第16話 ◉落とし物


ビーストが顔を背けた時、キュルルはその頬に一筋の涙が光っていることに気付いた。

しかし声をかける間もなく、彼女はどこかへ走り去ってしまった。寂しげな背中がどんどん遠ざかってゆくのを、キュルル達は見送った。


ビーストが立ち去った後、地面にキラリと光る何かが転がっていた。

サーバル「なんだろう、これ?」


それは壊れたラッキービーストの本体だった。キュルルやかばんさんが着けている物と似た形をしていたが、レンズはひび割れ、あちこちボロボロになっている。サーバルはそれを拾い上げた。


ビースト化を解除したカラカルが、その場にガックリと膝をついた。心配したキュルルはカラカルに駆け寄った。

キュルル「カラカル大丈夫?助けてくれてありがとう。」


カラカルは弱々しい声でこう答えた。

カラカル「こんなにしんどかったなんて…。」


そこへイエイヌもやってきて、キュルルと一緒にカラカルを支えた。

イエイヌ「みなさん、ひとまず私のおうちで休んでください。」


キュルル「ありがとう。イエイヌさんの手当てもしないとね。」


イエイヌ「私は平気ですから…。」



一行はイエイヌのおうちで一休みする事にした。

酷く疲弊していたカラカルは、ベッドに横になった。サーバルはその隣の椅子に腰掛けながら、カラカルを心配そうに見つめている。


キュルルは棚にあった絆創膏を、イエイヌの顔に貼ってあげた。

イエイヌは、構ってもらえるのが嬉しくてにっこりしている。

イエイヌ「ありがとう、えへへ。」


キュルル「ごめんね。僕はみんなに守られてばかりだ。」


サーバル「そんな事ないよ。」


カラカル「こーゆーコトは、あたし達に任せておけばいいの。それにしてもあいつ、あんなに乱暴だったなんて!かばんさんにはああ言われたけど、やっぱり信用できない!」


いつもより声に迫力が無いが、カラカルはカンカンに怒っている。危うくキュルルが命を落とすところだったのだから当然だ。その事には理解を示しつつも、サーバルは考え込みながらこう言った。

サーバル「うーん、あの子、何か様子がおかしかったんだよ。変なものでも食べたんじゃないかな?」


キュルル「僕もそう思う。襲われた時は体が黒いモヤみたいなもので覆われていたんだけど、カラカルの攻撃でそれが無くなって。そしたらこっちを見ながら、すごく悲しそうな顔をしてたよ。」


そしてあの涙。キュルルにはどうしても、ビーストが悪いフレンズには思えなかった。


サーバル「そうだ!ねえキュルルちゃん、あの子、これを落としていったみたい。」


サーバルはさっき拾った本体をキュルルに渡した。


キュルル「ボロボロだけど、これって…。」


するとキュルルの腕のラッキービーストがこう言った。

ラッキービースト「コレハ壊レタラッキービーストダネ。シャベルコトハデキナイミタイダケド、何ヲ考エテイルカハ分カルカモシレナイヨ。」


キュルル「そうなの?じゃあ聞いてみて。」


ラッキービースト「ワカッタ。接続完了。解析中…解析中…。」


キュルル達は固唾を飲んで見守っていたが、窓の外が暗くなってもラッキービーストはずっとカシャカシャいっていた。

そこで今日はここに泊まって、明日の朝出発する事にした。



翌朝、みんなが起きたところで、ようやくラッキービーストが話し始めた。


ラッキービースト「解析終了。でーたモホトンド壊レテルネ。分カッタノハコレダケダヨ。『アムールトラヲタスケテ。』」


キュルル「アムールトラ…ビーストの事?助けてってことは、苦しんでるのかな。」


サーバル「やっぱり何かあったんだよ、追いかけようよ。」


キュルル「そうだね。ねえカラカル、これ、あの子に渡してくれないかな?きっと困ってるよ。」


カラカル「む〜、しょうがないわね。」


カラカルは訝しみながらもうなずくと、キュルルから壊れた本体を受け取った。


キュルル達はビーストの跡を追う事にした。イエイヌによれば、彼女が走って行った方角には、セントラルパークという島の中心に当たる場所があり、かつてはたくさんの施設があったが、今どうなっているかは分からないという。


キュルル「イエイヌさんは、ここで大切なヒトを待っててあげてよ。」


イエイヌ「すみません。どうか気をつけて。」


キュルル「ありがとう。行ってくるね。」


キュルル達とイエイヌは、お互いの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。

そしてカラカルがキュルルにこう尋ねた。

カラカル「スケッチブックには、まだ何か描いてあるの?」


キュルル「うん、これが最後の手がかりだよ。」


そこには観覧車とホテル、そして笑っているトラのフレンズが描かれていた。


サーバル「ここはビーストのおうちなのかな?」


カラカル「ずいぶん変わった形ね。眠りやすいのコレ?」


すると突然、ラッキービーストがかばんさんの声で喋り出した。

かばん「もしもし、…ザッ…聞こえる?」


カラカル「えっ!?」


サーバル「なになに!?」


キュルルはラッキービーストに向かって話しかけた。

キュルル「かばんさん!?どうしたんですか?」


かばん「ザッ聞いて…ザザ…パークの危機…ザッ…セントラルパークに…き……て…ザザッ」

雑音がひどい上に、言葉が途切れ途切れでなかなか聞き取れない。それでもわずかに聞こえた言葉を手掛かりにして、キュルルはこう答えた。


キュルル「分かりました。ちょうど僕たちも、ビーストを追ってセントラルパークに向かっています。」


しかしかばんさんからの返事はなかった。しばらく雑音が続いた後、通信が途絶えた。


考え込みながらサーバルが言った。

サーバル「パークの危機ってなんだろう?」


カラカル「わかんないけど、何か危ない事が起こってるみたいね。」


キュルル「うん。もしかばんさんがそこにいるのなら、助けないと。」


そして、キュルル達は再びセントラルパークへと歩き始めた。

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