第23話 ◉けもハーモニー


穴からホテルに入ったかばんさん達は、落ちたサーバルキャットを必死に探していた。

部屋の中はいたるところに瓦礫が散乱し、水は既にすねまで来ている。

ひび割れた窓からは、渦セルリアンが迫ってくるのが見える。もはやホテルが沈むのとホテルごと食べられるのとでは、どちらが早いか分からない。


かばん「サーバルちゃん、返事して!」


かばんさんは何度も大声で呼びかけながらサーバルキャットを探した。

体はあちこちが擦りむけ、傷口が海水に触れてジンジン痛んでいる。

しかしそんな事を気にしている余裕はない。3人は周りの様子に気を配りながら、慎重に進んでいった。


すると博士と助手の耳に、すぐそばの瓦礫の下からサーバルキャットのかすかな息遣いが聞こえてきた。すぐに3人がかりでそれをどかすと、ついにサーバルキャットが見つかった。

だが目を閉じたまま、ぐったりと横たわっている。


かばん「サーバルちゃん!サーバルちゃん!しっかりして!」


かばんさんは膝をつくと、サーバルキャットを抱き抱えて懸命に呼びかけた。

しかしサーバルキャットは目を開けず、ピクリとも動かない。しだいにその体が冷たくなってゆくのを感じて、かばんさんがわなわなと震えた。その様子を見て、博士と助手は口をきつく結んだままうつむいた。


そこへ再び地震が発生し、ホテルが大きく揺れた。

博士「かばん、ひとまずここを出るのです。」


助手「外も危ないですが、このまま何もせず生き埋めになるわけにはいかないのです。」


かばん「……。」


かばんさんは無言のまま小さくうなずくと、サーバルキャットを抱いて立ち上がりかけた。すると目の前に、キラキラしたものが流れて来た。それは海底火山から噴出したサンドスターだった。


かばん『もしかしたら…!』


かばんさんはいちるの望みをかけて、サーバルキャットをサンドスターに当てた。するとその体が光り輝いた。輝きは徐々に大きくなってゆき、手、足、頭と、みるみるうちに輪郭が形作られていった。


かばんさんは、祈るような気持ちでその様子を見つめていた。どの道セルリアンに食べられたら意味の無い行為だと分かっていたが、やらずにはいられなかった。


そして輝きが消えると、フレンズの姿のサーバルが現れた。しかし目を覚まさない。

かばんさんは目を閉じたまま横たわっているサーバルを抱きしめると、涙で声を詰まらせながら、今までずっと言えなかった言葉を吐き出した。


かばん「お願い、起きてよサーバルちゃん!聞いて欲しい事がたくさんあるんだ!私…僕は、サーバルちゃんが大好きなんだよ…!」




研究所でサーバル達を見送った後、かばんさん達はこんなやりとりをしていた。

博士「追いかけても良いのですよ。」


助手「難しく考えず、自分の気持ちを大切にするのです。」


するとかばんさんは、頼りない笑顔を浮かべた。

かばん「たとえ気持ちを伝えられなくても、あの子がどこかで元気でいてくれるなら、それだけで私は満足だよ。」


そうして研究所に入っていった。悲しげな背中が暗がりに消えてゆくのを、2人はじっと見つめていた。

博士「あれは『つよがり』というやつなのです。」


助手「まったく、ヒトの行動には謎が多いですね。」




サーバルと離れてから、かばんさんは研究に打ち込む事で寂しさを押し殺していた。ようやくサーバルと出会ってからも、彼女の思いやパークの安全を優先して、自分の気持ちを押さえ込んでいた。


だがこの機会を逃したら、もう二度とそれを伝える事はできないだろう。ずっと堪えてきたが、ここにきてやっと言葉に出す事ができた。


その時、壁の隙間から一片の絵のかけらが流れ込んできて、目の前のサンドスターに触れた。すると絵が輝き始め、そこから歌声が流れてきた。それは大昔の記録から見つかって、かばんさんが希望の歌と呼んだ歌だった。

そしてそれに共鳴して、かばんさんが持っていたキュルルの絵も輝きだし、歌声が流れてきた。


輝きと歌声はどんどん大きくなってゆく。

その時腕のラッキーさんが、壊れているはずのラッキービーストからこんなメッセージを受信した。

ラッキーさん「アムールトラヲタスケテ。」



フレンズ達「これはっ…⁉︎」


旅の途中でキュルルがみんなに渡した絵も次々と輝き始め、歌声が流れてきた。また、風に乗って各地に散らばった絵のかけらもキラキラと輝きだし、パーク中に歌声を届けた。

そして各地のラッキービーストからも、歌声とメッセージが流れ出した。ラッキーさんが、それらを全てのラッキービースト達に送信したのだ。


こうして歌声と、『アムールトラヲタスケテ。』という言葉がパーク中に響き渡った。


それを聞いたフレンズ達は、口々に同じ歌を歌い始めた。

なぜ歌えるのかは分からないが、歌っていると胸の中が懐かしい気持ちでいっぱいになった。

すると、今までビーストがやってきた事が頭の中にありありと浮かんできた。


フレンズ達『え…?あの子、今までずっと私たちを守ってくれてたの?』


その頑張りを知り、自分たちがずっと誤解していた事に気付いたフレンズ達は、長い間彼女が戻ってくるのを待ち続けていた事を思い出した。


ホテルのフレンズ達もまた、彼女の事を思い出し、諦めかけていた心を奮い立たせた。そうして互いに声を掛け合い、あるものは気合を入れ直して噴石を持ち上げる腕に力を込め、またあるものは伸びてくる腕を次々と叩き落とした。するとその勢いに押されたのか、渦セルリアンがうめき声をもらした。


そしてパーク中のフレンズ達が、彼女への思いを歌に込めた。

『気づかなくてごめんなさい。今までありがとう。そしておかえり、アムールトラ!』


こうして、みんなの心が一つになる事でホテルを中心にけもハーモニーが起こり、建物がまばゆい輝きに包まれた。




カラカルを庇ったビーストは、巨大な噴石に挟まれて身動きが取れなかった。身も心もクタクタで、全身に全く力が入らない。しだいに息も苦しくなり、頭がぼんやりとしてきた。


すると、頭の中にこれまでの出来事が次々と浮かんできた。しかしその中に、ずっとそばにいてくれるお友達の姿はなかった。


ビースト『疲れた…。目が覚めてから走り続けてきたけれど、どこまでいっても私は一人ぼっちなんだな…。このまま寝よう。もう、目が覚めなくても、いいや…。』


その時ふと、あの子の顔が脳裏をよぎった。

ビースト『ごめんね…、約束、守れなかった…。ああ、最後にもう一度、会いたかった、な…。』

そして彼女の意識は、暗い闇の中へと落ちていった。


その時、噴石が少し浮き上がり、ビーストの顔に光が射した。

フレンズ達の協力により、ついに大岩が持ち上がったのだ。そしてその中心となったジャングルのフレンズ達が、岩を持つ手に力を込めながらビーストに声をかけた。


メガネカイマン「しっかりしてください!」


ヒョウ「うちらをふっ飛ばしたヤツが、へこたれたらあかんで!」


クロヒョウ「忘れててかんにんな。今度はうちらがあんたを守る番や!」


イリエワニ「私達は群れの仲間だ、誰一人として見捨てたりしない!」


すかさずゴリラが隙間からもぐり込み、ビーストの手をつかんで引っ張り出した。そして意識のない彼女を肩に担ぐと、こう声をかけた。

ゴリラ「しっかりするんだ!なんでも一人で抱え込むな。辛いときは誰かを頼ってくれ!」


すると2人に向かって、渦セルリアンの細い腕が何本も伸びてきた。

片腕でビーストを支えながらゴリラが拳と蹴りでそれらをかたっぱしから叩き落していると、再びホテルが大きく揺れた。とうとう渦セルリアン本体がホテルに到達したのだ。


あたりを包んでいた輝きが取り込まれ始め、渦セルリアンの体から一本の太い腕が生えてきた。そして、まるで大木のような黒い腕がものすごい勢いでゴリラに向かってきた。


ズシィン!

その一撃でホテルの屋上が大きくめり込んだが、ゴリラはなんとかそれをかわした。すると背後から細い腕が伸びてきて、彼女の体に絡みついた。

さらに彼女の周りに無数の細い腕が集まってきて、瞬く間に全身が絡めとられてゆく。


ゴリラ「しまった、うわー!」


ジャングルのフレンズ達「親分!?」


ゴリラはそのまま、ビーストと一緒に渦セルリアンに取り込まれてしまった。




「ここは…?」

顔を上げると、かばんさんはどこまでも続く白く輝く草原に佇んでいた。どこからか希望の歌が聞こえてくる。ふと体を見ると、知らない間に小さい時の姿に戻っていた。


?「かばんちゃん、みーつけた!」


かばんちゃん「うわあ!」


すると突然背後からサーバルが飛びついてきた。とっさに後ろを振り向いたかばんちゃんは、仰向けに組み伏せられた。


かばんちゃん「もう、サーバルちゃんったら。」


サーバル「やっと見つけたよ!どこいってたの?あのね、あっちにずーっと眠ってる子がいるの!かばんちゃんなら起こせるかもって思って探してたんだ。」


かばんちゃん「そうなの?じゃあ一緒に行ってみよう。」


サーバル「うん!そこまで案内するからついてきて!」


そしてかばんちゃんは、サーバルに連れられて歩き出した。



知らないうちに、イエイヌは白い草原に立っていた。

イエイヌ「ここは…?キュルルさーん、カラカルさーん、みなさんどこですかー?」


あたりを見回しながら歩いていると、後ろから歌が聞こえてきて、とても懐かしい匂いがした。思わずそちらを振り返ると、輝きの中からご主人夫婦が現れた。


男性職員「ただいま。」


女性職員「ただいま。」


イエイヌ「!!…おかえりなさい、ぅぁ…会いたかったぁ〜。」


イエイヌは顔をくしゃくしゃにしながら2人に駆け寄ると、勢いよくジャンプして抱きついた。

2人は目に涙を浮かべながらイエイヌを抱きしめている。


そしてイエイヌは、寂しかった事、センザンコウ達にヒトを探してもらった事、キュルル達に遊んでもらって、とても嬉しかった事などを一気に話した。

2人は笑顔でうなずきながら、じっと話に耳を傾けている。


イエイヌ「それから、それから…、あとは、ずっと一人でお留守番をしていました。」


ようやく話す事がなくなって、イエイヌは少し落ち着いた。

すると2人はイエイヌを撫でながら、優しく語りかけた。

女性職員「長い間一人にさせてごめんなさいね。待っていてくれてありがとう。」


男性職員「ごめんね、突然いなくなって。私達もあんなに早くお別れする事になるとは思わなくて、もっと話しておけばよかったと後悔したよ。本当に頑張ったね。」


それを聞いたイエイヌは2人がいなくなった時のことを思い出そうとしたが、遠い昔の事なので細かいことは覚えていなかった。それでもしばらく思いを巡らせていると、不意に頭の中にキュルルの顔が浮かんだ。


イエイヌ「そうだ、今キュルルさん達が大変なんです!」


すると2人はうなずいて、真剣な顔をした。

女性職員「そうね。それであなたに起こしてもらいたい子がいるの。」


男性職員「一緒にその子の所に行こう。」


イエイヌ「はいっ!」


そして3人はそこへ向かって歩き出した。



いつの間にか、カラカルは白い草原に座りこんでいた。

カラカル「え?どこなの、ここ?」


立ち上がって周りを見回しても、どこまでも同じ景色が続いていて歌が聞こえてくる。

カラカル「かばんさんが歌ってた歌…、ねえ、誰かいないの?」


カラカルが呼びかけると、草の陰からオレンジ色のラッキービーストがひょっこり現れた。

ラッキービースト「コッチ。コッチ。」


カラカル「ん?」


ラッキービーストはカラカルに話しかけた後、数歩進んでまた振り返り、「コッチ。コッチ。」と言った。


カラカル「ついてこいって事?」


そしてカラカルが後について行くと、ラッキービーストは「コッチ。コッチ。」と言いながら歩き出した。白い草原に、ポイポイという足音が響いた。


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