第24話 ◉ただいま


ビーストの意識は暗い闇の中を漂っていた。目を閉じていても、自分がどんどん沈んでゆくのが分かる。このまま消えてゆくんだと、ぼんやりとした頭で考えていたその時…、

どこからともなく歌声が聞こえてきた。そしてまぶたの向こう側が明るくなったかと思うと、急に体が軽くなった。



?「こんな所で寝てると風邪ひくよ。」

すぐそばで誰かの声がして、彼女は目を開けた。するとサーバルが心配そうに彼女の顔をのぞき込んでいた。


そしてその隣の子も、彼女にこう声をかけた。

かばんちゃん「よかった、気がついたんですね。」


彼女の目の前には、白く輝く草原がどこまでも広がっていた。噴石はどこにも見当たらず、どこからか懐かしい歌が聞こえてくる。

周りにはみんなが立っていて、それぞれが彼女に声をかけた。


サーバル「ずっと一人で、みんなのために頑張ってくれてたんだね、ありがとう。気づかなくてごめんね。」


その隣でかばんちゃんが頭を下げた。

かばんちゃん「サーバルちゃんを助けてくださったんですね。遅くなりましたが、ありがとうございました。」


カラカルが申し訳なさそうな顔で言った。

カラカル「ごめん。あんたの事、悪いヤツだと勘違いしてた。この子、大切なお友達なんでしょ?今度ははぐれないようにね。」


オレンジ色のラッキービーストが、彼女のそばへやってきた。

ラッキービースト(ポイポイ)「ヨカッタ、マタアエタネ。」


イエイヌがご主人夫婦と一緒に微笑んでいる。

イエイヌ「あなたをずっと待っていた方がいるんです。どうか会ってあげてください。」


そしてみんなが彼女に手を差し伸べた。その手を取って立ち上がると、今度は目の前に輝きの塊が現れた。それはしだいに小柄なヒトの形を成してゆき、そこから現れたのはっ…!


あの子「おかえりなさい、アムールお姉ちゃん!」

はるか昔の思い出と寸分違わぬ姿をしたあの子だった。彼は輝くような笑顔を浮かべながら、彼女に向かって両手を伸ばした。


アムールトラ「あ…、あ…!」

アムールトラの全身が震えた。この日が来るのを何度夢見た事だろう、一番大切なヒトにようやく出会えた事で胸の中が喜びでいっぱいになり、目からとめどなく涙が流れた。


アムールトラ「会いたかったよ…!」


そしてしっかりと彼を抱きしめた。いっときも忘れたことのない懐かしい匂いとともに、温もりがひしひしと伝わってくる。


するとアムールトラの全身が輝き始めた。そしてそれがひときわ強く輝いたかと思うと、2人の姿が忽然と消えた。




ゴリラはビーストを抱き抱えながら、セルリアンの体内を漂っていた。ここは真っ黒な重たい水のようで、体がうまく動かせない。それでもゴリラは全身からサンドスターを放出させながら、ビーストをギュッと抱きしめた。そうやって彼女が取り込まれないよう守りつつ、心の中で呼びかけ続けた。


ゴリラ『諦めるもんか…。君の頑張りに比べたら、これくらいなんともないよ!頼む、目を開けて!ようやくみんなが君の事を思い出したんだ!君が守ってきたパークを一緒に見たいし、誤解してた事だって謝りたい。それと…』


そして、ゴリラは声にならない叫びをあげた。

『ありがとうを言わせてくれ!』


すると、ビーストの体が輝き始めた。



一方屋上では、フレンズ達が臆する事なく渦セルリアンと対峙していた。


イリエワニ「ひとつ力比べといこうじゃないか!」

イリエワニはこう呟くと、不敵な笑みを浮かべながら、何人かのフレンズと一緒に渦セルリアンの太い腕に飛びかかった。するとそれは、フレンズ達を払い除けようと物凄い力で抵抗を始めた。


そのあまりの力に全身の筋肉が悲鳴をあげたが、イリエワニは意に介さずさらに両腕に力を込めると、ガッチリと腕を押さえつけた。そして相変わらず笑みを浮かべたまま、ヒョウ姉妹に向かってこう叫んだ。

イリエワニ「コイツを伝って、2人を助けに行け!」


ヒョウ「よっしゃ!」

クロヒョウ「まかせとき!」

2人がうなずいて駆け出そうとした時、メガネカイマンが何かに気づいた。


メガネカイマン「待って、あれを見てください!」


そちらを見ると、渦セルリアンの体の一部が輝いている。かと思うとそこが弾け飛び、中から何かが飛び出してきて、フレンズ達の前に降り立った。


それはゴリラを抱き抱えたビーストだった。

そしてホテルを包んでいた輝きが、ビーストに集まってきた。

すると、輝きをまとった彼女の姿が変わりはじめた。


長い髪がするすると縮んで、くせっ毛のショートヘアになった。また毛皮の形が変わってゆき、サーカス団員かマジシャンのような格好になった。さらに頭に集まった輝きが小さなシルクハットに変わり、ちょこんとそこに乗っかった。


そこへ、渦セルリアンの腕があらゆる方向から一斉に向かってきた。そのあまりの密度に2人の姿が見えなくなったが、次の瞬間、閃光がその腕を全て消し飛ばした。


光の中心には、全身が白く輝くアムールトラが立っていた。

彼女は呆気にとられているゴリラを下ろすと、渦セルリアンに向かって大きく腕を振った。すると巨大な斬撃が発生し、渦セルリアンの体に大きな光る爪痕が刻まれた。それから彼女が右手をたかだかと掲げると、まばゆい光と共にトラの火の輪くぐりに使うリングが現れた。


彼女はそれを渦セルリアンに投げつけた。リングは青白い炎をまといながら、どんどん大きくなってゆく。

するとその穴の中から、白く輝く巨大なアムールトラが雄叫びを上げながら現れた。それは彼女が動物だった頃の姿をしていた。


体高10メートルはあろうかという巨大なアムールトラは、勢いよく渦セルリアンに飛びかかると、その体を突き破り、そのまま海へ飛び込んだ。そして一直線に海底火山に向かって泳いでゆき、頭から火口に突っ込むと、どんどんマグマの中を突き進んでいった。


すると、地響きと共にズンッ…という鈍い音がして、火山活動が収まった。そして各地の地震が止んだ。


ビキッ、ビシビシビシッ!

体に開いた巨大な穴から、大きなひび割れが渦セルリアンの全身に広がってゆく。そしてオオーンという叫びと共に、渦セルリアンは粉々に弾け飛んだ。


渦セルリアンのかけらがあたり一面に散らばって煌めきながら消えてゆき、噴煙に覆われて真っ暗だった空が、あっという間に晴れ渡ってゆく。

そして、火口に飛び込んだ巨大なアムールトラの輝きがパーク中に広がって、裂けた大地や倒れた木々を元の姿に戻していった。

こうして地形が元に戻った事で、みるみるうちに海の水が引いてゆき、沈んでいたセントラルパークが姿を現した。



屋上ではアムールトラが静かに佇んでいた。その白い姿が陽炎のように揺らめきながら空へと昇ってゆく。するとそのそばにあの子が現れた。

2人は見つめあった後、にっこりと笑った。


あの子「やったね。」


白いアムールトラ「ごめん、長い間待たせてしまったね。もう離れないから。」


あの子「いいんだ。僕の事をずっと思っていてくれて、こうして会いに来てくれたんだから十分だよ。よーし、それじゃあ最後の仕事に取りかかろう。もう一人の僕を起こしてあげないと。」


白いアムールトラ「そうだね。一緒に呼びに行こう。」


そして2人は寄り添いながらフレンズ達に向かって手を振ると、輝きとなって飛んでゆき、キュルルの体の中へ飛び込んでいった。



カララン。

元の姿に戻ったアムールトラの腕から手枷が滑り落ち、乾いた音があたりに響いた。

獣のような形をしていた大きな手が、細くて華奢なフレンズの手となった事で手枷が外れたのだ。


そしてアムールトラが無事だと知ったフレンズ達は、歓声を上げながら彼女に駆け寄ると、口々にお礼を言ったり、体を気遣ったりした。彼女はその勢いに圧倒されていたが、『みんなが私を受け入れてくれてる。』と実感すると、思わず顔がほころんだ。


ふと胸元に目をやると、色あせた紙が毛皮から飛び出していた。アムールトラはそれを大事そうに取り出すと、感無量な面持ちでじっと見つめた。それは長い年月の間にすっかりボロボロになってしまったが、初めて会った時にあの子が描いてくれた彼女の絵だった。


そこへ爽やかな風が吹いてきて、彼女の頬を撫でた。その中にあの子の笑い声が聞こえた気がして、アムールトラは顔を上げた。そしてこう呟いた。

アムールトラ「ただいま、〇〇(あの子の名前)。」


それは唸り声などではない、しっかりとした言葉だった。


そんな彼女の足元にはいかめしい手枷と壊れたラッキービーストの本体が落ちていて、そのひび割れたレンズには、満ち足りた表情を浮かべているアムールトラの姿が映っていた。

するとそこから本当にかすかな声がした。

「………アムールトラ、ォ…、ヨロシクネ。」(アムールトラをよろしくね)

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