第18話 ◉あの日の約束


ビーストは泣きながら四つん這いでがむしゃらに走っていたが、上空にセントラルパークの方角へと向かう2つの影をみつけると、顔を振って乱暴に涙を拭いそれを追いかけた。



日が暮れてあたりが暗くなり始めた頃、大部分が海に沈んだホテルが見えてきた。長い年月の間に地殻変動が起こり、セントラルパークは施設ごと海に沈んでしまったが、辛うじて頭を出しているのがあのホテルだ。


その時不意に、ビーストの頭の中で声がした。言葉が分からなくなっているはずなのに、なぜかそれは理解することができた。

「お前はなぜ戦うのだ?」

「お前はみんなの為に戦った。だがみんなはお前に何をした?」


そしてビーストの周囲の闇に、様々な映像が浮かび上がってきた。

セルリアンと戦う自分の姿。それに怯え、自分を避けるフレンズ達。イエイヌを傷つけた自分をじっと見ている、先ほどの4人の顔。一人ぼっちで走り続ける自分…。


ビースト『うあぁっ…!』

彼女はなんとか映像を振り払い、ひたすら走り続けた。


声はさらに続けた。

「お前が必死に守ろうとしたものも、いずれは消える。」

「その時は、目前に迫っている。」


映像が切り替わり、今度はパーク各地の様子が映し出された。

そこでは火山があちこちで噴火し、パークが崩壊していた。

フレンズ達は動物に戻り、なすすべもなく死んでいった。


ビースト『そんなっ…嫌だ…!』


それでもセルリアンだけは活動を続けていた。そして一部のセルリアンがビーストに気づき、集団で襲いかかってきた。

彼女は、すくみ上がりそうな手足を懸命に動かしてすり抜けた。


すると海の前で2つの影がおもむろに振り返り、ビーストの方を見た。

カンザシ「お前はもう十分走った。」

カタカケ「何もかも忘れて過ごせば良い。」


すると海から巨大な黒い塊が現れ、ビーストに迫ってきた。


ビースト『もう嫌だ、見たくない!』

彼女は恐怖で立ち止まらないように目をつぶった。



ビーストは真っ暗な闇の中を、たった一人で走り続けた。

走っているのにとても寒く、地面も硬く冷たい。音も匂いも何もない。徐々に手足が重くなってゆき、走っていられなくなった。

そして彼女の心の中に、寂しい、悲しい、怖いといった負の感情が溢れていった。


ビースト「うぁ…、あぁああー…」

彼女は鉛のように重い手足を引きずるようにして歩きながら、声を出して泣いた。

その時、かすかな音が聞こえてきた。


たまらなくなって、ビーストは目を開けた。すると、なんと彼女の周りには、フレンズとヒトが一緒に暮らしていた頃のセントラルパークが広がっていた。

軽快な音楽に、きらびやかな光に包まれた施設、そしてみんなの笑い声。どこもかしこも、とても活気に溢れていた。


そんな中、ビーストは一人で泣きながら通りに佇んでいた。

するとそこへ誰かがやってきて、ビーストに声をかけた。

?「キミ、どうしたの?」


顔を上げると、そこにはかつての自分が立っていた。



アムールトラは心配そうな顔をしていたが、ゆっくり片手を上げると、ビーストの目の前で指を弾いた。すると手から1枚の青い羽が現れた。


そして彼女はビーストのそばにしゃがむと、羽を頭につけてくれた。

その時ビーストは、自分の目線がやけに低くなっている事に気がついた。いつの間にかビーストはあの子と同じくらいの幼い姿になっていて、肩に鞄を掛けスケッチブックまで持っている。


アムールトラ「キミ、一人ぼっちなの?お名前は?お母さんやお友達は?どこか行きたい所があるの?」


しかしビーストは何も答えることができなかった。そんな自分がもどかしくて、また涙が溢れてきた。すると彼女は少し困った顔をしてから、ビーストの頭をなでた。


そして微笑みながらこう言った。

アムールトラ「キミは凄いよ。自分が困ってるって、ちゃんと周りに伝えていたんだ。だから私は、キミを見つけられたんだ。」


それを聞いてビーストは泣き止んだ。そして彼女と手を繋いで、一緒に歩き出した。



それからビーストはあの子の目線で、かつての自分と一緒に過ごした。彼女のマジックショーを見たり、絵を描いてあげたり、一緒にパークを回ったりと、とても楽しい時間が過ぎていった。




そんなある日、ポカポカ陽気の下、2人は原っぱに並んで寝転がっていた。ビーストは大の字に、アムールトラは胸の前で手を組み、目を閉じていた。気持ちの良い風が2人の顔をなでてゆく。


そしてビーストは寝転んだままアムールトラの方を向くと、ある質問をした。すると彼女は目を開けて、空を眺めながらこう答えた。


アムールトラ「フレンズになって変わった事?うーんそうだな、やっぱり明日が見えるようになった事かな。

あ、これじゃ分かんないよね?ええと…、動物だった頃は、とにかく今日を必死に生きてれば、明日にたどり着けたんだ。それが今は、まず明日があって、それに向かって今日を生きてるんだ。」


彼女は時折顔をこすりながら、じっくりと言葉を選んで話を続けた。

「けど中には、今日を必死に生きるのをやめてしまう者もいる。なぜって?嫌な明日が見えたからだよ。どっちみちそこにたどり着くなら、必死に生きても意味がないって考えたんだね。」


「私は違うよ。どんな明日が見えたって、今日を必死に生きてる。

それでもたどり着いてみると、良い日もあれば悪い日もある。でもこれは、昨日見たイメージなんかじゃなく、今日の自分が実際に掴んだ、かけがえのないものなんだ。」


と、ここで彼女は言葉に詰まった。そしてビーストの方を見ると、困った顔をしながら笑った。

「ごめんね、うまく言葉にできないや。」


それから不意に、真面目な顔になった。

「キミにもいつか、嫌な明日が見える日が来るかもしれない。

けどね、今日を必死に生きるのをやめちゃ駄目だよ。でないと、良い明日には絶対にたどり着けないんだから。約束だよ。」


彼女はそう言うと、寝転びながら小指を立てた右手をビーストに差し出した。

正直、話は難しくてよく分からなかったが、彼女が自分を気にかけてくれている事が分かって、ビーストはとても嬉しくなった。そしてバッと起き上がって彼女の手を握ると、そのまま腕をブンブンと振った。


ビースト「やくそく!」


そんなはしゃいでいるビーストを見た彼女は、満足げな表情を浮かべながら何か言葉を続けようとしていた。



この時、ビーストは心に小さな引っかかりを感じた。

小指を満足に絡められない自分の太い指とジャラジャラ鳴る手枷、明日、指切り、アムールトラの表情。

これらの事が頭の中をぐるぐると回った。そして思い出した。


ビースト『そうだ、私はこの日あの子と約束したんだ、守らないと。』

ビーストがこう呟くと同時に周囲が暗くなってゆき、目の前のアムールトラや風景が見えなくなった。


そして代わりに2つの影が現れた。

カンザシ「やはりお前は、我らのしもべにはならないようだ。」

カタカケ「これより先は一本道。足を踏み入れたら戻れない。」


カンザシ「恐れるなら退け。恐れぬなら行け。」

カタカケ「恐れぬは無知か、まことの勇気か。」


そう告げると影はしだいに遠ざかってゆき、闇の中に消えた。




ビーストは、海のそばの木の上で目を覚ました。

いつの間にかここで何時間も眠っていたらしく、すでに日は高く昇り、あたりには強い日差しが照りつけている。


そして目の前のホテルの方を見ると、海中からこれまでになく巨大なセルリアンの気配がする。

ビーストは木から飛び降りると、そこへ向かって走り出した。

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