイポイ「でーた共有完了。コレデ、ボクガぱーくヲ案内スル事モデキルヨ。」


あの子「そういう事か。じゃあ、お願いするよ。」


ポイポイ「マカセテ。」


イエイヌ「これからどうするのですか?」


あの子「モノレールで各エリアを見て回って、サバンナまで行ったら空港に向かおうと思っているんだ。」


それを聞いて、イエイヌは目を伏せた。

イエイヌ「もう会えないんですね。寂しいです。」


カラカル「ま、あんたが決めた事なら止めないけど。そうだ、せっかくだから、他のみんなにも会っていきなさいよ。」


ポイポイ「ぱーく中ノラッキービーストニ連絡シテ、各地ノふれんず達ニ、近クノ駅ニ集マルヨウ知ラセルヨ。ソレデイイカナ?」


あの子「うん、ありがとう。それじゃ、僕はもう行くよ。2人に会えてとても嬉しかったよ。」


こう言ってあの子が腰を上げると、カラカルも立ち上がった。

カラカル「あたしも一緒に行くわ。どうせそこに帰るんだし。それに驚かせちゃったし、なんか心配だしね。」


一方イエイヌは、困ったような顔をしながらおずおずと言った。

イエイヌ「私は、あの…。」


あの子「無理しなくていいよ。イエイヌさんにとって、大切な約束だからね。」


イエイヌ「…はい。」



ポイポイ「ジャア、案内ヲ開始スルヨ。ボクニツイテキテネ。」

3人はおうちを出ると、モノレールが停まっている駅へと向かった。


イエイヌは玄関に立ち、3人を見送った。

柔らかな日差しに照らされた背中が、しだいに小さくなってゆく。

それをじっと見ていると、知らないうちに涙が溢れてきて、3人の姿が歪み、周囲がキラキラで包まれた。


イエイヌ『そうだ、ご主人がいなくなった時もこうだった。私が本当にしたい事は…!』



ポイポイに先導されながら、あの子が心配そうな顔をしながらカラカルに尋ねた。

あの子「イエイヌさん、寂しそうだったけど大丈夫かな。」


けれどもカラカルは頭の後ろで手を組みながら、すました顔をしている。

カラカル「すぐに分かるわよ。」


あの子「?」


するとカラカルの耳がピクンと動いた。

カラカル「ほら、見て後ろ。」


2人が振り向くと、イエイヌが走って追いかけてきている。

イエイヌ「待ってください、やっぱり私も一緒に行きまーす!」

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