第25話 ◉それぞれの時間(とき)へ
キュルルは真っ暗な闇の中で、膝を抱えてうずくまっていた。
キュルル『ここでじっとしていれば、誰も傷付かないし何も考えなくて済む。僕はもう、ずっとここにいるしかないんだ。』
しかしキュルルの心は安らぐどころか、どんどん寒くなっていった。
その時、闇の中から声がした。
?「どうしたんだい?」
キュルルは顔を膝にうずめたまま呟いた。
キュルル「もう疲れたんだ。僕には何もなかった。」
?「違うよ。君はかけがえのないものを持っている。
持って生まれた力はきっかけにすぎない。誰かのために絵を描いたり、誰かのことを思いやって優しい言葉をかけたりしたのは、全部君の力だよ。」
キュルル「守られてばっかりで、誰も助けられなかったんだ。」
すると今度は別の声がした。
??「爪も牙も強い力もあって何度もみんなを助けていたのに、誰にも分かってもらえなかった子がいてね。でもキミはその子を避けようとせず、理解しようと一生懸命だった。キミはその子より、もっと強い力を持っているんだ。」
「あるフレンズはキミの言葉で救われた。またあるフレンズはキミの絵で勇気づけられた。そしていつも一人ぼっちだったあの子にも、キミは目を向けて手を差し伸べようとした。そんな優しいキミは、みんなに受け入れられた。」
?「君は帰るべき所も強い力も、すでに持っているんだよ。」
けれどもキュルルはうずくまったまま体を震わせ、手をぎゅっと握った。
キュルル「でも僕、みんなを大変な目に…。」
??「それなら心配いらない。セルリアンはやっつけたし、火山も収まった。やっと使命が果たせたよ。」
その言葉を聞いて、キュルルはほんの少しだけ頭を動かした。するとピシッと音がして、あたりの闇に亀裂が走り、隙間から光が差し込んできた。それからキュルルが恐る恐る顔を上げると、彼の周りにはキラキラと輝く絵のかけらがたくさん漂っていて、そこから希望の歌が聞こえてくる。
そして目の前には、自分とそっくりな子供と、マジシャンのような格好をして白く輝いているトラのフレンズが立っていた。
あの子「さあ、立ち上がるんだ!」
白いアムールトラ「キミを待っているみんなの所へ帰るんだ!」
その声に促されキュルルが震える足で立ち上がると、ガシャーンという大きな音とともに闇が砕け散り、粉々になって消えていった。それからあたりが真っ白になり、キュルルは思わず目を閉じた。
しばらくしてゆっくりと目を開けると、キュルルは白く輝く草原に立っていた。あたりには希望の歌が流れている。周りを見渡しても、あの2人の姿はどこにもない。すると向こうから、カラカル達が駆け寄ってきた。
カラカルがキュルルに飛びついた。
カラカル「もー、どこ行ってたの?心配したんだから!」
サーバル「なんかすっごい音がしたから来てみたんだけど、キュルルちゃんもここにいたんだね。」
イエイヌ「ご無事で何よりです。」
キュルル「みんな、心配かけてごめん。でももう大丈夫だよ。」
かばんちゃん「この姿で会うのは初めてですね。僕、かばんです。キュルルさんが元気そうでよかったです。
でもひとつ気になることがあって…。僕たち、ここからどうやって帰ればいいんでしょう?」
それを聞いて、キュルル達は顔を見合わせた。言われてみれば、帰り道を知っている者がいないのだ。
サーバル「好きな方へ走ればいいんじゃない?よーし、こっちにきーめた!しゅっぱーつ!」
そう言って駆け出そうとしたサーバルを、かばんちゃんが苦笑しながら止めた。
かばんちゃん「サーバルちゃん…。」
そしてカラカルが呆れた様子で言った。
カラカル「だから、闇雲に走り出さないで!」
?「大丈夫ですよ。」
すると後ろから誰かの声がして、キュルル達は振り向いた。
いつの間にかキュルルの後ろに、カコ博士と女王セルリアンが佇んでいる。
そしてカコ博士の隣には、眼鏡をかけて羽のついた帽子を被った女のヒトが、女王セルリアンの隣には、サーバルによく似た姿をした緑色のフレンズがそれぞれ立っていた。
そのヒトはにこやかにカコ博士に話しかけた。
ミライ「お久しぶりです。お元気でしたか?」
カコ博士「ミライ、私は間違っていたのだろうか?」
ミライ「そんな事ないですよ。ただ、一人で頑張りすぎちゃいましたね。」
一方の女王セルリアンは無表情だったが、驚いた様子だった。
女王セルリアン「セーバル!?ナゼココニ?」
セーバル「久しぶり。もう、一人ぼっちには、させないよ。」
そこへ、サーバルとカラカルが声をかけた。
サーバル「ねえ、どこかで会ったことないかな?」
カラカル「思い出せないんだけど、何か大変な事があったような…?」
するとカコ博士がかぶりを振った。
カコ博士「私達は過去の住人だ。今を生きる君達は、覚えていなくても良いんだよ。」
女王セルリアンも、淡々とこう述べた。
女王セルリアン「ワタシハ負ケタ。モウ、オ前達ノ前ニハ現レナイ。セルリアンニ出シタ指示ハ消去シタ。」
そしてミライさんとセーバルが、申し訳なさそうな顔をした。
ミライ「いろいろお話ししたいんですが、もう時間がありません。さよならです。」
セーバル「そういえば、ちゃんとお別れ、言ってなかったね。バイバイ、サーバル。」
そう言うと、4人は向こうへ歩きだした。
それを見てイエイヌは急に不安になった。
イエイヌ「ご主人は、もうどこにも行きませんよね?ずっと一緒ですよね?」
しかし隣を見るとご主人夫婦がいない。慌ててあたりを見回すと、いつの間にか夫婦はイエイヌを振り返りながら、ミライさん達と並んで歩いていた。
男性職員「私達も、もう行かないと。お別れだね。」
イエイヌ「嫌です!私も連れて行ってください!」
イエイヌは追いかけようとしたが、なぜか足が動かない。
イエイヌ「え、なんで歩けないの?嫌だ、一人にしないで!」
泣きじゃくるイエイヌに、2人はまるで自分達の子供に言い聞かせるように優しく語りかけた。
女性職員「これからはあなたの好きな事をして。お友達をたくさん作ったり、遊んだり笑ったり。そうして楽しい思い出をいっぱい作ってね。笑顔のあなたを見ることが、私達にとって何よりの幸せなの。」
男性職員「私達はいつでもそばで見ているよ。」
その言葉を聞いて、イエイヌは追うのをやめた。そして顔をくしゃくしゃにしながら2人に手を振った。
イエイヌ「わがりまじだ、うええ〜ん!」
しだいに6人の姿が遠ざかって輝きとなって消えてゆくのを見て、キュルルは呼び止めようとした。
キュルル「待ってください!みなさんはヒトについて何か知ってるんですか?他にも聞きたい事がたくさんあるんです!」
するとミライさんが振り向いた。そして笑顔を浮かべながら右手で敬礼のポーズをとった。
ミライ「あなたの未来を歩いてくださいね。」
そして6人の姿が消えると、あたりがまばゆく輝きだした。キュルル達は眩しさのあまり目を閉じた。
☆
気がつくと、イエイヌはホテルの屋上にしゃがみ込んでいた。
イエイヌ「あれ?私は今まで何をしていたんでしょう?」
まるでついさっきまで泣いていたかのように、目には涙がいっぱいで、顔がぐしゃぐしゃに濡れている。なぜだか記憶がはっきりしないが、ご主人夫婦と会った事だけはしっかりと覚えていた。
イエイヌは両手で涙を拭うと、目の前に風に飛ばされた絵が落ちているのに気づいた。
それを拾ってじっと見つめていると、なんだか絵の中の2人が喋ったような気がした。
「これからはあなたの好きな事をして。」
「私達はいつでもそばで見ているよ。」
イエイヌ「分かりました、ご主人。」
そう言って、イエイヌはギュッと絵を抱きしめた。
☆
キュルルは意識を取り戻した。
キュルル『あれ…?僕は今まで何をしてたんだろう。』
海に落ちたあたりから記憶が曖昧で、気がついたらヘリポートにいて、カラカルに抱きしめられている。頭がぼんやりしていて、考えがまとまらない。
その時腕に着けていたラッキービーストから、「オカエリ。」という声がした。それを聞いて、キュルルの頭は急にハッキリした。
すると顔のすぐ横に、目を閉じているカラカルの顔があるのに気付いた。そのうえぎゅっと抱きしめられているため、彼女の体温と息遣いが直に伝わってきて、急にドキドキしてきた。
キュルル「カ、カラカル、なんだか恥ずかしいよ。」
その声を聞いて、カラカルの耳がピクンと動いた。それからカラカルはゆっくりと顔を上げた。
しばらく放心した様子でキュルルを見ていたが、急にハッとして、彼の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
カラカル「キュルル、元に戻ったの?」
キュルル「な、何の事?」
その様子を見て張りつめていた気持ちが緩んだ途端、ここで口にした言葉が一気にカラカルの頭の中に蘇ってきた。
あの時は必死で気付かなかったが、今になって考えてみるととんでもない事を口走っていた。嬉しさと恥ずかしさと怒りで、彼女の顔がみるみる赤くなってゆき、口が変な形に歪んでゆく。
それを間近で見ていたキュルルは、困惑した表情を浮かべた。
そしてそれに気付いたカラカルは、自分の顔が見えないように、キュルルを力一杯抱きしめた。
キュルル「いたた、苦しいよカラカル〜。」
ジタバタするキュルルを、いじわるそうな顔でぎゅーっと抱きしめるカラカル。
カラカル「うるさい!あんたは目を離すと、何しでかすか分からない!ずっとそばで見張っててあげるから、覚悟しなさい!」
キュルル「ごめ…え?それって…。」
カラカルがずっとそばにいてくれる。その言葉を聞いて、キュルルはとても嬉しくなった。
キュルル「ありがとう!僕も、カラカルとずっと一緒にいたい!」
それを聞いて、カラカルはキュルルを離した。そしてキュルルに帽子を被せると、ポンと頭を叩いた。
カラカル「よろしくね。おかえり、キュルル。」
キュルル「ただいま、カラカル。」
そこへ、2人を探しにきたフレンズ達が駆け寄って来た。
そして周りに散らばっていたスケッチブックのかけらが、日の光でキラキラと輝きながら飛んでいった。
☆
かばんさんはホテルの中でハッと目を覚ました。
かばん『…?こんな時にうたた寝しちゃったのかな。』
何か夢を見ていた気がするが、全く思い出せない。ぼんやりしながらあたりを見回すとすでに輝きと歌声は消えていて、目の前の水溜りにはアムールトラの笑顔が描かれている絵のかけらが浮いていた。
かばん「そうだ、サーバルちゃんは?」
かばんさんは腕の中のサーバルに目を落とした。
すると、その体がかすかに動いた。それに気付いたかばんさんは、サーバルを揺り動かしながら必死に呼びかけた。
かばん「サーバルちゃん!起きてよサーバルちゃん!」
「…バルちゃん!起きてよサーバルちゃん!」
すぐそばで誰かの声が聞こえる。サーバルがゆっくり目を開けると、かばんさんの顔がうっすら見えてきた。
『私を抱きしめてるのは誰だろう?この声、この匂い、この姿…』
そしてサーバルの頭の中で、夢の中にいたかばんちゃんと、かばんさんが重なった。
『ずっと思い出せなかったけど、私の大事なお友達。そう、名前は…。』
かばん「サーバルちゃん!?よかった、目が覚めたんだね!」
サーバル「おはようかばんちゃん。ずいぶんおっきくなったね。」
その言葉を聞いて、かばんさんの動きが止まった。
かばん「サーバルちゃん、今なんて?」
サーバル「やっと思い出したよ!大好きなかばんちゃん、私の大切な、1番のお友達!」
かばんさんは少しうつむいた後、また顔を上げた。その目には温かい涙が溢れていた。そして精一杯の笑顔でこう言った。
かばん「おかえりなさい、サーバルちゃん‼︎」
それから2人は、しっかりとお互いを抱きしめた。
地震は収まり、ホテルから水は引いた。
濡れた瓦礫から、しずくがポタポタと滴り落ちている。
割れた窓から暖かな光が差し込んでいる。それを浴びて、ところどころに残っている水たまりの中のサンドスターが、キラキラと輝いている。
2人はいつまでも抱き合っていた。そこへ…、
ラッキーさん「カバン、タベチャダメダヨ。」
かばん「食べないよ!」
ラッキーさんの言葉を聞いて、かばんさんは慌ててサーバルから離れた。その様子を見て笑顔になるサーバル。そんなサーバルを見て、かばんさんも笑顔になった。そして部屋の中に、かばんさんとサーバルの笑い声がこだました。
一方部屋の外では、博士と助手が壁に背中をつけて、中の様子に聞き耳を立てていた。
博士「ようやく素直になったのです、まったく。」
そう言ってほっと胸を撫で下ろす博士と、
助手「ヒトは素直が一番なのです、まったく。」
そう言って少し悔しそうな、でも安堵した表情を浮かべる助手。
そんな助手を片目で見ながら、博士はやれやれといった感じでため息をついた。
博士「助手は素直じゃないのです、まったく。」
それを聞いた助手は、顔を赤らめながら反論した。
助手「なっ…!何を言うのですか、博士!」
博士はイタズラっぽくふふっと笑うと、ふと上を向いた。
博士「そういえばお腹が空きましたね、助手。」
そして助手も上を見上げた。
助手「まったくですね。ひさびさにかばんとサーバルにご馳走になりますか、博士。」
そんな2人の視線の先の天井に開いた穴からは、澄みきった青空がのぞいていた。
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